良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『2001年 宇宙の旅』(1968)50周年記念デジタル版が上映されました!

 何故か突然、近所の映画館でIMAXの字幕版として、めったにやらない旧作、しかもスタンリー・キューブリック監督の不朽の名作『2001年宇宙の旅』が上映されています。  おそらくは1968年の初公開後、50周年となる今年に合わせて企画されたのでしょうが、キューブリックのマニアとしては素直にうれしく、この勢いで『シャイニング』『時計仕掛けのオレンジ』『バリー・リンドン』などもついでに企画上映で映画館に掛けて欲しい。  優雅なクラシック音楽と無機質な宇宙空間のアンバランスな異化効果が不気味で不安な感情を喚起する本作に関しては哲学的だったり、ラストの意味が分かりにくいなど色々と議論されてきましたが、単純に映像と音楽がお互いに影響し合う独特の趣を楽しめば、十分に観に行く価値があります。  175分という上映時間からすると、今回は一般的な148分バージョンではなく、17分間の削除や短縮などをされていない試写会バージョンを期待していました。しかしながら、今回の記念上映版も一般的なバージョンでした。
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 第一幕『人類の夜明け』、続く第二幕『木星探査計画』の上映後に休憩が15分間入り、第三幕『木星、無限の彼方』の後、エンドロールが入り、“THE END”の後にも『美しく青きドナウ』が5分以上演奏されるので、そこまで含めての175分間のようです。ちょっとがっかりしましたが、劇場の大画面で最新音響システムでこれを見られるだけで良しとします。  ではオリジナルにはどんなシーンがあったかと言うと、思い出す限りで書いていきます。試写会バージョンで増えているのは以下のシーンの拡張や追加です。 ①「人類の夜明け」シークエンスでの猿人たちがモノリスに触れる下りの短縮 ②オリオンⅢ号の宇宙ステーションへのドッキング過程の短縮 ③ディスカバリー号の遠心機内での運動シーンの短縮
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④フランク・プールがディスカバリー号を離れるシーンと彼の息遣いシーンの短縮 ⑤HALがフランク・プールの無線を不通にするシーン ⑥冒頭でお話していた博士が娘の誕生日プレゼントとしてせがまれていたものをデパート(ハロッズ)まで行って、ブッシュベビーを買うシーン ⑦月のクラヴィウス基地の数家族が登場するシーン  以上が試写会バージョンでは存在していたものの一般公開された時には削除されてしまっています。いわゆるディレクターズ・カットというヤツのようで、当時の試写会のエンディングでまだ終わっていないのに席を立つ者が存在することを看過できないMGMとキューブリック側があえて17分間ものシーンを泣く泣く編集し直したようです。
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 キューブリック・マニアからすれば、3時間を超過しても、大して気にはならないが、一般的なファンには苦痛なのかもしれません。デジタル修復されているIMAX版を観ていますが、劇場でスケールの大きさに触れた方がより味わえるタイプの作品ですので、マニアとしては駆け付けざるを得ません。  これまでアナログ時代のテレビ放送、BS、WOWWOWやCSなどのデジタル放送、レンタルビデオやDVDでも見ましたし、何やかんやでDVDも購入しました。いったい何回見ているのだろうか。その度に解った気になったり、理解不能で跳ね返されたりと難しい作品です。  一方でストーリー展開はかなりシンプルに思えるときもある。こういう類の映画に関してはみんながどうのこうの言っていることに惑わされずに素直に作品を見て、各々が感想を持てばいい。それが皮肉屋キューブリックの望みなのでしょう。  実際、第二幕の終了後に15分間の休憩を取り、観客が今まで見たものを整理する時間があり、スタッフロールが流れ、最後に“THE END”が出てから会場に明かりが灯った後も5分以上、延々と『美しく青きドナウ』が流され続ける。これはキューブリックが我々観客に対して、これまで見たものについてゆっくりと考えてもらいたいというメッセージでしょう。
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 開演前に戻ります。いよいよ館内が暗転すると不気味な現代音楽“ATOMOSPHERE”が掛かり、観客の不安を煽っていきます。数分後、MGMのロゴが表示されるが、普段とは違い、ライオンは鳴きません。圧倒的かつ機能的な映像表現に眼が行きがちですが、音楽の貢献も多大なインパクトを与えています。 上映前の『前奏曲』および休憩時の『間奏曲』にはジェルジ・リゲティの『アトモスフェール』が使用されていて、この曲が観客に与える漠然とした不安感は出色の出来です。  一般的にはリヒャルト・シュトラウス交響詩ツァラトゥストラはかく語りき』とヨハン・シュトラウス2世の円舞曲『美しく青きドナウ』がこの作品の音楽としては有名でしょう。この二曲に関しては『美しく青きドナウ』は完璧にハマっているように思えますが、『ツァラトゥストラはかく語りき』は下世話に感じてしまいます。  ニーチェの超人思想の象徴であるツァラトゥストラを最初にモノリスに触れるボス猿や月基地で見つけた調査員らに重ねるには無理があるように思えますが、ぼくの解釈が間違っているのかもしれません。  キューブリックによって、勝手に無断でボツにされてしまったアレックス・ノースのオリジナル・サウンドトラックが存在していて、数曲聴いてみましたが、メイン・テーマに関してはボツになったアレックス・ノース版の方が好みでした。ただ『美しく青きドナウ』についてはこちらが正解なように思います。
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 猿人たちがモノリスに遭遇する場面で掛かる前述のリゲティの『ソプラノ、メゾ・ソプラノ、2つの混声合唱管弦楽のためのレクイエム』や同じく彼の手による『ルクス・エテルナ(永遠の光を)』も印象的です。  そして個人的にはディスカバリー号木星に向かう途上でのアラム・ハチャトゥリアンの『ガヤネー』(ガイーヌ)から「アダージョ」がもっとも魅力的に感じます。昔、加入していたCSのシネフィル・イマジカで映画を紹介する説明テロップが流れている際にこの曲がよく掛かっていました。  何度も登場する惑星直列のモチーフが表すのは人類の知能レベルが爆発的に上がった瞬間で、モノリスに触れることで示される。最初は猿人として、地面しか活動の場が無かった人類が有名な300万年フラッシュフォワードを経て、地球と月を活動の場にしていくと、この2つは日常となり、次なる進化の場として、木星が用意される。  つまり、猿人を笑う現代人も異星人からすれば、大して変わりはないということでしょう。リスクを取り、相手よりも強力な武器を持った者が勝利するが、いずれ追いつかれ、力の均衡をもたらす。
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 更に優位に立つための一環が最新コンピュータの導入であり、HALは新たなる獣の骨なのかもしれない。ディスカバリー号の形、核ミサイル衛星もどこか猿人が使用した獣の骨を連想させる。  肝心な木星探査の晴れ舞台で故障してしまうHALはもっと活躍していたように思っていましたが、呆気なくボーマンに再侵入を許してしまうし、自分がコントロールできるはずの船内を自由に動き回られて、回路を止められてしまう。HALの文字を一字ずつずらすとIBMになります。  コンピュータを化け物扱いする今作に対してはIBMは不満を持っていたようですが、パンナムのように協力を惜しまなかった会社もあります。もっともパンナムはもう存在しませんし、2001年もすでに17年を超えています。いまだにぼくらは宇宙旅行もできていませんし、宇宙人にも遭っていません。死ぬまでに行ってみたい気もしますが、多分無理でしょう。  テーマの深さでいうと、今作品でキューブリックが提示する神様というのは人類などは足元にも及ばない、最先端の科学と技術を持ち、人類にモノリスを見つけさせて、「ここまでおいで!」と子供を可愛がるやさしい親のような存在なのでしょうか。
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 最後に出てくる年老いたボーマンと生まれ変わったようなスターチャイルドが暗示するのは新しい段階に入った人類の姿と方向性なのでしょうか。  見るたびに新たな疑問が湧いてくる不思議な作品です。極端なまでにそぎ落とされたセリフの少なさと感情の起伏の乏しさに面食らう人もいるでしょうが、何でも説明してくれるような最近の作品ばかり見ていると洞察力も失われてくるでしょう。  この映画で最も人間らしいのは赤い眼の人工知能HAL9000でしょう。人類が彼の能力を疑い出すと後先も考えずに皆殺しにしてしまう機械はとても危なっかしく、恐怖を感じますが、彼を一人の頭脳を持つ仮想生命体と考えれば、嫉妬の感情や周りを気にする思春期の少年のような対応は理解できます。  淡々と語られる映画ですが、色々と考えさせてくれる作品でもあり、見た後は脳を刺激してくれるのは間違いない。公開後、50周年を迎える今年になっても、決して色褪せていません。  この作品の後に企画されたすべてのSF映画には確実にこの映画の遺伝子が組み入れられています。誰にも否定しようがない。静かな宇宙空間というイメージはスターウォーズ以降は覆り、うるさくなってしまいましたが、たぶんドラマチックに作ろうとすれば、やむを得ないのでしょう。
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 総合評価 95点