良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『終わった人』(2018)定年は生前葬だ!お前はすでに死んでいる?

 映画館の予告編で気になっていた『終わった人』を観に来たところ、周りはジイサンばかり、まさに“終わった人”がたくさんスクリーンを囲んでいました。奥さんと一緒に来ていると思われるジイサンであふれかえっています。  こういう環境は丹波哲郎の『大霊界 死んだらどうなる?』以来です。結構座席は埋まっていき、七割程度に増えてきた枯れたジイサンたちが上映を待っています。  これから始まる作品はオヤジたちにはキツイ内容であることを原作を読んで知っているぼくは終わってから気まずい思いをしながら帰宅するだろうジイサンを見ながら、想像していました。  結婚とは結局は金と世間体だけで同居しているに過ぎず、絆などという綺麗事では世の中は回っていませんということを笑いを交えてビシッと伝えるのがこの作品の原作です。
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 男は定年後に何もせずに家でずっとのんびりしていると奥さんに嫌がられる。会社での人間関係や仕事は定年という強制排除システムにより一旦居場所を失うとどこにも居場所が無くなってしまう。  現役時代から近所の会合、カルチャースクール、スポーツジムなどに顔を出していないと道を歩いていても誰からも挨拶されないし、誰にも話しかけられない状態になります。  現役時代を多忙に過ごし、地位を追い求めた人ほど人間としては歪んでいます。過去にしがみつき、オレは偉かったと叫んでも、現在価値で見ると態度がデカく、居場所もないただの老人です。  原作と映画の違いで気になったのは桜と鮭の扱いで、ビジュアル的には桜を持ってきた方が画になるのは明らかでしょうが、プライドと野望から社長に就任するも倒産させ、資産も家族も失った舘ひろしはボロボロになって東京から盛岡に帰って行く。彼を待つ岩手山は澄んだ空気と雪が残る美しい顔を見せています。
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 中津川に戻ってくる鮭も綺麗な上流に向かって、ボロボロになりながら産卵の時期を迎える。両者はシンクロしてきます。桜の描写としては「散る桜 残る桜も 散る桜」という良寛の辞世の句が何度も繰り返し語られます。  桜の散る様子を捕らえた方が見栄えが良いのは分かりますが、映画にはなっていない。散り際ということでは桜でも良いでしょうが、帰巣の方が強いのではないか。見ていて中途半端に感じました。  また退職後、初日から“終わった人、1日目”とかテロップが流れるが、1日目から暇を持て余すほど何もやることがない人などいない。職安に行かねばいけませんし、様々な手続きもあります。  さらにこの“終わった人、◯日目”というのは最初の三日間しか出ない。中途半端なのです。作品自体は定年後すぐのオジサン向けのガイドブックのようなこれからのリアルな日常と定年後に直面する諸問題を面白く提起しており、楽しめます。
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 映画を観たあとに原作を読めば、より深く作品を理解できます。以下に記載しているのは印象に残っている小説からの引用と要約です。十分に作品のエッセンスが伝わると思います。読むのが苦手でない方は小説を読んだ方がしっくりと来るでしょう。 「思い出と戦っても勝てない」 「定年は生前葬だ」 「生きている限りは「生」であり、余りの生ではない」 「かけがいのない人とは『友達として見ている人』のことだからね。『男として見ている人』は簡単に代わりが出てきたりする」
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「サラリーマンは、人生のカードを他人に握られる。配属先も他人が決め、出世するのもしないのも、他人が決める。」 「企業というところは、人をさんざん頑張らせ、さんざん持ち上げ、年を取ると地に叩きつける。」 「定年が六十五歳であるのも実に絶妙なタイミングなのだ。定年という生前葬にはベストの年齢だ。あと15年もやり過ごせば、本当の葬儀だ。」 「男にとって会社勤めと結婚は同じだ。会社で結果を出さないと意味がないとされ、追いやられる。家庭では年を取ると邪魔にされ、追いやられる。同じだ。」 「勝負とは「今」と戦うことだ」 「会社は社員を突然『終わった人』にしない。上層部にいて、子会社に出向して、その後移籍して、少しずつ『終わった人』への下降が始まり、普通はそれで軟着陸する。」 「何にでも終わりはある。早いか遅いかと、終わり方の良し悪しだけだ。いずれ命も終わる。そうなれば、良いも悪いもない。」
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 けっこうズバッと刺さってくる言葉が多いので驚かされました。作者は大相撲でお馴染みの内館牧子さんです。 彼女の作品で読んだのはこの小説だけですが、また他のも読んでみたい。  出演は舘ひろし黒木瞳広末涼子今井翼ベンガル清水ミチコ温水洋一高畑淳子、渡辺哲、田口トモロヲ、そして笹野高史らです。田口といえば今は俳優のイメージでしょうが、僕ら世代にはパンクバンドのばちかぶりのボーカリストの残像が今でも消えません。『ONLY YOU』『未青年』は好きでした。  今回、笑わせてくれたのは笹野高史でなんとカツラをつけての演技で、かなり違和感がありましたが、お互いの秘密を語るうちに彼の秘密が宴会で自主的にカミングアウトされる。  安っぽい演出を付けられてしまっている部分があり、そこは残念ですが、先日見た『万引き家族』もこの作品も金の切れ目は何とやらを地で行く作品でした。底辺で蠢く層と富裕層から転落する一家という違いはありますが、どちらも根は同じ気がします。  映画ではあまり暗くならないように原作とはエンディングが変更されています。原作では別居妻の黒木が盛岡に行くのは挨拶のためだけですが、映画では舘の白髪を染めるために二か月に一回は自主的に訪れることに落ち着いている。苦すぎるのを回避したのでしょうが、山椒がピリリとこない感じは残念です。 総合評価 72点
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