良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『猿人ジョー・ヤング』(1949)W・H・オブライエンと彼の弟子、ハリーハウゼンの夢の共演。

 特撮映画が大好きな人ならば、この作品はまさに夢の競演といえる記念すべき作品です。特殊撮影制作に、『キング・コング』や『ロスト・ワールド』で有名なウィリス・H・オブライエン、そして彼の弟子であり、『シンドバッド七回目の航海』や『アルゴ探検隊の大冒険』などで今でも根強いファンが多いレイ・ハリーハウゼンの二つのビッグ・ネームが並んだだけでも不滅の価値のある作品、それが今回紹介する『猿人ジョー・ヤング』です。  特撮部門だけではありません。ジョン・フォード、メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シュードサックなど、そうそうたる顔ぶれが二匹目のドジョウを捕えようと集められました。セカンド・コングともいえる『猿人ジョー・ヤング』企画誕生の瞬間でした。  実写とストップ・モーション・アニメーションを組み合わせるマット合成をはじめとする特撮技術は30年代の『キングコング』に比べると格段に進歩し、リアルさも増してきています。ジョーの背中が映る時、彼の首の付け根の辺りの盛り上がり方やお尻の筋肉の動き方などリアルさを追求していました。  繊細な動きや表情が今回の売りだったのでしょうか。お酒に酔っ払うシーンでの表情の変化や肉体の変化など細部のディティールにまで徹底的に拘った技術屋、そしてアーチストとしての意地を感じさせる丁寧な描写が多くありました。  スライディングして、馬やライオンを捕まえたりするシーンでの躍動感は30年代には出せない動きでした。建物を破壊するシーンにしても、ミニチュアで作られたセットがリアルさを増し、いかにも作り物っぽい安物感が無くなっていました。  しかし、いかんせん身長が4m程度の中途半端な大きさしかないセカンド・コングは迫力不足が否めない。建物を破壊するにしても踏みつけたり、砕くというような行動は取れません。柱を倒して、ようやく建物を内部から崩壊させる程度の弱々しさでした。  もちろんそのような状態なので、リアルな破壊シーンには仕上げられているのではありますが、これを見て、破壊の爽快感を味わうことは出来ない。怪獣映画の醍醐味である人間社会を破壊するモンスターを描けていないのはかなり辛い。  ジョー・ヤング(本名はジョセフ・ヤング)が人間に育てられたためという特殊事情も考慮に入れねばならないのは分かっていますが、どうにも迫力と恐怖のないモンスター、しかも大きさも半端では宣伝その他もかなりやり難かったのではないでしょうか。  彼はあくまでも「猿人」として扱われ、怪獣扱いではなかったのでしょう。一番近いのはただの大きな見世物ゴリラというポジションでした。人間ともコミュニケーションが取れる、理解し合える間柄では未知への恐怖、コミュニケーションが取れない恐怖が皆無であり、セカンド・コングとしての価値は大分下がってくる。  たしかにサーカスを行っている建物を破壊するシーンは、特撮チームにとって、この作品中での最大の腕の見せ所ともいえる。そして彼らは見事にリアルにこの破壊シーンを撮りきりました。スタッフが細部まで集中して、神経を行き渡らせてあるのは明らかな画面でした。  後半のもうひとつのクライマックス・シーンでひとつの仕掛けがありました。それは火事のシーンでのパート・カラーというか、オレンジ色に彩色されたフィルムを使用することによって、得られる炎の効果でした。  逃げ遅れた子供を火の中から救うために立ち上がるジョー・ヤングの様子をシルエットで表現したのはとても綺麗でした。子供を助け終わってから崩れ落ちるジョー・ヤングの姿を見ていて思ったのは、最後はコングは死ぬ宿命を負わされているのだなあ、ということでした。  しかしジョーは生還しました。生まれ故郷に戻り、平和に暮らすジョーの様子を捉えた8ミリ・フィルムを見て喜ぶ関係者達の様子とともに閉じられるこの作品は厳密に言うと怪獣映画ではないかもしれません。文明世界に挑戦して敗れるというのが怪獣に課された宿命であるが、この作品ではそういった旧来の手法をとりませんでした。  それが果たして良かったのかどうかは今では誰にも分からない。ちなみにウィリス・H・オブライエンはこの作品で、アカデミー賞特殊効果賞を受賞しました。そしてそれは彼のキャリアの中で、最後の輝きの瞬間でもありました。その後、彼は徐々に仕事を失っていき、二度と表舞台に出てくる事はありませんでした。  その姿は弟子で、いまでも特撮クリエーター達から慕われているレイ・ハリーハウゼンとは対照的な生き様でした。種を蒔いた先駆者が必ずしも栄光を掴むわけではなく、それを見て育った人々が果実を得るのが現実なのでしょう。ちょっと寂しい気もします。  しかしこのジョー・ヤング。誰かに似ているなあと思ったら、それは安田大サーカスのヒロでした。 総合評価 62点 猿人ジョー・ヤング《ニューマスター版》
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