良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ミッドナイトイーグル』(2007)スケールは大きいが、設定がスカスカでご都合主義なのが…。

総合評価 62点

 現在公開中で松竹のお正月大作映画として成島出が監督を務めた『ミッドナイトイーグル』についての賛否両論はかなり多く、どちらかといえば否定する意見が多いように思います。

 主な不満点は以下の通りであろう。まず台詞では、明らかに誰でも分かる北朝鮮と思われる敵対国家の名称を特定せずに「某国」で最後まで通してしまう弱気な姿勢、同じく核爆弾を「特殊爆弾」というもやもやした言い方にしてしまう欺瞞、北朝鮮特殊部隊をいつまでも「工作員(ショッカーじゃあるまいし)」という言い方で済ませてしまう点であろう。なんとも作り手の反骨というか、意志の強さが皆無である。

 そして台詞ではもっとも重要だと思えるクライマックス・シーンにおける大沢たかお竹内結子の会話(原作では離婚した夫婦という設定だったのが、竹内と師童の問題のためか、別れた妻の妹に変えられている)が後味の悪い余韻を残してしまっている。

 小説本来の夫婦という設定であったとしても、この台詞の持つ意味は深いのだが、他人である妹の口から出ると、意味が変わってしまい理解に苦しむ方が多かったのではないだろうか。

 つぎに脚本の問題がある。せっかく上質の軍事的にデリケートな問題を扱う政治サスペンスという太い縦糸に加えて、本格的な山岳アクションという二つ目の縦糸を通した重厚な原作があったのにもかかわらず、不必要と思えるラブロマンスと家族愛という横糸を必要以上に挿入してしまったために三つの糸が絡まり、そのスケールの大きさと世界観がほとんど出ていないのが残念です。厳しい雪山でのアクション・シーンは邦画とは思えないほどの迫力がありましたのでさらに勿体無い。

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 ご都合主義の構成は多々あり、何十人もの北の武装テロリスト?というか、この言い方自体がそもそもおかしく、変装して他国に潜入した軍人の条約違反(たしか不法潜入して他国で破壊活動をする者達には身分保障や権利は保障されなかったのではないでしょうか)活動をしているのであるから、問答無用で殲滅すればよいのである。

 また自衛隊も入れない猛吹雪の地域に何十人もの北の軍人が既に潜入し、そこへ都合よく核爆弾搭載のステルス機が墜落する。このステルスも米軍横田基地に配備されていた機体に核爆弾を基地の整備員や兵たちに見つからずに装着し、爆弾の発射コードまで変更されてしまっている。しかもたった4人で侵入した、技術的に未熟な北の軍人にである。

 藤竜也首相の政府もまるでいい加減で、起こっている事案の意味を深く考えず、現場の状況も確認せずに二個小隊のレンジャー隊を派遣し、吉田栄作以外の隊員が北の軍人達によってほとんど無抵抗で殲滅されてしまう。

 強力なはずの北朝鮮精鋭部隊はそのくせ残った吉田、素人の大沢、玉木のたった三人相手に手まどい(まるで12月1日の横浜FC浦和レッズみたいでした!浦和に勝って欲しかった。)、作戦に失敗してしまう体たらくでした。

 撮影も、北アルプスという雄大な環境を舞台にしているのに、アイレベルでの視点で多くが語られ、しかも会話シーンではクロース・アップでの切りかえしが無意味に多用されているので、大きさを感じないのです。

 さらに見せ場の一つであるはずのステルス爆撃機の墜落シーンはない。ないのです。あるのは残骸が散らばっているのに、何故か無事に収納されている核爆弾と電源が落ちていないコックピット部にはげんなりします。

 雪山の雄大さと作品のスケールの大きさ、そして人間の愚かさと儚さを引き出すには、ツー・ショットかスリー・ショットの引き画をクロース・アップ扱いにして、それを中心に会話シーンを構成していき、アングルも上から突き放したように人物を捉える視点が必要だったはずなのですが、それらがあまりなく、小さくまとまってしまったのはなんとも残念です。

 究極の決断を迫られる場面でのクロース・アップは劇的に有効だと思うのですが、別にどうでも良い場面でも、何度も何度もむさ苦しい男ばかりをアップで抜かれても、閉口するだけでした。閉じ込められた状況下の物語というのを伝えたかったのでしょうか。それにしてはいくつか散漫というか、不必要と思える場面も幾つかありました。

 良かった部分としては大沢らがただならぬ緊急事態の中、東京での北の工作員カップルを救おうとする竹内らと無線でやり取りをして、事態収拾を図り、核発射コードを捜し求める様子がクロス・カッティングで描かれる場面では空間の広がりも出ていました。ただ、なんというかせっかく同時進行しているにもかかわらず、スピード感が出ていないのは編集の拙さでしょうか。

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 二時間以内に核爆弾のコード解読をして、なおかつ北朝鮮特殊部隊と渡り合い、自衛隊の救援部隊が来るまで核爆弾を死守せねばならないという緊迫した展開が用意されているのに、時間の使い方が稚拙でした。なんども時計のカットが入れられるので、もしかすると最後の三十分をシンクロさせるのではないかと思い、ワクワクしていたのです。

 フレッド・ジンネマン監督の『真昼の決闘』のスリリングな方法論を取るのではないかと思ったのです。しかし期待は裏切られ、作品中のランニング・タイムと実際に観客が観ている時間とをリンクさせずにだらだら時間を使っているので、まったく作品世界に観客として入り込めない状況を作り出してしまっている。

 実際の時間と作中タイムを合わせれば、感情移入しやすくなったはずですが、そういった発想はなかったようでした。また彼らを救出するために爆音を響かせて急行してくる戦闘ヘリ部隊が到着しかけた時には『地獄の黙示録』でのワーグナーの『ワルキューレの騎行』が頭に思い浮かびましたが、なんとヘリ部隊は一発のバルカン砲を北の部隊に撃ち込むこともなく、力なくヘナヘナと引き返してしまいます。席からずり落ちそうになるシーンでした。

 すべてを殲滅するべく、日本海で任務についていた米国潜水艦のトマホーク・ミサイルが来るまでの10分間に、北軍から爆弾を守らねばならないはずなのに何度もコックピットのCCDカメラに顔を出す大沢の様子がくどく、まるで「電波少年」の企画物でも見ているようなお寒いシーンとなっていて興ざめでした。

 では無価値な作品であったかというとそういうことはありません。グチャグチャになってしまってはいても、原作の持つテイストは消えてはいませんので作者の世界観は感じ取れます。とりわけ感慨深いのが昔は日本人の中では仮想敵はソビエト連邦(ロシアの昔の名前ですね!)だったのが今では完全に北朝鮮になっていることでした。

 演技面では北アルプスでの男三匹舞台劇の様相を見せる芝居の印象と内閣危機管理室でのベテラン陣の緊張感溢れる芝居が良い。藤達也の演技は安定していてさすがの貫禄がありました。

 竹内結子については彼女自身の罪ではないのでしょうが、本来別れた妻役だったのを妹という設定に無理矢理にしてしまったために分かりにくくなってしまった部分があり、彼女の存在が悪い意味で作品の質を左右してしまいました。

 彼女の離婚騒動のために所属事務所と製作側の政治的判断が働いたのでしょうが、プライヴェートと仕事は別々のものなのだから割り切ってやるべきでしょうし、出来ないのならばオファーを受けるべきではない。

 演出面で優れているのは北朝鮮特殊部隊の人格や人間性を全く描かずに、完全に単なる殲滅すべき敵として描ききったことでしょう。ハリウッド戦争映画でのナチスドイツの人間性を描かずに敵として描き続けた演出を思い出しました。

 ただ、倒しても、倒してもウジャウジャ出てくるのはあまりにもご都合主義であろう。撮影に関しては自衛隊が完全にバックアップ体制を敷いているので、装備や車両、そして軍用機に至るまで本物が多数使用されているのでリアルさが違います。

 音楽面では小林武史がいい仕事をしています。ドラマチックなパートではより劇的に映像が引き立つように、静かな部分では観客の感情をコントロールし、映像の邪魔をしていません。エンド・ロールで掛るミスター・チルドレンの櫻井和寿と組んだ「Bank Band」名義での『はるまついぶき』もドラマチックな良いナンバーでした。

 問題点は非常に多く、改善すべき点もかなり多い。しかしスケールの大きなものを作ろうとする意志ははっきりと感じます。自己犠牲の物語であり、ハッピー・エンドになりようがない悲壮なラスト・シーンではありますが、「こんなのもたまにはいいかなあ~」と思いつつ、劇場を後にしました。

 ちなみに途中で席を立つ人々がかなりいたのは意外なようでもあり、当然なようでもあり、人それぞれ感じかたが違うから仕方ないかと思っていました。

aisbn:4167656604ミッドナイトイーグル (文春文庫)