良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012)いきなり14年後に連れて行かれるシンジと観客!

 2009年の夏に『新世紀ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』が公開されてからすでに三年が経って、ようやく今回の『新世紀ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のお目見えとなりました。  Quikeningは急展開の急なので、ここは大風呂敷を広げる回なのでしょう。またQはQuestionでもあり、新たな謎が提起される回でもあるのでしょう。  となると長年のヱヴァ・ファンを自認している人でも思っても見なかった展開になることが予想できます。綾波レイ駆逐艦綾波から採られていますし、惣流・アスカ・ラングレーは新劇場版では式波に変更されているが、敷波は旧海軍の駆逐艦を連想させる名前であり、碇シンジの周りを固める脇役の意味合いを強めたのかは不明です。  碇はその名の通りの話の軸であり、アンカーはリレーでの最終走者ですので、人類補完計画の最後の引き金になるのは結局は彼なのでしょう。蒼龍とラングレーはともに航空母艦なので、これまでの劇場版での最終話の展開で考えると新たなアダムとイヴとなるシンジとアスカには蒼龍から由来すると思われる惣流は相応しかった名前でした。
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 二重に航空母艦の名称を冠せられていたアスカには他の女性キャラクターよりも重要な役割を課していると思っています。ちなみに母親の名前は惣流・キョウコ・ツェッペリンですので、墜落炎上した巨大飛行船のイメージを重ねると悲劇的な運命を辿るのかなあとも邪智してしまいます。  レイとアスカのキャラクターは圧倒的な人気キャラクターであり認知度も高く、概ねファンにはイメージが固定されてしまっているので、ここを崩すとすればシンジと母のクローンである綾波との近親相姦的なエピソード(すでに“破”で出てくる。)を盛り込み、胎内回帰を連想させる展開を導入するかが第一点でしょうか。  アスカに関しても、二隻の航空母艦からは一隻が外れ、少しランクが下がる駆逐艦護衛艦への扱いになってきましたので、『まごころを、君に』とは違う展開になることも予想できます。  となると問題になってくるのが真希波・マリ・イラストリアスの扱いで、もしかするとレイとアスカに盛り込めなかった要素をすべて彼女に集約させていく可能性もあります。マリについている名前であるイラストリアスもまた英国海軍の航空母艦の名前から採られています。
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 ただなんでもかんでも空母の名前が付くからという理由だけでは話は進められないのも事実で、葛城・伊吹・赤城(赤木リツコ)などチルドレンではない女性たちにも空母名が付いている。  それらすべての可能性を呈示できるのが今回の“Q”なので、マニアの眼を気にせずに遊び心を発揮して、思う存分に大風呂敷を広げてもらい、その混乱を楽しみたい。今回は批判することよりも、色々な可能性と完結編への展開に向けてのパズルを楽しむ回なのではないか。  自分が気に入らないからといって、作品が失敗だったと言うような輩にはなりたくない。今回の“急”の次には纏めなくてはならない完結編の作業が残っています。十数年間ずっと賛否両論が巻き起こるエンディングの回がまたやってきます。  今度も揉めるのでしょうが、1995年以来、なんだかんだ言っても20年近くも楽しませてくれた訳ですから、どんな結末になろうとも、やっとヱヴァの作業を終える庵野秀明監督には「おめでとう!」の拍手とねぎらいを、そして楽しませてくれた御礼としての「ありがとう!」を心の中で拍手と共に他人の邪魔をせずに送りたい。
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 当時から見ていた、すべてのチルドレンたちもイイ歳こいたオッサンやオバハンになっているわけですから、いい加減に結末を受け入れて、卒業すべきであろう。もちろん予想を立てて楽しむのはファンの最大の楽しみであるので、ぼくも楽しみたい。  個人的には『トップをねらえ!』の骨子を使い、フォース・インパクト(つまり人類補完計画!)のときになぜか発生したブラックホールに飲み込まれたシンジとアスカが時空を超えて20000年後の地球に帰ってくると、地上からネオンサインが点灯され、「オカエリナサイ」の文字が浮かび上がり、2人が「ありがとう!」と言う展開が笑えるかもしれません。  もうひとつは同じく時空を超えて帰還すると地球上には陸地と海が復活していて、新しい生き物たちが地球を闊歩している。もうすべてが変わってしまったかのようだが、砂漠地帯には化石化した使徒や風化したヱヴァの機体が転がっているという感じです。なんか『猿の惑星』みたいですが。  お笑いに走ってしまいますが、笑いのセンスに長けているであろう製作スタッフ(なんせ、監督自身が特撮スーツを着て、素顔でウルトラマン役をしてしまうくらいですし、ミサトの呼び出し音がいまだに円谷プロ仕様なのも笑えます。)なので、今回の新シリーズの最後も椅子からずり落ちる展開に持っていって欲しい。
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 ぼくらの20年は何だったのだろうという思いで家路に着くのもそれはそれで楽しいのではないだろうか。文句ばっかり言っているより、世界にどっぷり浸かったほうがたぶん楽しいはずだ。  などと考えながら映画館に来てみると、映画ファン感謝デーだったらしく、千円で観ることになりました。さっそくの「サービス、サービスぅ!」にちょっとテンションが上がります。いざ始まるとなんとビックリでいきなり14年後の世界が出てくるではないですか。もっともセカンド・インパクトとシンジ君たちが出てくるアニメ世界の間も14年間であることも何か意味があるのだろうか。  まさにこれは『トップをねらえ!』的な世界観が現れてきましたので、一部予想が当り、にんまりしました。ただアスカ推しの自分としては生きていただけでも喜ばねばならないのですが、予告編のまま、やはり片眼を失ってしまっていたのに深い悲しみがあります。  サンテFXヱヴァンゲリヲン・モデルのパッケージではちゃんとぱっちりしていたので、巷にだいぶ前から流れていた片眼画像ではなくホッとしていましたが、顔を傷つけられて、アイパッチをしたアスカに同情しつつ、とりあえず生きているから良いかと言い聞かせました。
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 海賊みたいで威勢が良いという意見もあるでしょうが、アスカというキャラクターには不幸せは必要ないし、そういうのはレイでやってほしい。  今作品での彼女はひたすら戦い、ずっと怒鳴りまくる。ぼくらが知っている彼女の表面的なキャラクターをさらに強化した感じではありますが、時折シンジに投げかける言葉や行動の端々に抑えきれない感情や言い尽くせない思いや寂しさも浮かんでいるように思えます。  なかでも出色なのは戦いを終え、カヲル君を亡くし、呆然とダンゴ虫のように丸まっているシンジ(プラグスーツが黒いので、よけいにダンゴ虫に見える。)を罵倒しながら蹴っ飛ばすシーンとそのあとに彼を無理やり立たせて、彼の手を引っ張りながら歩いていくシーンです。まるで砂場で虐められて、一人ぼっちでワンワン泣いている幼い弟を家に連れて帰る大人びたお姉ちゃんのようでした。  彼女の後に付いていくレイの姿もどことなく微笑ましく思えたのはなぜだろうか。ひとつだけこれは違うだろうと思ったのがヴンダーという宇宙戦艦とヤマトのようなミサトの衣装でした。ATフィールドの使い方は独創的でしたが、ゴレンジャーの飛行機やマクロスのメカのようなデザインには違和感があります。
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 また、ほとんど説明はありませんが、ネルフが分裂し、ゲンドウが率いるネルフとミサトが率いるヴィレという新組織とが人類補完計画をめぐって激しく対立しているような展開を見せる。人類補完計画は人類を滅ぼし、新しい生命体による地球のリセットのようなので、これに反対するのがヴィレの立場のようです。  詳しく語られるわけではありませんので、台詞で説明しろとか言う輩が出てきそうではありますが、そういうのは興ざめなので、置いていかれる者はそのまま放置して、新たな作品世界を構築して観客を驚かせて欲しいし、数年に一度のヱヴァ祭りを楽しませて欲しい。踊らされているだけだという意見もあるでしょうが、どうせ見るのだから、一緒に踊るほうが楽しい。  マリは前回初めて登場しましたが、物語世界にすっかり馴染んでいて違和感はありません。ただもうちょっとヱヴァと関わる理由付けがされるものだと思っていましたが、何も語られることがありませんでした。  怖いのはもしかすると今回の14年後の世界が描かれたことにより、失われたこの期間中の出来事がシンジ抜きの形でバンバンOVA化されるのではないかという懸念です。ガンダム化するのではという不安は消えない。
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 使徒のデザインはよりグラフィック化したようですが、動きはどんどん滑らかになっているので気味が悪くもある。製作にはCGが不可欠になっているのはもちろんですが、更なる高みに昇っていく過程を楽しめるのもヱヴァンゲリヲンならではなのだから、試行錯誤を繰り返しつつ、こういう表現もあるのかなあと唸らせて欲しい。  しかしいきなり14年後の世界に飛び込まされるとは思いませんでしたが、シンジ君もずっと寝ていた設定なのでぼくらと同じです。映画世界のシンジ君とぼくらは訳が分からない浦島太郎的状況を共有できるのです。まさかヱヴァではなく、シンジ君とのシンクロに導かれるとは思いもよりませんでした。  シンジ君は主人公ではありますが、あまり好きなキャラクターではありませんでした。しかし今回に限っては彼の浦島太郎的な感覚に近い立場で見ることになるので、観客も分からないながらも感情移入しながら楽しめるのではないだろうか。  主人公でさえ物語の進み具合の状況が理解できないのにスクリーンに向かって、いきなり14年後の世界に持っていかれるぼくらに状況が分からないのは当たり前なのだと言い聞かせましょう。
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 しかも彼が綾波を助けたせいでサード・インパクトが発生したらしく、すべての人々がシンジを蔑み、憎しみの感情をぶつける。ガキのシンジ君に理解できるはずもなく、今回もウジウジし続けて主体性はない。  ただミサトや周りの人間の態度、特にミサトは“破”でシンジをけしかけて使徒に当たらせたくせに「何もするな!ヱヴァに乗るな!」では何も伝わってこない。  ヱヴァに乗る呪縛により、見た目は14歳のままだが、精神年齢は28歳になっているアスカに徹底的に軽蔑されるシンジは可哀想にも思える。  初号機内で14歳の子供のままで精神年齢が止まってしまっているシンジは訳が分からずにパニック状態となり、ミサトやアスカの制止を振り切り、アヤナミレイ(仮称)のもとへ去っていく。仮称というのはこのレイはシンジが助けたはずのレイではなく、別のクローンでしかないからです。
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 最初は自分がレイを救ったものだと思っていたシンジは彼女が綾波のクローンであることを知り、さらには今までのレイも母親のクローンであることも知らされる。そしてさらにカヲル君により、自分が原因で世界を滅ぼしかけたことを知る。今回のカヲルもピアノの連弾をしたり、一緒に星空を眺めたりとこれまで以上にシンジにベタベタとくっつき、ほとんどボーイズ・ラヴ的なホモセクシャル描写が増えていく。  精神年齢が低いシンジに自分が世界の破壊者であることの意味やアヤナミに好意を寄せることは母を愛するのと同義語であることを理解させるのは困難で、判断を放棄した彼はカヲルの言うままに人類補完計画を手伝う羽目になっていきます。今回のシンジくんはスターウォーズ・シリーズにおけるアナキン・スカイウォーカーの役回りに似ていて、まるでダークサイドに堕ちていくように見える。  プラグスーツも黒になっていて、レイのスーツもまた黒色でした。レイはシンジの母から作ったクローンですが、セントラル・ドグマで腐敗したような母親の成れの果てがクローンの源泉として機能している。そのイメージはヒッチコックの『サイコ』で最後にアップになるベイツ夫人のミイラのようでした。  今回、顕著だったのは女性キャラ、つまりアスカ、マリ、ミサト、ミツコらが非常に勇ましくて男前なのに対し、シンジをはじめとする男キャラ全般に元気がなく、気迫も感じられませんでした。時代を象徴するようではありますが、シンジは次回作である完結編ではついに覚醒して、大人の男となれるのでしょうか。たぶん無理っぽいけど。
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 色々な要素や謎がてんこ盛りで、大風呂敷を広げに広げた今回ですが、果たして次回でそれらすべてをどうまとめて行くつもりなのだろうか。ヒッチコックマクガフィンは通常一つですが、もしかすると張りに張った伏線すべてがマクガフィンだったとしたら、なんら解決することもなく、混乱のみを残す結末が待っているのかも知れない。  まあ、でもアニメ映画一本でこれほど色々と予測する楽しみを持たせてくれる作品はヱヴァくらいですので、そういう意味では得がたいシリーズと言えます。  ちなみに観に行ったシネコンのスクリーンには100人以上が夕方の回にもかかわらず詰め掛けていました。通常、関西ではほとんどの人がスタッフ・ロールとともに席を立ちますが、最後まで誰一人立とうとはしませんでした。  ミサトがナレーターを務める、お約束の予告編を見るという理由もあるでしょうが、今まで観てきたものが何だったのかを頭の中で整理しているような雰囲気に思えました。
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 ぼくは「みんな、気にするなよ!多分誰も半分も理解してないよ!」と言いたい気持ちがウズウズしていました。それほど多くの人がポカーンとしていて、知識を補完するために帰りの販売ブースでは30人以上の人たちがパンフレットを買うために並んでいましたが、こんな場面に出くわすのは初めてでした。  これまでのヱヴァに決別し、新たな世界を構築しようとする姿勢は素晴らしいので、ぜひとも最終作品では自分たちの信じるヱヴァの結末を見せてほしい。それが一本の作品として3時間半とかになっても観に行きますし、完結編一部・二部に分かれて、3ヶ月置きのスパン程度で順次公開されたとしても、ぼくは観に行きます。  ただパンフレットを2パターン買わせる商法は姑息なので止めてほしい。多くのファンがお金をつぎ込んでいるのだから、金儲けは程ほどにして、さっさと遅滞することなく完結編を仕上げてくれることを願っています。
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 最後にこの映画が始まる前に唐突に始まった『巨神兵東京に現わる』について述べていきます。もともとこの短編はスタジオジブリ作品として樋口真嗣が監督を務め、製作に庵野秀明が関わっているもので、製作意図はミニチュア特撮映画を撮って、楽しさを現在のファンにも分かって欲しいというモチベーションだったようです。  映画は円谷プロ作品へのオマージュが散りばめられ、キングギドラの登場を思い出させる神社の鳥居を前面に配置した素晴らしいショットを持ってきました。街中の破壊シーンも昔よく見た映像を髣髴とさせる楽しさがあり、巨神兵の口がアップになり、エネルギーが充填され、東京タワーを閃光が貫くショットが秀逸でした。  破壊神としての巨神兵は強烈なインパクトを与えてくれました。映像は破壊の限りを尽くす中、そこに被さる林原めぐみ綾波レイ)のナレーションが淡々としていて、異化効果が抜群でしたので、ヱヴァ本編が始まる前の楽しみとして大いに期待して観に行ってほしい。  DVD化の際には是非ともこの『巨神兵東京に現わる』もしっかりと収めてほしい。巨神兵のスタイルって、ヱヴァのスタイルにも影響を与えたのでしょうか。なにはともあれ、映画情報を何も入れずに観に行きましたので、この短編は嬉しい贈り物でした。
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 総合評価 80点