良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『憂国』(1966)三島由紀夫の初監督作品。スタイリッシュな能の見せ方で語るのは…、腹切り。

 『潮騒』『鹿鳴館』『仮面の告白』『金閣寺』『葉隠入門』などを発表した、戦後日本文学史上、もっとも重要な作家のひとりである故・三島由紀夫の同名短編小説を彼自身が映画化した作品で、彼の初監督作品でもあります。  憂国とは愛国心のことである。残念ながら、今の日本では死語になってしまっている。今でも愛国心をメディアで表現しただけで、鬼の首でも取ったかのようにヒステリックに騒ぎ立てられてしまう。騒ぎ立てる彼らは一体どこに住んでいるのだろうか。嫌ならば海外へ出ていけば良い。自分の住む国を愛せない者が世界平和など口に出すのもおこがましい。
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 何か言うと、すぐに中共やら北朝鮮やらがごちゃごちゃ内政干渉してくるから面倒臭いし、後で問題視されるのはイヤだからと言って、そこへ触れること自体がタブーとなり、臭いものに蓋をしようという嘆かわしい風潮が平成以降、確実にこの国にはある。  しかし、わが国の諸悪の根元を政治、財界、マスコミとして責任転嫁するのはもっとも簡単ではあるが、諸悪の根元は国民そのものなのではないだろうか。現在わが国には独立国とは言い難い状況がある。つまり米軍の駐屯です。終戦後に米軍がわが国に多数の軍事基地を構えているが、これで独立国と言えるのであろうか。
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 彼らがいざ国内で、仮に共産主義国やロシアが引き起こす事変があったときに、同盟国ではあるが、属国化しているわが国を真剣に防衛するかは疑問である。  つい最近、自民党の末期にも、わが国上空を通過してアメリカに到達しようというミサイルを迎撃出来るようにしたいということをわが国の政府関係者がコメントしているニュースがありました。これは非常に奇妙な言い回しです。ポーランドチェコでも同様なミサイル迎撃問題でアメリカはロシアと揉めています。  そもそも自国に向けられるミサイルを撃ち落とすことを躊躇っている腰抜けがどうやってアメリカ行きの弾道ミサイルを迎撃するのか。自衛は当該国民によってのみ成立する。傭兵は所詮、傭兵である。
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 三島がこの短編を書き上げ(1961年)、映画化(製作は1965年)したのちに楯の会を結成し(1968年)、東大生とやり合い、最終的に市ヶ谷駐屯地で自害するまで(1970年)は怒涛の展開は当時を実際に生き抜いてきた方しか、その生き様を理解できないのかも知れません。社会党共産党が強かった当時に、こういった動きをするのはそうとう勇気が必要だったでしょうし、かなりの批判と罵声を浴びせられたことでしょう。  また三島の愛読者であっても、後期の動きや心情を理解するのは難しかったのではないだろうか。実際、この映画では切腹を様式美として扱う能舞台の演出を採用しています。今の目で見ると、芸術の表現として一定の評価が出来ますが、当時であれば、噴飯物だったことでしょう。  しかもこの映画ではサイレント、つまり台詞を一切排して、切腹という人間の死に様のみに焦点を当てて、30分弱を描いている。その描写は直接的で、腸が飛び散る様子や血飛沫が飛び散る様子が克明に映し出される。なかなか死ねない様子は無様と映るが、反面とてもリアルでもある。カッコよくない切腹、痛そうな切腹を見せた意図は何だったのだろう。フォーク歌手である遠藤賢司はのちに『カレーライス』を作り、そのなかで三島のことに言及するが、彼も「痛そう」と彼の切腹を評している。
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 しかもこれは死を以て、国への忠誠を示そうという皇軍青年将校の命懸けの行動であるため、介添えはなく、ただ若き妻がそばに寄り添っているのみである。映画では互いに死を期した二人の最後の交わりの後に、共に自決する姿を描く。生への思いと死への決意が30分で見事に表現されている。  台詞は無い代わりに、音楽が愛欲と国への忠誠心との間でがんじがらめになって揺れ動く感情の起伏を見事に表現する。使用されているのはワーグナーの代表作品『トリスタンとイゾルテ』の『愛と死』で、これは意図的で、しかも効果的でした。ワーグナーをわざわざ使ったのはナチスを意識してのことなのでしょうが、改めて思うのは軍国主義、そして激しい愛欲の情とワーグナーとの相性の良さである。これからもこういった素材に使われるのでしょうが、そろそろワーグナー音楽にも正当な評価を与えて欲しい。
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 このような特異な映画を製作するのは大変な苦労があったようで、永田雅一社長に感づかれる前に、大映で一気に撮り切ったそうです。当時から高評価を得ていたにも関わらず、この映画は40年以上の間、ずっと封印され続けました。  その理由は遺族が商品化を拒んできたからだと言われてきましたが突如、DVD化されました。それまでのマニアのように、海外版のボロボロのビデオを買わなくても良くなったので、ファンには好評だと思います。ついでに『MISHIMA』も海外版ボロボロビデオが高価でヤフオクに出ている現状ですので、一日も早く発売して欲しい。
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 出演者は武山信二中尉を演じた三島由紀夫と彼の妻を演じた鶴岡淑子の二人のみで、他には誰も登場しません。この二人のみでエロチックな最後の交わり、つまり「生」のシーンとその次にくる「死」のシーン、つまり切腹及び後追い自決へと移っていく。  三島の遺族にしたら、後年にこの映画でなされたように、実際に市谷駐屯地で切腹して果てる故人の再現シーンを見るようで、見るに絶えないものであったであろうことは想像に難くない。そのために、この映画は長い間、封印されたのかもしれません。それを非難する権利は誰にも無い。  ただ、生前に三島由紀夫自身はこの映画を以って、自身の全集の最後に添えるようにとの言葉を残していたそうなので、死後数十年を経た今となって、ついに見ることが出来るようになったのも僥倖といえるのかもしれません。  映画の最後で、死した二人が石庭で寄り添いあうように穏やかに黄泉の国へ向かう場面で、この石庭はまるで二人の死が世の中に波紋を起こすようにという意図を持って描かれているように見える。人間の死を美しく描きすぎているようにも見え、死の臭いを40年以上経った今でも嗅ぎ取れる作品でもあります。  三島の目が軍帽に隠れてしまっているシーンが多く、ほとんど覗うことは出来ませんが、彼の目には死を覚悟した者の強さが確かにある。また映画に必要な美的感覚を彼が持っていることも驚きで、影と光の使い方やクロースアップの多用を見るにつけ、美しい言葉のスペシャリストである彼が映画の本質、つまり言葉でなく映像で心情を語る術を熟知しているのに圧倒されます。  凡庸な映画監督には決して出せない美しさを感知する能力が確かにあります。初期ATG作品としても代表的な一本ではないでしょうか。 総合評価 85点
憂國 [DVD]
東宝
2006-04-28

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