『ホルスの大冒険』(1968)高畑勲&宮崎駿コンビの革新的な作品だが、子供には理解されずに当時は不入りだったそうです。
高畑勲、宮崎駿、大塚康生、そして今話題の人になっている奥山玲子(広瀬すずちゃん主演のNHKの朝ドラ『なっちゃん』のモデル)らのクレジットを見るだけで楽しめる作品です。
声優陣にも伝説的な人が多く、大方斐紗子、堀絢子(個人的にはプリンプリン物語での火星人役が懐かしい)、小原乃梨子(のび太くんですね)らが参加し、女優陣から市原悦子、俳優陣から平幹二朗、東野英治郎を迎えるというその後のジブリ方式のひな型を見るような楽しさがあります。
作画にも昭和世代の僕らが見ると、『未来少年コナン』『アルプスの少女ハイジ』の原型のようなアイデアがすでに出てきているのが確認できます。ホルスの服装や大海原に帆船で出て行くシーンなどはもろにコナンですし、マウニという少女のキャラクター・デザインはどう見てもハイジそのものです。
ヒロインのヒルダの声優を務めたのは市原悦子でしたが、当時から彼女の演技力を認めていたのでしょうか。『ヒルダの唄』の歌唱シーンは吹き替えで増田睦美が歌っています。彼女の歌で勤勉な村人たちが労働意欲を失ってしまう描写はローレライのようですし、ホルスが伝説の剣を引き抜き、英雄となることを暗示されるシーンはアーサー王伝説からインスパイアされたものでしょう。
舞台設定などは北欧やアイヌの雰囲気を醸し出していますが、どうも共産主義思想的なというか、セルゲイ・エイゼンシュテインの『全線』を思い出すモンタージュ的な手法を見るようでもあります。
劇場用映画らしく、原画の動きがダイナミックで(枚数が多いのでしょう)、制作期間の短さをカバーするための妥協の産物で動かないカットが多かった黎明期のテレビアニメとは一線を画す予算と製作期間を設けられていたようです。
巨人モーグと氷のマンモスとの戦い、グルンワルドとの戦い、大カマスや狼の群れとの死闘、集落に襲い掛かるネズミの大群など見どころは多いのだが、いかんせん舞台が寒い地域の話であることで色調が暗く、全編が寒々しく、裏切りが多い展開が大半を占めるためか、子供が見ていて楽しいだろうとは思えない。
大人向けアニメというジャンルはまだなく、マンガは子供が見るモノだという偏見が覆い尽くしていた時代ですので、配給側も売り方が難しかったであろうことは想像に難くない。
モーグに突き刺さっていた太陽の剣を抜き取ったホルスはモーグに彼がのちに英雄である太陽の王子となることを予言される。狼の群れに一人で飛び込み、村人を苦しめていた大カマスを一人で退治し、一躍英雄となるも、悪だくみにより、いったんは追放される。
悪の権化、グルンワルドの妹でホルスに近づく美少女ヒルダの罠に嵌り、黄泉の世界に陥れられていくホルスは迷いの世界で苦しめられるが、自ら何が大切なのかを苦しみの中で悟り、迷いの世界から脱出する。この時のイメージカットがまさにエイゼンシュテイン的です。
物語の展開としては英雄の暗示、宿命の敵との邂逅と敵の妹が英雄に惹かれる叶わぬ恋、味方の裏切りと和解、皆と協力しての悪魔退治など現在のアニメを見慣れた目で見れば、分かりやすいものではあります。ただし繰り返しますが、これが公開されたのは1968年です。
この時代はビートルズがまだ現役で『ヘイ・ジュード』を歌い、モンタレー・ポップ・フェスティバルでジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスが喝采を浴び、のちのウッド・ストックに繋がっていきます。若者が何でもできると信じていた時代で、すぐに幻想にすぎないと叩きのめされ、現実の厳しさを知ることになります。
フランスではゴダール監督が政治の時代に入り、前年に『中国女』を発表し、毛沢東思想のプロパガンダを真に受けてどっぷりはまり込み、文化大革命の名のもとに血で血を洗う抗争を知らずに政治にかぶれていたころです。
日本でも進歩的(?)知識人がガチガチの左翼思想で、今よりもさらに現実から目を逸らしたお花畑思想に凝り固まり、共産主義を理想に掲げていた時代です。作り手側にもそういう青臭さがそこかしこに出てしまっています。それでも普遍的なものを作り出そうという意気込みが存分に伝わってきます。
興行的には失敗と言われていますが、他と比べてそれほど差はなかったとの証言もあるようです。ただし興行としてよりも、製作費と製作期間の誤算の方が東映の逆鱗に触れたのであろうと推察します。なんにせよ、日本アニメ映画史に残る素晴らしい作品であることは疑いない。
僕もなんだかんだ言いながら、ビデオ時代、DVD時代、CS放送などで何度も見てきている作品ですので10回程度は目にしています。
総合評価 78点
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