良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ダンボ』(1941)じつはかなりディープな内容だった、素晴らしき初期ディズニー作品。

 子供の頃、見てそれっきりになっていた作品のひとつがこの『ダンボ』です。覚えていたのは耳で飛ぶシーンとピンクの象くらいで、そのほかは全く記憶に残っていませんでした。かつて見た作品を再び見る過程のおいて今回選択しました。  雨の描写が何度か出てくるのですが、1941年という第二次大戦の年にこのように美しく、そしてリアルに描いていた技術の高さに圧倒されます。黒澤作品を思い出しましたが、アニメ映画では初期ディズニー作品での「水」の表現の豊かさと美しさには常に驚かされます。  コウノトリによって、平等に運ばれてくる子供たちは例外なく親に可愛がられ、虐待されている子供は一匹もいない。唯一の例外がダンボで、母親(ジャンボ)は愛情を注ぐのですが、大きすぎる耳のために化け物(FREAK)呼ばわりされ、蔑まれます。  サーカスという見世物小屋で、芸を仕込まれますが、まったくものにならず、作品中でもっとも地位の低いものとされているピエロの地位にまで落とされてしまう。社会の最下層に落とされる奇形児を見るのはかなり辛い。  実写ならば、すでに『フリークス(怪物團)』という強烈な作品がありましたが、アニメでこのような性質のものが出てくるのはおそらく初めてなのではないでしょうか。  一種の奇形として扱われ、コンプレックスの塊になってしまうダンボの様子はとても子供向きに製作された作品とは思えません。姿形は変わっても等しく授けられた生命、ディズニーが示したのは生命の平等と個性の素晴らしさであり、結果の平等ではない。  すべての生きる者にはなんらかの才能があり、コンプレックスに感じる事でもやり方次第では大きな武器になることを我々にしめし、悩みを持つ者を力づける。悩んでいる人を大いに励ます作品は60年以上の年月を経てなお新鮮で力強い。  映像を見ても、とてもそんなに古いものとは思えないほど、豊かな表現に満ちていて、アニメでしか描けない素晴らしい世界があることをはっきりと製作者が意識しているのが実感できる仕上がりになっています。  コウノトリ、サーカス一座、建築物、機関車、ねずみ、カラス、象、後半出てくるマーマレード・スカイ(ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズみたい!)などキャラクターや背景にたいして、ディズニーがどれだけこまやかな気配りと愛情を注いでいるかが伝わってきます。  機関車の表現は特にアニメ的で、見ているだけで楽しくなってくるシーンのひとつです。曲がりくねった線路、汽笛と機関車は擬人化され、現実にはありえないが、アニメなら表現できるという、アニメの良さを全面に押し出していました。音楽との相性も良く、映像と音楽の両方で作品を盛り上げるディズニー映画の特徴を表すシーンでした。  象たちがサーカス芸としてピラミッドを作るシーンがあり、そのときの象たちの緊張感と疲労感を表現する、汗やぐらつき具合が妙にリアル感があります。新鮮な表現でした。  革命的な映像表現もあり、ピンクの象のダンスは60年代のサイケデリックな色彩を先取りするような奇妙ではあるが楽しい演出であり、当時のディズニー社にあった、映像として出来る事は何でもやっていこうとする冒険心に溢れる試みでした。その前にある酒がバケツに沈みこんでいく時の液体の表現の巧みさとあわせ、よくもこれだけのものを一時間ちょっとに詰め込めたものだと感心します。  悪夢的で狂気の世界を表現しているようなシーンではありますが、印象に強く残ります。最近のディズニー作品が失ってしまった、観客に対する挑戦や人間への深い洞察が詰まっている印象があります。  歌ももちろんディズニーの持ち味であり、ジャンボが歌う子守歌、労働者の歌、ピンクの象が歌うシーンなど記憶に残る素晴らしい歌が多く挿入されています。ミュージカルが映画の楽しみの一つであることを知っているアメリカ人製作者らしい表現なのかもしれません。  しかし映像だけで判断すると、素晴らしい作品ではありますが、興行的にはどうだったのでしょうか。かなり難しいテーマを本質に抱えるこの作品が受け入れられたのだろうか。ほろ苦いビター・チョコのような作品でした。  黒人を表すようなカラスたち、知恵の回る嫌われ者のねずみ、奇形のダンボは蔑まれてきたもの同志で強い連帯感を持ち、励ましあい、自分の個性を押し出していく事で、社会に挑戦し、成功する。ねずみは飛べるようになったダンボのマネージャーに就任し、カラスは取り巻きとしてダンボの後についていく。  いろいろな読み方が出来る作品でした。実際にダンボが飛ぶのは最後の3分間だけですが、これ程印象に残っているのはただ単に象が飛ぶからというのではなく、それまでの地を這うようなダンボの苦闘をしっかりと表現していて、空に飛ぶという重要な意味を持つ、このシーンを演出上最も効果的にするのが、最後の3分間だと判断したからでしょう。  とかくこのような作品では売り物である「飛ぶシーン」を存分に盛り込みたいところですが、一度だけしか使わない事によって、より強い印象を観客に与えています。成功に溢れる人生の第一歩を踏み出した(羽ばたきだした?)ダンボは一気に観客の緊張を解きほぐし、リラックスさせる。見事な演出です。   総合評価 90点 ダンボ
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