『パトリオット・デイ』(2017)テロリストとどう向き合うのか。
アメリカらしい直球なタイトルにはむしろ羨ましさがあります。日本だったら、英雄の日や英霊の日でしょうか。タイトルからは戦勝国らしい傲慢さが漂いますが、中身はしっかりした作品です。
ルールを決める主導権は自分達にあり、自分達にとって都合が悪いものは悪と決めつけ、正義を体現しているのは自分達だと信じて疑わないのは戦勝国の特権ではありますが、いつまで言ってやがるという怒りもあります。
警察権力も自分たちとは違う価値観を本音では認めないが、宗教団体との直接な抗争は避けたがる。そもそも日本では国連と訳される「UNITED NATION」は他国では連合国軍を意味するわけですから、日本はただ搾取されるだけで、あの組織はそもそも味方ではない。
この状況を変えるのは第三次世界大戦が起こり、戦勝国側に立つまで続くでしょう。しかしまあ、なぜこんなに我が国の周りは中共と北朝鮮の独裁政権、プーチンの独裁ロシア、常に日本に敵対するあの国と敵性国家ばかりなのだろうか。
それはそれとして、今回の上映では観客が10人程度と寂しい限りではありましたが、内容はシリアスで見ごたえのある力作でした。
訳が分からないよろめき不倫ドラマの映画化よりも断然見応え十分でしっかりと脚本が練られた作品に光が当たらない状況は不思議ではあります。
イスラムだから悪いという安易な態度ではなく、実際の現場にいた警察官や捜査官、州知事などの政治家たちが市民を守るため、そして生活を平和な状態に戻すため、幼い少年や何の関係もないマラソンランナーたちを爆死させ、真面目な警官たちに平気な顔をして爆弾を投げつけ命を奪い去ろうとするテロリストを捕らえるためにどう動いたのかをドキュメンタリー・タッチで描いた秀作です。
今から4年前のボストン・マラソン大会で実際に起こってしまったイスラム過激派のテロによる卑劣な爆破事件を題材に取っています。
1970年代だったら、シドニー・ルメットやドン・シーゲルあたりが監督したら、良い出来になっていただろうなあと思わせてくれるような仕上がりです。前半40分近くまで場面転換しながら、『グランドホテル』のような群像劇に仕立てていきます。
まだ時間の経過が不十分と思えますが、これが国民への印象操作だとすると近いうちにイスラム国殲滅作戦か北朝鮮攻撃があるのだろうか。
映画では開巻後30分以上を過ぎるころに起きるマラソン当日の爆破シーンまで繋げてくるサスペンスの演出は巧みで、これ以上先延ばしにすると観客がダレてくるでしょう。
しかし爆発とともにすべてが動き出し、普通の人間であれば、人生で見たくはないもの、たとえば飛び散った肉片や子供の死骸などが次々に出てきます。
現場映像を集積し、ひとつひとつ犯人の足跡を防犯カメラ映像でたどりながら、顔認証やメール送付などでデータを得ながら犯人を炙り出す。一般市民のデータまで取り放題なのはやめて欲しいが、凶悪犯罪を解決するためならば、ある程度のルールを設けた上でのデータ取得は仕方ないのではないか。
逃亡中に引き起こされる凶悪犯による警官殺しを挟み、観客すべてはイスラム憎しの感情を叩きこまれていく。そして後半の山場となる警官隊と爆弾を持つ犯人たちとの凄まじい銃撃戦も緊迫感があります。
実際にこんな感じだったのだろうと思うと、近隣住民もさぞ恐怖の一週間を過ごしたことでしょう。アメリカらしく、知事や警察署長が“オラが町”を愛するが故の感情剥き出しの発言がむしろ心強い。
事務的に応対されるだけではいくら正しくとも感情を揺さぶられることはないので、出して良い時は我々も感情を高ぶらせても良いのではないか。
演者ではまずはマーク・ウォールバーグが熱演した主役トミーの印象が強い。使命感で何とか精神を持たせているギリギリの現場警官の強い意志を感じます。ジョン・グッドマンが演じた警視総監とケヴィン・ベーコンが演じたFBI捜査官がマークを支えていて、演技に深みを与えています。
マーク・ウォールバーグが作品を引っ張っていますが、でしゃばっているわけではなく、彼の存在感にただただ圧倒されてしまいます。ドキュメンタリー・タッチと書きましたが、最後には実際の関係者が登場し、事件を振り返り、未来志向までを語ってくれています。
皆が大いに傷つき、犠牲者を出した事件ではありますが、彼らが語る言葉はとても重く力強い。事件については捜査側に視点が置かれているため、犯人たちのバックグラウンドとなった生い立ちや思想背景、経済的な事情などは語られない。
なぜそういう発想になってしまうのか、どうすればテロ準備をする前に防げるのかという視点も考えなければならないのかもしれない。
海外から入国して来ようとするテロリストはまだ入国審査などで引っかかる可能性もありますが、日和見菌のように突然動き出す輩には何の対応もできない。
実際に大がかりな事件が起こってしまった場合、それにどう迅速に対応して、追加被害をもたらさないという対応策が必要になるので、警察力の強化と権限の強化、そして責任所在の明確化はオリンピックを控えた現状では喫緊の課題と言えるかもしれない。
対テロ法案に反対する政党は無責任極まりなく、準備していても起こる時は起こるのに何も用意をしていないというのではお話にならない。
なおこの映画にもムダに中国人が出てきますし、各国で報道される様子にも新華社かどこだか分かりませんが、中国語で語られる映像が出てきます。
ウイグルなどあちらこちらで人権を弾圧している中共がどの面下げてニュースを伝えたのだろうか。流し方によってはテロを力付けるニュースになるのを理解しているのだろうか。
いろいろ考えてしまう作品です。エンタメを楽しむという雰囲気ではないので、くれぐれもポップコーンなどは持ち込まず、スクリーンに集中して、人権や宗教、貧困や差別についても思いを馳せるべき作品ではないか。
年に何回かは観るべき真面目な一本です。こういうのはもっと観られて欲しいですし、家庭で話し合うべき重いテーマです。楽しくはならないでしょうが、後味を引く体験を特に若い観客層にはしてほしい。観客としての幅を広げるきっかけになると思いますよ。
それと嬉しいのはケヴィン・ベーコンの重みです。ぼくらが中学生だったころに青春映画スターとして君臨していた彼がまさかこのように深みのある脇役俳優で復活してくるとは思いもよりませんでした。
総合評価 88点