良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ザ・シャウト/さまよえる幻響』(1978)最先端だったドルビー・システムを取り入れた実験作。

 今月末から、大阪九条シネ・ヌーヴォで集中上映されるイエジー・スコリモフスキー特集に合わせて、過去作品の復習をしておこうと『早春』『出発』『アンナと過ごした四日間』『シャウト』『エッセンシャル・キリング』を見ています。  とりわけ『ザ・シャウト』はいち早く、当時は最新だったドルビー・システムを音響に取り入れたことで知られているので楽しみにしています。
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 ただ家庭用システムも進化していて、自宅でも5.1チャンネルのサラウンド・システムを入れている人も多いので、何が違うのかはいまいち解らないでしょう。  当たり前になりすぎている音響システムなのでピンとこないのが正直な感想ではありますが、昔の田舎の映画館環境は今とは違い、それはそれは酷かった。  音響だけではなく、破れかけた椅子にガムテープで補強してあったり、クッションが悪く、ギシギシしてお尻が痛くなったり、トイレのプーンとした匂いが漂っていました。
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 また今では当たり前の禁煙という概念もなく、上映中もプカプカと煙草をふかし続けるオッサン、クーラー目当てで昼寝しに来るオッサンがいたりして今よりも酷い時代でした。  音響に関心があるのはオーディオ・マニアくらいでほとんど大多数の観客は音割れや聴こえ難いオンボロのスピーカーの音でも別に文句を言うこともありませんでした。
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 そんな時代に最先端の音響システムであるドルビー・システムだと宣伝したとしても、肝心な劇場の音響システムがモノラルだったり、ボロボロだったのならば、ほとんど意味を成さなかったのではないか。  そのために今回は一度5.1チャンネルのステレオ音声で通して見た後に、わざわざモノラル音響を選択して、音響が効果的に使われていそうな、つまりクライマックスの叫びの場面を再生していきました。
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 サケビと聞くとインディーズ系音楽が好きだったぼくはハードコアの第一人者のGISMを思い出します。1980年代、スターリンじゃがたらが頑張っていた頃にGISMGAUZE、EXECUTE、G-ZETという当時のハードコア・バンドの代表曲を一枚のアルバムにまとめたコンピレーションが徳間ジャパンから発売されて、 買いに行きました。  今ではCDも発売されていますが、まだ自宅に当時購入したレコードが残っています。それはさておき、映画の内容はイエジー・スコリモフスキーには珍しいオカルト・チックな作品で、彼だと知らなくとも、エンタメとしても楽しめます。
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 などとは間違っても言えないなんともけだるい作品で、入門としてこれを選ぶとパラジャーノフ並みの訳の分からなさに呆然としてしまうでしょう。  精神病院が主催するクリケット大会会場でのアラン・ベイツとスタッフとの会話が回想に繋がっていく。アランは原始的な魔術を身に付けたとうそぶき、自分が叫べば、人間を殺せるのだと豪語する。その回想には一組の若いカップルが登場する。
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 ジョン・ハートは日常生活での様々な音を録音し、前衛芸術に繋げようとしているようですが、教会専属のオルガン弾きのような存在です。ドルビー・システムを試すかのように音を使って遊んでいる姿が思い浮かびます。  画面向かって左奥から右手前にバイクが走り抜けたり、手前から奥に向かって進んでいく様子を音メインで画面構成をしています。全編で音響が実験的に使用されていて、とても興味深い。テレビではなかなか分かりづらいかもしれませんので、実際にシネ・ヌーヴォまで観に行きましょう。
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 ドラマチックに音響を使うことにも心を砕いていたスコリモフスキーはクライマックスとなる叫びで人を殺していくシークエンスで劇中で最大音量を持ってきます。  ヒロインのスザンナ・ヨークは仲良かったのだが、アランの魔術に掛かり、夫役の前衛音楽家ジョン・ハートの目の前でアラン・ベイツと浮気したりする。恨みに思ったジョンは彼の魔術を封印するために魔力の源の石を四つに砕いてアランの力を減退させる。
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 時間軸をずらせたり、風変わりなシーンの繋ぎを頻発させるので、より分かりづらくなってしまっているのが残念なところですが、もともと変わり者で、商業向きではないスコリモフスキーですので、これはこれで良いのかもしれません。  一般向けとは言い難い作品ではありますが、その個性が評価されたためか、ヨーロッパでは高く評価されて、映画賞なども受賞しています。
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 残念ながら、わが国では公開されず、ビデオでの発売のみでしたが、今回の特集上映ではラインアップに入っています。ドルビー・システムを音響に取り入れた先見性を大いに評価すべきでしょう。  物語としては分かりにくいのと繋ぎが雑なのが難点ではありますが、クライマックス・シークエンスや物語構造自体は興味深いので、映画マニアとしては見ておきたい。
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 引っ張るだけ引っ張って、最後に持ってきた叫びシーンを楽しめるかどうか、能力の片鱗を見せるかのように叫びで羊をバタバタ倒す様子(吉本のボケに対するコケみたい。)に大笑いしてしまうかどうかで興味が持続できるかが決まる。  さいわいレンタル屋さんでもDVDを取り入れているところもありますので、お取り寄せをすれば、わざわざ購入せずとも楽しめるでしょう。 総合評価 58点