良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ゾンビ』(1978)それはそれは鮮烈だった、公開当時の印象。約30年ぶりに見ました。

 ホラー映画で有名なジョージ・A・ロメロ監督、1978年製作作品にして、彼自身の代表作品であると共に、70年代ホラー映画の金字塔とも言うべき作品です。今の感覚からすると、音楽、特殊メイク、ご都合主義の脚本など、突っ込みどころ満載の作品ではあります。しかし、そんなものは、この作品の持つ本質とは全く関係ないことではないでしょうか。  特に「今の感覚」と言うものが一番曲者なのです。なかでも技術というものは、基本的に過去のものよりも、現在のそれの方が、より目覚しい進化を遂げています。映画製作の中でも、進化をし続けている唯一の分野でもあります。CGで全部を製作することも可能になっている現在の目で見ると、見劣りするのかもしれません。  技術によって、見た目の恐ろしさというか、ショッキングな映像は作れるのかもしれません。しかし、1970年代から1980年代初頭に公開された、一連のホラー映画作品群のような、名作と言われる作品はほとんど作られていません。何故なのか。  考えられる理由は、こけおどしの映像でごまかしてしまえる、製作サイドの創るという行為、そのものへの怠慢と、それを見抜けずに、ただ量産されてくるだけの凡作を無批判に受け入れてしまう観客の意識の低下、という二つではないでしょうか。  70年代から80年代初頭の名作ホラーと言えば、『エクソシスト』、『オーメン』、『シャイニング』、『悪魔のいけにえ』、『サスペリア』、『キャリー』、そしてこの『ゾンビ』など記憶に残り、いまだに、そのタイトルを聞くだけで、その時に感じた恐ろしさの記憶が蘇ってくる名作が多くあります。  この「恐ろしさ」という感覚こそが、ホラー映画で最も必要な要素なのではないでしょうか。見た目ではない、もっと別の何かを深く考えさせられるもの、それに対して戦慄を覚える、というのが真のホラーでしょう。何を持って恐ろしいというのか。名作ホラー作品の根底には、ある種の隠しテーマのようなものがあり、それがあからさまではなく、さりげなく作品に織り込まれているのだと思います。
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 『ゾンビ』は公開当時大ヒットした作品であり、たしか小学3年で、これをはじめて見たときには恐ろしさのあまり、しばらく脳裏に焼きつき、その後30年近く経った今になるまで一度も見る事が出来ませんでした。子供の頃の記憶は強烈にインプットされていて、いつになっても消えることはありません。ただそのころの印象としてはただただ恐いだけだったような気がします。  しかし、今になって再び見た時、気になるのは何故にあれほどの大ヒット作品となり、今でも語り続けられているのか、その原因は何かということに尽きます。当時の社会情勢と作品の本質があってこそ、初めてヒットしていったのではないでしょうか。何か本能的に人間が恐れていることがあればこそ、観客すべてを戦慄させることが出来たのではないか。  「ゾンビ」というのは、もともとはハイチやドミニカの伝承だったと思うのですが、ここではそういった伝承はあまり関係なく、ただ蘇った元・人間である死者と、人間達との戦いを描いています。元は同じ人間であり、お互いに殺し合う様子は現実の戦争と相違点はない。お互いに理解できないことも同じであり、仲間を見分けることも出来き、人間同士でも、元・人間同士でも食べ物を奪い合う争いがあります。  人間とゾンビの戦いという一側面から見ると、これは形の変わった宗教戦争であり、人種差別である。キリスト教徒から見るとイスラム教は異教徒、つまり怪物に過ぎず、逆もまた真。白人から見ると、黒人や黄色人種は怪物。人肉を貪るゾンビたちは、白人にとっては仕事を彼らから奪い去り、社会から抹殺しようとする有色人種となんら変わりがない。  次に興味深いのが、こういった環境にあっても、しぶとく適応していく人間達の争いの醜さ、たくましさ、相対するゾンビたちが生前に普段の生活で身に付けていた条件反射と習慣の恐ろしさと滑稽さでしょう。人間としての死後、何を買うわけでもなく、ショッピング・センターをうろつくゾンビの群れには哀愁すら漂う。  生前もTVやCMによってイメージの支配を受け、無批判に順応していた元・人間達はゾンビになっても同じ行動を繰り返す。パブロフの犬となんら変わりはない。このショッピング・センターでの人間とゾンビの闘い、小さなコミューンの中での人間達の享楽生活、人間同士の新たなる戦いなど見所は多くあります。皮肉に満ちて、隠喩に満ちた素晴らしいプロットだと思います。  ゾンビの出現当初は、彼らを恐れていた人間も、彼らの無能さや鈍重さに気付くと、反対に攻めに転じていく様は壮観ですらあります。果てには、彼らをインベーダー・ゲームの標的のように、「狩り」をする者まで出てきます。  また人間同士の殺し合いには、明るい未来はない。しぶとく生き残った、生きる者同士の闘いは、むしろ、より苛烈であり、ゾンビにはない知恵を使い、排他的で徒党を組み、お互いに襲いかかるありさまは見ていて痛ましい。  ゾンビよりも性質が悪い、ヘルス・エンジェルのような生き残りを見たときには、画面を見ながら、ゾンビに「早く喰われてしまえ」と思う始末でした。喰われないように気をつけろと思うキャラクターと、喰われろと思うキャラクターを明確に描き分けた、ロメロ監督の解り易さは素晴らしい。  30年ぶりに、この作品を新たに見直して思ったことは、浅ましい人間の本質を、生きていても、死んでからでも体現する哀れさと自虐的な可笑しさでした。これはホラーではなく、風刺の効いたブラック・コメディーだったのだなあ、ということでした。 総合評価 81点 ゾンビ 米国劇場公開版 GEORGE A ROMERO’S DAWN OF THE DEAD ZOMBIE
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