良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『雨あがる』(2000)後期・黒澤明監督作品を支えた小泉尭史監督のデビュー作品。ネタバレあり。

 2000年製作の小泉尭史監督デビュー作品。黒澤監督の残した遺稿から映画化された作品であり、黒澤監督が持っていた映像作りのエッセンスをそこかしこに見ることができます。とても美しい作品ではありますが、もっと小泉監督の個性を見てみたいという不満も感じる一本です。

 黒澤監督の残した脚本からなるこの作品を見て、最初に感じたのは『どん底』のあばら屋が復活した喜びでした。「馬鹿囃子」のノリで歌が再度唄われ、貧民が踊り、藤田山のような巨漢も踊ります。大分と洗練されていましたが、まさに『どん底』です。  

 確かに、この映画の主役は寺尾聰宮崎美子の演じる武家夫婦であり、彼らはとても良い人柄であり、黒澤作品にたびたび登場する「人はいいけど損ばかりしている人間」というタイプとして描かれています。彼らはとても清々しく穏やかに物語を進めていきます。ただ穏やか過ぎるように感じます。黒澤ファンとしては納得して見ることができます。だが、そうでない方には何かだらだらして、空々しい感じのする作品だったのではないかと思います。

  物語自体は、ゆったりとしたペースで進んでいきますが、寺尾さんが集団相手の大立ち回りのシーンのあたりと、『隠し砦の三悪人』を思いださせるような三船さん演じる殿様が馬で寺尾夫婦を追いかけていく場面から、突如スピードアップしていきます。夫婦が新天地を探すために、海に出てきたところで作品は終わりを告げます。

 この作品のラストは、観客の見たい部分を見せないという黒澤監督らしからぬ終わり方をしますが、この作品に関してはそういう下世話なエンディングは必要ないものであり、もし最後に追いついたシーンを入れてしまうと、とても見ていられないような二流の作品に成り下がってしまいます。あのエンディングにより、はじめて観客は「その後」を想像する楽しみを得たのです。

 ただし、とても雰囲気のある佳作であることは事実ではありますが、つくりとしては「お茶漬けサラサラ」というご自身が否定したものになっています。八十代の黒澤監督が撮られたものならば絶賛されたかもしれませんが、五十代の小泉監督が初監督作品として撮る作品としては、初作品特有の若さや躍動感を感じず、果たしてこれが相応しかったのか疑問が残ります。ほとんど黒澤監督のコピーとなってしまっていて小泉さんの個性をあまり感じませんでした。

 寺尾聰宮崎美子の夫婦の演技はとても上品で美しく、久しぶりに良いものを見させていただいた気持ちになりました。お互いを思いやる気持ちが良く伝わり、何一つ不自然な点を感じませんでした。とりわけ眼やしぐさで演じておられた宮崎美子は素敵でした。『乱』の時には太郎と末の方をそれぞれ演じてあっさり殺されてしまいましたが、今度は強い侍を演じています。  

 周りを固めた俳優陣も元・黒澤組の俳優さんたちばかりでしたので安心して見ていられました。いろいろと多くの人から批判を浴びた三船史郎にしても、個人的にはそれ程の違和感はありませんでした。元々の役柄自体が世間から隔離されている殿様の役ですので、三船のあの浮世離れした感覚は必要であったのです。

 たとえ下手だとしても彼の真面目さや人柄の良さは画面から伝わってきました。小芝居が嫌いだった黒澤監督ですので、その弟子である小泉監督も同じ感覚を持っているのでしょう。また原田美枝子が出演されているのも黒澤ファンとしてはうれしいところでした。

 雨も含めて「水」の流れは、作品が進むにつれて徐々に穏やかになっていきます。それとは反対に「物語」のほうは序盤ゆったりと進んでいきますが、終盤に行くに従い展開と速度が急速に上がっていきます。この「物語の進行」と「水」との対比がとても興味深く、小泉監督の個性を感じました。

   また、とても美しく「緑」が撮られておりまして、「あばら屋」での屋内の緑がかった映像は、この作品全体の支配的な色彩でもありました。最も印象に残るのは寺尾聰が旅籠から出て、一人で鍛錬するシーンでの縦構図が素晴らしい木々と、奥から歩いてくる寺尾の映像でした。

 そして、この「緑」の支配が破られるシーンこそが立ち回りのシーンであり、人を殺めたときに出てくる『椿三十郎』のような「血しぶき」の後、物語は急速に動き出してそのままエンディングまで進んでいきます。美しく撮られていたこの作品が、唯一血生臭くなるシーン。必要だったのだろうか。

 また、気にかかるシーンがあります。それはクロス・カットで撮影された寺尾さん夫婦と、馬で追いかける三船さん主従の映像です。あまりにもくどくどしく、しかも長すぎるモンタージュなのではないかということです。

 『隠し砦の三悪人』での三船敏郎が、敵を追いかける有名なシーンで使われたように、何台ものカメラを使って、パンで撮った方がスピード感を出せたのではないでしょうか。『蜘蛛巣城』のオープニングで道に迷うシーンよりは短いものですが、あれほど長く必要だったのかが疑問です。

 雨音の激しさ、川の流れの激しさ、そして反対に静まり返る対決シーンと音のない海の映像。より大きく危険な海からは何一つ音が出てこない。心の動きの激しさがもっとも大きい対決シーンも極力無駄な音がない。オーソドックスな音の使い方ではありますが上品に仕上がっています。

 興味深かったのはなんといっても「旅籠」であり、いくらきれいに造られてはいても思い出すのは『どん底』のあばら屋でした。着物などのデザインも良く、役者が衣装に違和感を持っている様子はありませんでした。ただ難点は旅籠があまりにも美しすぎることでした。

 小泉監督の初作品であり、黒澤監督の残した時代劇の脚本の映画化という意味では『どら平太』以来となります。『どら平太』と比べた場合、シナリオの面白さとしてはあちらのほうが上です。ただし演出の美しさと演技の深さではこちらの勝ちです。とても素敵な作品でありますが、初監督作品としてはあまりにも枯れすぎている気がします。

 確かに美しい映像ではあります。しかし、なにか映像に力強さと線の太さを感じません。これがもし黒澤監督の遺作だったならば、自身作のパロディ作品として高評価を受けていたとは思います。しかし、これはそうではないのですから、もっと存分に小泉監督の個性を出して欲しかった。

 

総合評価 79点 雨あがる 特別版

雨あがる 特別版 [DVD]