良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ハリーの災難』(1956)ヒッチコック監督の作った、可愛らしいブラック・コメディー。

 1956年に製作された、この『ハリーの災難』はいかにも、アルフレッド・ヒッチコック監督らしいブラックなセンスに溢れたコメディ・タッチの作品です。ですが、ヒッチ先生の作品を見るときは、どうしてもアンドレ・バザンらに代表される、カイエ・デュ・シネマ一派の人たちの影がチラついてしまいます。  彼らによる権威付けが猛烈に行われてしまったため、結果として、作品そのものを楽しみにくくなってしまっていて、とても、うっとおしいのです。彼らの意見が染み付いてしまっている我々ファンにも問題はあります。ヒッチ先生の作品だから、全ての作品が素晴らしいわけではないという当たり前の事実を受け止めて、冷静に見ていきたいと自戒しております。  彼らの意見が、もうすでに四十年以上にわたり、映画批評に影響を及ぼしているため、純粋に一本の作品として評価されなくなっているのを歯がゆく思います。ヒッチ先生の作品にしろ、ハワード・ホークスジョン・フォード両監督作品にしろ、当時は低すぎる評価に甘んじていた。  これら娯楽系映画として、蔑まれていた作品及び、監督達の地位を一躍、素晴らしい映画作家であるとして押し上げてくれた、カイエの論客、フランソワ・トリュフォー監督やジャン=リュック・ゴダール監督の目の付け所は優れている。彼らによって、大きく評価されたことはヒッチコック監督らにとっては非常に嬉しかったとは思いますが、まず第一には、観客に楽しんでもらう方を望まれていたと思います。  これは楽しいんです!それでいいんです!ヒッチ先生の名前を出さずに人に見せたら、おそらくもっと笑って見れる良質のコメディであると思うのですが、ヒッチ先生の名前が出るだけで「これはどこかに驚くべき撮影方法や、どんでん返しが用意されているに違いない!」と勝手に思い込んでしまいます。  そういう偏見に満ちた鑑賞姿勢で臨んでしまうと、彼がこの作品に対して、リラックスした態度で撮影に望んでいるのを見逃してしまい、せっかくのコメディを楽しめないということになってしまいます。ある意味、ヒッチの思う壺かもしれませんが。  綺麗な山の草木、とりわけ色彩の豊かさはこれまでにないヒッチ先生の自然への接し方であり、彼のカラー作品の中でも、これ程美しく、色彩の素晴らしさが出てきた作品も珍しいのではないでしょうか。  『泥棒成金』でも豊かな色彩が良い雰囲気を作り出していましたが、さらにそれを推し進めたように思えます。近所のじいちゃんが趣味の盆栽を愛おしく楽しむように、愛情を込めて自然のカラーを描き出した、ヒッチ先生の美的感覚、映画への優しさと愛情、生きることへの謳歌がフィルムを通して伝わってくるようです。  1955年の『泥棒成金』、1956年の『ハリーの災難』、同年製作の『知りすぎていた男』の3本では、サスペンスという本来のヒッチ節よりも、ヒッチ先生の色彩感覚を味わえる作品群ではないだろうか。各作品とも、とても綺麗な色合いがあり、全体の色調も統一されていて、偶然にそうなったのではないのは明らかである。モノクロ時代のキレる映像も素晴らしいが、カラー時代の妖しいセクシャルな映像美と豊かな色彩感覚も捨てがたい魅力を持っています。    ストーリーの展開は、単純な話を複雑に、そして複雑な話を単純にする、ヒッチ先生らしく、勘違いに勘違いを重ねていく、ラザニア的勘違いコメディとなっていて、サスペンスの要素をスパイスとして用い、ヒッチ作品のなかでも良質な映画として、今もファンの間で愛されています。可愛い作品とでも形容したくなるのが、この『ハリーの災難』であろう。 総合評価 80点 ハリーの災難
ハリーの災難 [DVD]