良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『真実』(2019)是枝監督が『万引き家族』後に撮ったのはカトリーヌ・ドヌーヴ主演のフランス映画だった。

 映画を見終ると、通常はエンドロールが流れる最中に「いま見たのはどんな映画だったのだろう?」という自問自答の時間があります。じつはこの時間が一番楽しいひと時でもあります。  観終った後になぜか急にオフコースが聴きたくなり、ベスト盤のLPレコードを引っ張り出してきて、『眠れぬ夜』『さよなら』『言葉にできない』『秋の気配』『愛を止めないで』『時に愛は』『Yes-No』『YES-YES-YES』などを聴いていました。  『I LOVE YOU』を聴いていて気付いたのですが、この曲の途中で英語でジョン・レノンマーク・チャップマンに殺害されたとのニュースが流れてきます。ラブソングだと思っていたら、ジョンに捧げる歌だったんですね。  そのあとに再度、映画館で観てきた映画を振り返りました。なぜこうなったかと言うとこの映画がなんとも捉えどころがない作品だったからです。例えて言うと「藪の中」状態になってしまっていて、誰が事実を語っているのかが不明なのです。 verte001.jpg  タイトル『真実』の通り、各人にとっての記憶、主観、真実はあるのですが、本当のところはどうだったのだろうという事実が見えてこない。じっさい、この感覚は正しくて、見る人の立場や年齢、思い込みによって、真実は変わってしまうものです。  劇中でも、何度かあいまいな概念であることが告げられますが、どうもしっくりこないところもあるし、50年近くも生きてくれば、思い違いや記憶違いは日常茶飯事なので納得できる部分もある。そのため、改めて物語を整理していくところから始めていきました。  主な登場人物はカトリーヌ・ドヌーヴ(わがままな大女優でジュリエットの母親。そのままやん!)、ジュリエット・ビノシュ(大女優の悩み多き娘で脚本家)、イーサン・ホーク(ジュリエットの夫。アル中の売れないテレビ俳優)、リュディヴィーヌ・サニエ(中堅女優)、クレマンチヌ・グレニエ(娘の娘。つまりカトリーヌの孫役。かなり上手い!)、マノン・クラヴェル(サラおばさんと比較される若手女優)、アラン・リボル(執事兼マネージャー)、クリスチャン・クラーエ(今の夫)、ロジェ・ファン・ホール(ピエール。前の夫兼陸ガメ)と数は少ない。  物語の筋は大女優カトリーヌが自伝『真実』を出版し、そのお祝いのためにジュリエットら娘たち親子がお城のようなかつての自宅に泊まりに来るところから始まります。オープニングではパリの空から覗き見するように樹木に囲まれて、静まり返っている邸宅の様子を写して、陸亀と孫娘クレマンチヌが楽しそうに遊ぶシーンが出てきます。大都会パリにもそういう場所があるという浮世離れした女優が魔女のように暮らす別世界を描くにはちょうどいい。 verte003.jpg  到着後、彼女の自伝の"真実"について、ジュリエットは母親カトリーヌが嘘で固めた自伝を書いたことを詰問し始める。ジュリエットを世話していたのはおばさんであるサラであって、けっして母親ではなかったこと、母のせいで叔母は自殺したと責める。  長年彼女のわがままに振り回されながら、献身的に尽くしてきた執事アランも自分の仕事について何一つ感謝をしていないカトリーヌについて行けないと悟り、辞表を提出する。  そんな折、母親にはサラの再来と評判のマノンが主演するSF映画『母の記憶に』への出演依頼が舞い込む。当初はマノンを見下し、サラには到底及ばない出来でしかないと馬鹿にしていたが、彼女の真摯な取り組み姿勢に接して、徐々に態度を変えていく。  この劇中劇『母の記憶に』は作品のスパイスになっていて、年齢を重ねて行く娘と病気治療で宇宙空間で暮らすために年を取らない母親との不思議な家族関係のもつれと母親と娘の葛藤がリンクして行くようです。 verte005.jpg  カトリーヌとジュリエット、マノンらとのやり取りばかりが続くと疲れてしまうところに孫娘役のクレマンチヌが入ってくることで、家族ドラマになんとか引き戻していく。マノンの撮影現場を見ることで、女優のDNAを持つクレマンチヌにも女優志向が芽生え、フランスの子役には自分はハリウッドで活動していると嘘をついたり、父親には撮影現場に連れて行けとせがんだり、お婆ちゃんには自分も女優になれるか尋ねたりしている様子が可愛らしい。  脚本では陸亀ピエールの扱いに手こずったようで、最初は魔女(大女優カトリーヌ)の魔法で嫌いな人間を変身させた陸亀ピエールが登場していたのを前の旦那ピエール(こっちは人間ロジェ)が出てくると陸亀はいなくなり、前夫ピエールが邸宅を後にするとまた陸亀ピエールが邸宅に顔を出す。  ここでわざわざセリフで入れ替わったような表現を使ってしまうのがなんとも野暮で、そんなことは言わせずに普通に陸亀と楽しく遊ぶクレマンチヌの様子を出すだけで映画になっていたのにと思うと残念でした。  映画製作現場と女優の生き方という視点は昔からあるスター内幕物なので、特段の新鮮味があるわけではないが、演じる女優がカトリーヌ・ドヌーヴとなると話は別で、半世紀以上も次々にスターが現われる映画ビジネスを生き抜いてきた本物の女優の凄味がそこかしこに発散されていて、周囲を威圧する大阪のオバちゃんのような彼女の雰囲気はさすがの迫力です。  社会活動や運動に関わっていく女優たちに対しては「映画で上手く出来ない人が現実に逃避しているだけよ!」という趣旨のセリフを言い放つシーンにはサバイバルしてきた人らしい覚悟を感じます。 verte02.jpg  笑えるのは大女優にはイニシャルがシモーヌ・シニョレ(SS)、アヌーク・エーメ(AA)などダブル・イニシャルが多いとの車中の会話の中で、イーサンがカトリーヌにBBと答えるところで、彼女が「ふん!」という感じで接するところが楽しい。ブリジット・バルドーは眼中にないという意味なのでしょうね。マリリン・モンローやクラウディア・カルディナ―レなんかもダブル・イニシャルですね。  多くの勘違いや記憶違いがあり、数十年経って、はじめて大人としての母親と娘が真正面から向き合い、緊張のために撮影現場から逃げ出そうとする母親の弱さも目の当たりにして芽生えた許しの心や反発だけだった自分の考え違いに気づく姿が見えてきます。  ただ母親は天才的な女優で、娘は作り話を創造する脚本家なのでお互いに真実を語っているものの、どこまで”事実”を話しているのかは疑問なのです。このへんが見終っても混乱が続いた原因なのかもしれません。  それでも疑問が多く芽生えたにせよ、作品の出来栄えは素晴らしいフランス映画になっています。ゆったりと時間が過ぎて行く欧州映画らしい雰囲気と富裕層のセカセカしない暮らしぶりは日本人にはない感性かもしれない。大都市の中心部でも樹木を植えたり、窓の配置や建築物の構造を考慮して、防音や遮光の処置をすれば、存外騒音を気にせずに暮らせますが、そういう部分が画面にも出ています。 verte07.jpg  是枝監督はどのような気持ちでこの作品に取り組んだのかは知る由もありませんが、ぼくらがイメージするフランス映画の良さがしっかりとフィルム(今もフィルムなのかな。雰囲気という意味です。)に定着しているのは見事です。  良いスタッフに恵まれたのか、大女優、カトリーヌ・ドヌーヴの権威にひれ伏したスタッフたちの緊張が良い方向に出た故の偶然の産物だったのかは分かりません。  なにげに印象に残るシーンはカトリーヌが飼っている犬を連れて、邸宅の周りの街路樹が美しいパリの歩道を一人でのんびりと散歩している場面です。女優にとっての一人の大切な時間、大切な場所を見せてもらっている感覚でした。ホッとするシーンがあり、それは訳あり家族たちが共に集う食卓場面です。  気まずい大人のドロドロした会話を子供に聞かせたくないジュリエットが娘のクレマンチヌに「もう遅いから、みんなにキスをしてベッドに入りなさい」という下りがあります。小さい彼女がキスしていくと、しばらくは大人たちが落ち着きを取り戻します。こういうテンションの下げ方は「上手いなあ!」と唸らせてくれます。  エンディングのスタッフロールでも劇中シーン時よりも遠くから徐々に画面手前に向かって、カトリーヌと小型犬がのんびりと歩いてくるシ様子を長回しで使っています。良いシーンだと製作スタッフも判断したからこそ、このお散歩を選んだのでしょう。 verte06.jpg  エンディング中はなんともいえない良い気持ちになりました。久しぶりに良いヨーロッパ映画、つまり過剰にドラマチックなことなど起こらず、日常の生活の中で起こる些細なことを取り上げても、しっかりと一本の映画に仕立てる見事な腕前に嬉しくなりました。  見る前に字幕版か、吹き替え版かを選ばねばならず、時間的には吹き替えの方が都合が良かったのですが、迷わずに字幕版を選びました。吹き替え版ではオリジナルのニュアンスや雰囲気が伝わりにくいかなあという判断ですが、基本的にはオリジナル版の音声を選ぶようにしています。  とくに知っている女優が吹き替えをしているとその人のイメージに変わってしまうので、せっかくカトリーヌ・ドヌーヴの新作を観るのに字幕版を選ばないようなヤボな判断をしなくて良かったと思いながら、映画館を後にしました。  オフコースのベスト盤は二回A面とB面を聴いていて、B面が終わりに近づき、『言葉にできない』が流れています。シングルテイクもアルバムテイクも両方好きな曲です。  最後は迫力満点のビッグマムのような感じに仕上がっているカトリーヌ・ドヌーヴです。見事なヒョウ柄衣装で、関西によくこういった服装のオバちゃんがいましたが、最近はあまり見かけません。 verte04.jpg 総合評価 77点 万引き家族 通常版Blu-ray(特典なし) [Blu-ray]
こんな雨の日に 映画「真実」をめぐるいくつかのこと