良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『鬼平犯科帳』(1995)個人的には、吉右衛門版の鬼平が一番好きです。

 1995年に、松竹100周年企画として公開されたのが、この作品です。TVシリーズが好評で、第9シリーズくらいまで、20年近くも製作されているのですから、いかにこの「鬼平」シリーズが人気のあるドラマであるかが理解されることと思います。  萬屋錦之助版、丹波哲郎版など何度もドラマ化されている『鬼平犯科帳』ですが、個人的には現在も続いている中村吉右衛門版が最も好きです。無頼な過去を持つ長谷川平蔵宣以(のぶため)らしさが一番出ているように感じられます。  池波正太郎の原作小説は、著者が執筆中に亡くなったため、24巻の題名は『誘拐』で、未完のまま終了してしまいました。文庫本で全部読んだのは今から16年前であり、当時は最終巻は文庫化されておらず、単行本を買った記憶があります。  普通ならば、全く日の当たる役割ではない「火付盗賊改方」の職務とその長官にスポットライトを当てた、池波氏の着眼の素晴らしさには感心します。従来の殿様やら剣客ばかりが活躍する時代小説に飽き飽きしていた小説ファンは、新鮮さに惹かれてむさぼるように読まれたことと思います。  実際個人的にも、歴史小説が好きで、山岡荘八の大著『徳川家康』全26巻や吉川英治の『宮本武蔵』などを読み続けていって、最後に行き着いたのが、この『鬼平犯科帳』でした。では他と比べて、何が違っていたのか。  それはリアリズムと現在との類似点を共に描き出した事です。良心のかけらも無い悪党と、それを取り締まる警察権力の攻防を描き出すためには、リアリズム的描写はもちろん、時代小説本来の味わいをも描き出さねばならないという、二つの一歩間違えると矛盾してバランスを壊しかねない難しさをひとつに纏め切る能力が、筆者に求められます。  読者が期待する新しい時代小説の先駆けとなったのが、この作品なのではないでしょうか。長谷川平蔵自身は剣術の使い手であるだけではなく、情に厚く、人間味に溢れ、悪党には非情であり、食には目が無く、散々道楽もやりつくしてから、この職責を担うという設定になっています。  味方からはとことん頼りにされ、悪党からは心底恐れられるという、現在の会社勤めをしている人から見ると、憧れの存在だったのではないか。体制内の異端児というのは、組織人間にとってはまさに憧れです。次から次に新刊を読みたくなる、素晴らしい小説でした。  長々と原作小説の魅力について書きましたが、それだけロング・セラー小説には熱狂的な固定ファンが付いているのです。このような作品をドラマ化したり、映画化する時には細心の注意を払って製作に当たってほしいのです。  既に読者はそれぞれの心の中に、江戸の街並みや登場人物たち、そして勿論、長谷川平蔵に対する視覚的イメージを形成しているのです。安易な製作は、本来ドラマを最も支持してくれるはずの原作の読者をドラマや映画から遠ざけ、ブーイングを浴びせる側に回ってしまいます。  原作物が映画化される時に、もっとも読者の気に触るのが、製作者の原作への冒涜なのです。いろいろな小説が映画化されましたが、腹が立つのも多いのが現状です。映画をただ金儲けのためだけに使う道具として考えて欲しくはありません。  その点に関しては、この「鬼平」ではきっちりと配慮されていて、演技、配役、環境、音楽、脚本、演出など優れているように思えます。演技面では中村吉右衛門だけではなく、多岐川裕美、尾美としのり、高橋悦次、蟹江敬三梶芽衣子江戸家猫八綿引勝彦などベテラン演技派がしっかりと脇を支え、ゲストで出てくる人も映画版では藤田まこと岩下志麻石橋蓮司などが敵役として登場しますので、より重厚さが増していきます。  しかし現在、日本では時代劇を取り巻く状況が非常に悪化の一途をたどっています。増え続ける無意味な道路、見栄えの最悪な電柱、周りの調和を全く考えない悪趣味な建物、森林伐採などが日本伝統の時代劇を太秦でしか撮れない状況に追い込んでいます。  その中で良い物を作り続けていくのは苦労の絶えない事と思います。ロケハンをするスタッフの方々の努力があってはじめて素晴らしい時代劇が製作されることを忘れないようにしたいものです。  薄暗い照明がこのシリーズ及び映画では、もっとも演出面で光っています。雰囲気が何よりも大切な時代物において、この照明は映画への貢献度が非常に高い。構図も美しく、苦心して撮られているものと理解しています。ちょっとアングルやレンズの選択を変えるだけで、映ってしまうはずの現代建築物や電柱が映らなくなるのです。撮影スタッフの方の神経の疲れ方は半端ではないでしょう。  音楽も素晴らしく、ジプシー・キングスの『インスピレーション』をドラマの第一シリーズから使用し続けており、映画のエンディングでも使用しています。1989年に生で彼らの演奏を見たことがありますが、彼らの奏でる哀しいギターサウンドは今でも耳に残っています。この曲を聴くたびに、『ジョビ・ジョバ』、『バン・ボ・レイヨ』、『マイウェイ』などのヒット曲を思い出します。  小説も、ドラマシリーズもともに大好きな「鬼平」ですので、これからも大切に作っていって欲しい。一度でよいので、「軍鶏鍋」を食べてみたいものです。そう言えば、映画では一度も食べるシーンが無かったのが、とても意外でした。本筋には全くかかわりはありませんが、グルメ志向も鬼平らしさなのです。 総合評価 82点 鬼平犯科帳 劇場版
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