良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『全線 古きものと新しいもの』(1929)農民の生活を捉えただけだが、なぜかとても美しい。

 ロシア革命の時代を経験して、初期ソ連スターリン時代をも生き抜いた、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の1929年の作品である本作品は、いわゆる「プロパガンダ」映画の代表的な作品ではありますが、そうした小さな枠に納まりきる作品ではありません。

 またそうした色眼鏡で見ていくと、本来この作品の持つ、映像の素晴らしさと監督の意図まで踏み込んでいく楽しさを阻害してしまいます。エイゼンシュテイン監督の映像へのこだわり、特に頻繁に入る象徴的な映像を通して新たな意味を作り出していくモンタージュ理論の実践と、農耕具や機械のデザインなどの幾何学的な模様を好んで用いる作風は独特な才能であるだけでなく、その後の映画そのものに強い影響を及ぼしています。

 農民が苦しみながら、畑を耕して、牛を飼って、作物の刈り入れのために地方共産党本部まで、トラクターを借りに行く、というだけの派手なスペクタクルも何もない作品です。しかし、21世紀の現在でも、映画の教科書的な書籍にはゴダール監督らとともに必ずといってよいほど、何処かしらに、彼と彼の映画への考え方についての記述があります。

 第一芸術である「道具とそのデザイン」には、彼の道具への執着と、幾何的な図形への美意識の高さを窺い知ることが出来ます。執拗なまでの道具のクロース・アップは人間性の欠如をも表しているようにも思えます。何故ここまで道具にこだわるのかは解りません。「鎌」やタイプライターの「横」の部分のアップはかなり珍しい。「鎌」ならば凶器に使われることがあるのでまだあるかもしれませんが、この作品ではただ本来の目的にしか使用されません。何のため?

 またとても解りやすい「農地のボロ小屋と都会のビル群との対比」、「前時代的な無駄と洗練されたモダンとの対比」、「丸々太った富裕層や腐敗した官僚と、やせ細ってはいるが高潔な農民との対比」、「鋤、鍬などの昔ながらの農耕具と最新式の耕作機械との対比」など挙げていけばきりがない対位法的な構造。この辺の対比にはプロパガンダ色が色濃く出ています。

 疑り深くて欲張りな農民たちと富裕層、彼らに対するジャンヌ・ダルクのような役どころのおばあさんと神様のように優しく公平な共産党(笑います!)の地方委員の対照的な描かれ方には薄気味悪さを感じることは必至です。

 今見てみるとお笑いでしかないのですが、1929年当時は多くの人にメッセージを伝えようとすれば、ラジオと映画、そして印刷物しかなかったわけで、文盲と交通の不便さの問題や、彼らでも理解できるというインパクトの面から見ると、こういう映画の価値は非常に高かったはずなのです。

 そして彼の伝家の宝刀であるモンタージュ理論に基づいた映像イメージの創作は、他の追随を許さない完璧なものであります。象徴として全篇を通して用いられる「雄牛」と「雌牛」、そして新しい生命である「子牛」のイメージ。「牛」は何度も出てきますが、シーンによって意味が微妙に違うように感じました。団結、成長、希望、そして不屈の象徴として。

 ミルクやバターが大量にあふれ出てくる映像や豊穣な麦畑の様子は圧倒的で美しい映像ではあります。しかし、これもまた共産党の作為的な宣伝でした。党のスローガンや、私有への蔑視をタイミング良く映像に盛り込んだ、一大洗脳映画でもあります。ただ、よくぞ共産党政権化において官僚主義批判を作品に盛り込めたものです。

 もっともバランスをとるように、個人的にがんばった人もそうでない人も一律に同じ分け前にあずからねばならないことが作品中に暗示されています。そして機械への服従は絶対であり、人は機械より劣ることも表現されています。機械=システム(共産党の支配)であることは明らかです。

 演技としてはサイレントらしいオーバーなアクションが多いのですが、本来映画はみんなに解る芸術であるべきなので、悪いとは思いません。80年近くたっても、名も知られていない、いつ生まれていつ死んだかも解らない彼らは作品の中で生きつづけています。それぞれ個性的な良い顔をしています。個性が否定される共産主義世界でも、そこに住んでいるのは間違いなく同じ人間なのです。

 このような偉大な才能を今の映画ファンが、プロパガンダ映画だから、サイレントだから、という理由で全く見向きもせずに簡単に放ってしまうには、あまりにも惜しい作品です。映画ファンならば、そして理論的なものに興味がある方には必見の作品であることは間違いありません。見終わった後に不正への怒りや労働、団結に価値を見出したならば、エイゼンシュテイン監督にしてやられてしまった、ということになります。

総合評価 80点  

全線~古きものと新しきもの/セルゲイ・エイゼンシュテイン-人と作品-