良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015)今年最大のお祭り開始!

 12月も残すところ、あと10日余りとなり、忙しさが増していくなかではありますが、本日は無理やりに有給を取り、こそこそと近くのシネコンに到着し、ソファーに腰を掛けていると、目の前でライト・セイバーのように傘を振ってくるヤツがいました。  おかしな奴には関わらないようにしようと知らんふりをしていると、彼が話しかけてきたのでよく見ると、なんと会社の同僚で、彼も休みを取っていたのです。  しかも当然別々にネット予約をお互いにしてきたのにも関わらず、席が隣だったというあり得ない展開となりました。これもフォースのお導きでしょうか。ただ向こうもオッサンなので運命の出会いとはなりません。会社には内緒だとお互いに固く約束しておきました。  そんなこともあり、バタバタしていましたが、銀河サーガの最終エピソードだったはずの『スターウォーズ エピソードⅢ シスの復讐』の公開からはすでに十年の歳月が流れています。  数年前から新シリーズの製作が決まり、ジョージ・ルーカスがすべての権利をディズニーに売却したと聞いたときには僕の中ではスターウォーズは完結していました。
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 ディズニーが版権を掌握したということはこれから展開されるのは世界的マーケティングに基づいた老若男女の最大公約数をまあまあ満足させることに重点を置いた無難な脚本と圧倒的な資金を活かしたタイアップ・ビジネスによるビジネスマンたちに富をもたらす大金の臭いが全面に出てくる欲望まみれの作品群になるのだろう。  それは貪欲という暗黒面に堕ちた製作サイドによって感情と行動をコントロールされてしまう帝国時代のリアルな再現である。ディズニーはまさに金という暗黒面を駆使して、自分達に大金を貢ぐ一般大衆を洗脳するシスである。暗黒面に飲み込まれてしまわないように最大限の注意を払う必要があります。  とまあ、こんな感じで大いなる不安と共にスクリーンの前で上映を待っておりました。出だしに20世紀フォックスのファンファーレが鳴り響かない違和感が現実を思い知らせましたが、ディズニーをアピールするあのお城のロゴが現れず、ルーカス・フィルムのマークが映し出されたのでまずは安心感がやって来ます。  そしてジョン・ウィリアムズのメインテーマが鳴り響き、銀河の星空とともにテロップが流れてくる頃には暗黒面の不安は消え失せました。今ではエピソードⅣと呼ばれているオリジナル版に魂を奪われた世代にとっては嬉しくもあり、不安も増していく続編シリーズはひどすぎた『スターウォーズ エピソードⅠ ファントム・メナス』でのちょっとした失望感があったからです。  今回のシリーズ第一作目は主人公が若い女の子(デイジー・リドリー)で脇を支えるのが黒人俳優(ジョン・ボイエガ)という不安なキャスティングではありましたが、スターウォーズ世界から浮き上がることなく、自然に溶け込んでいました。
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 特にデイジーのさっそうとした躍動感はエピソードⅠに登場したころのナタリー・ポートマンを思い出させる。これは血筋がナタリー(アミダラ)の娘キャリー・フィッシャー(レイア)の娘(レイ)という流れになるであろうからだろうか。  ジェダイの血筋はアナキン・スカイウォーカーヘイデン・クリステンセン)とアミダラ(ナタリー・ポートマン)の間に生まれたルーク・スカイウォーカーマーク・ハミル)と双子の妹レイア・オーガナ(キャリー・フィッシャー)がオリジナル三部作の物語を進めてきました。  小説ではハン・ソロハリソン・フォード)とレイアには三人の子供が生まれ、一番下の子供が暗黒面に落ちてしまい、ルークが彼を救い出すという展開だったと記憶しています。  ただこれは新しく生まれたシリーズであり、小説に縛られるわけではないでしょう。そして出来上がったのが今回の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』でのベン(アダム・ドライバー。シスなのにダースとは付かず、カイロ・レン)とレイ(デイジー・リドリー)の関係性でしょうから、たぶん二人は兄妹と読むのが正しいのでしょう。  旧作では父親であるベイダー卿と一人息子であるルークの争いを描き、父親のジェダイ勧誘に屈しなかった息子に「だったら、妹を仲間にするもんねえ~」と言ってしまったために、父親は逆ギレした息子に倒される。
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 今シリーズでは兄妹喧嘩にルーク叔父さんが関わっていくという展開になりそうです。親殺しというDNAは受け継がれていて、父親を瀕死の重傷に追いこんだ叔父と同様にベン(ベン・ケノービ)から採ったのでしょうね。)はエピソードⅣでのオビ=ワンの死にざまやルークのエピソードⅤでの転落を思い出すやり方で父親であるハン・ソロを刺し殺す。  最大の問題点と最大の安心感が同時に沸き起こる不思議な作品でもあります。作品全体を通して見ていくと古くからのファンとしてはホッとしました。うるさすぎるマニアが生き残っているこの映画シリーズに置いては何をやっても文句が出てきますが、概ね多くのファンは納得する出来にはなっていたと思います。ただしそれは大満足というレベルではないことも付け加えておきます。  まずは問題点から始めるとこれまでの6つのエピソードのどこかで見たような既視感が全編を覆うことです。砂漠の惑星はスター・ウォーズの物語世界の根源であるタトゥイーンでしょうし、スター・キラーのイメージは氷の惑星ホスでしょう。  緑の惑星(エンドアやダゴバなど。)、水の惑星(ナブー)、未来の建築物に囲まれた惑星(コルサント)を見てきた者にとっては新しさはない。  ちょこちょこ挟まれるエピソードも既視感いっぱいで、デイジーがタコダナ(モス・アイズリーに似たエイリアン酒場がある惑星。もちろんカンティーナを彷彿とさせる楽団も登場。)の秘密の部屋に入っていく下りは暗黒面に誘惑されるダゴバの洞窟シーンを思い出す。
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 しかしながら、スター・デストロイアー(インペリアル級の6倍の大きさらしい!)の巨大な影が惑星を覆い尽くすショットや巡洋艦が砂漠に放棄されたシーン、撃破された四足歩行の戦車AT-AT、タイファイターやXウイングなど旧三部作に登場したメカが再び登場してくるとニヤニヤしてしまう。  砂漠の惑星ジャクーでデイジーが乗り回すスピーダーの形が興味深く、今まで見てきたタトゥイーンでのモデルはスリッパ型でしたが、今回のモノはまさかの縦型でした。  彼女はメカの天才のようで操縦したことのないミレニアム・ファルコンを意のままに操る。これをもってご都合主義というのは簡単ですが、彼女がフォースを受け継ぐ家系の一人、つまりレイアの娘かルークの娘と考えれば、有り余る才能で宇宙船を駆っても不思議はない。  そもそも敵方の最新兵器がデス・スターの10倍くらいの大きさの巨大惑星破壊兵器という時点でなんだかなあという気にもなりますし、巨大惑星破壊兵器に破壊工作を仕掛けるのが入ったばかりのストーム・トゥルーパーあがり(ジョン・ボイエガ)と年老いたソロ爺さんとチューイだけというのはあまりにも雑です。  そもそもストーム・トゥルーパーって、ジャンゴ・フェットのクローンだったはずです。それが小さい頃に連れ去られてから、戦闘マシーンとしての教育を受けたが生まれ故郷では無慈悲に殺戮できないだけでなく、脱走したうえ、レジスタンスを逃がし、途中で女の子にも手を出す。
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 ジョン・ボイエガ自体の存在感はしっかりしていますし、戦闘訓練を受けたという設定は分かりますが、いきなりシス候補生(ダースと名乗っていない)カイロ・レンとライト・セーバーでの戦闘で対応できるなど言うのはよほど彼が強いか、シスが弱すぎるかのいずれかであろう。  トゥルーパーの出自から考えると自己判断して脱走する彼には違和感がありましたが、人間としての深みを出していけば、慣れるのでしょう。ここの演出に失敗したら、ジャージャー・ビンクスの二の舞になってしまうでしょう。  ハンとレイアの子供とすれば醜男と言われても仕方ない顔立ちはかなり残念なアダム・ドライバーはちょっと手こずってからジョンを倒した後についさっきフォースに目覚めたばかりの小娘に結構な良い勝負をするもののなんと倒される。  おじいさんはヘイデン・クリステンセンなのだから、もう少しルックスを重視したキャスティングが必要だったと思います。シスの下で修行をし続けたアダムと普通の女の子だったデイジーがすぐに対等にやり合えるというのはあまりにも非現実的です。
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 彼は秘密基地に陣取っているのにあまりフォースが強くないのしょう。最新兵器内部に簡単に侵入されてしまい、父親や父親の相棒たちはたいした抵抗もなく、大規模な破壊工作に成功してしまう。ファースト・オーダー側(帝国軍の残党で、今回の敵方。NWOみたいなネーミングですなあ。)のセキュリティの弱さはあり得ないレベルです。  まあ、そのへんは大目に見ましょう。たぶんカメラが入った攻撃はソロじいさんと御一行の活躍のみで、その他の部隊は人知れずコンピューターをサイバー攻撃したり、カメラが壊されてしまったために活躍の様子が撮れていなかったのでしょう。  またスター・キラーへの攻撃方法も昔ながらの側溝侵入アンドXウィングの精鋭部隊による爆撃というやり方で、進化がありません。なかでも一番の難点は敵役の魅力が薄いことでしょう。強大だったシスの暗黒卿であるダース・ベイダーダース・モール、皇帝ダース・シディアスのような圧倒的な能力を持っていないカイロ・レンではレベルが違い過ぎて憎たらしさが全くない。
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 東宝ゴジラもそうですが、シリーズ後半のクライマックスになって倒されるまでは圧倒的な破壊力を求められるのが敵の価値そのものであるので、このシリーズ第一作目は魅力を増すことに失敗しています。修行を始めていないデイジーに倒される程度であれば、出てくる必要性がない。  直接対戦させずにトゥルーパーの親玉だったキャプテン・ファズマあたりとの対決で止めておけばよかったのにと思いました。修行前のデビュー戦からシスと当たらせてしかも勝たせるという演出はこの後の展開を苦しくしてしまうのではないか。
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 文句ばかりを書いているように見えるかもしれませんが、ぼくはかなり楽しめました。J・J・エイブラムスは難しい仕事をやってのけ、CGだけに頼らない温かみと力技で大多数の観客を黙らせることに成功しています。 懐かしのメンバーがあちこちにカメオ出演していて、GNK(ゴンク)が出てきたときには拍手しそうになりました。「ゴンク、ゴンク、ゴンクデスヨ!」がかすかに聞こえる。セリフでは「I HAVE A BAD FEELING ABOUT THIS!」や「MAY THE FORCE BE WITH YOU!」が懐かしい。  エンドア星攻撃でも指揮権を持っていたアクバー提督やナイン・ナン(あごが垂れ下がったギョロ目のエイリアン。)がしっかりと活躍していますし、相変わらずペチャクチャうるさく恋の邪魔をするC3POとルーク失踪後にひきこもりになっていたR2D2も出てきます。  小道具でいえば、クリーチャーがチェスの駒になっているデジャリック・ホロゲームが出てきたり、ルークが修行時代に使っていた球形のリモートがほんの少し映りこんでいます。  登場人物たちもお馴染みのメンバーがスクリーンに戻ってきました。マーク・ハミル(ルーク・スカイウォーカー)、ハリソン・フォード(ハン・ソロ)、そしてキャリー・フィッシャー(レイア・オーガナ)。彼らは30年ぶりの復帰です。
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 各々30年の歳月を重ねています。ハリソン・フォードスターウォーズ後も大スターとしての道を歩み、ハリウッドでも確固たる地位を保っています。  キャリー・フィッシャーに関しては今ではルーカス・フィルムの重鎮としての活躍もあり、今回の役柄は責任者としての風格も漂っていて、しかも気品のあるお姫様としての貫禄も備わっています。  マーク・ハミルが登場するのは最後の場面のみで、ベイダー卿との戦いで落とした片腕が痛々しい。身体がかなり横に大きくなっていますが、最後のジェダイの風格はしっかり残っていたのが嬉しい。ただ最後のジェダイが彼だというのは「?」です。レイアもジェダイの才能を持っていますので、修行を最後までしなかったという意味なのでしょうか。  今回の作品はルークとの邂逅で幕を閉じますが、もしもったいぶられて後姿のままでエピソードⅧに繋げられてしまったらどうしようと思っていました。ここまでは見せてくれたので良しとしましょう。  残念なのはハリソン・フォードの雄姿がもう見れなくなってしまったことです。ただ彼も高齢なので健康面も考慮しての今回でのサヨナラだったのかもしれない。高齢者と言えば、今回のエピソードⅦにはイングマール・ベルイマン作品での演技が印象深いマックス・フォン・シドーが出演していて、個人的には嬉しかった。
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 数々の不満があるとしても、なんだかんだ言っても多くのマニアは作品シリーズを映画館であと二本は5年以内に確実に見られるだけでも嬉しいですし、結局観に行ってしまうのだから、ゴチャゴチャ言わずに観に行きましょう。  今シリーズの主役となるデイジー・リドリーの活躍を観に行きましょう。とても可愛らしい彼女がだんだん本物のジェダイに成長していく姿を見ましょう。  あと最後になりましたが、今回の上映に当たり、さすがに20世紀フォックスのファンファーレを出すのは無理だとしても、最後までディズニーのお城を登場させないというファンへの気遣いを示してくれたディズニーには感謝したい。次からはラストのルーカス・フィルムロゴのあとであれば、ディズニー城を出しても良いのではないかと個人的には考えています。
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総合評価 77点