良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『裁かるゝジャンヌ』(1927)ほぼ全編がクロース・アップのみで構成された、シネマ(劇映画)。

 1927年に製作された、カール・ドライヤー監督の代表作のひとつが、この『裁かるゝジャンヌ』であり、ジャンヌダルク物では、後にこの作品を真っ向から否定する、ロベール・ブレッソン監督の『ジャンヌダルク裁判』と並んで、最高峰に位置する作品でもあります。  移動撮影(ドリー)とクロース・アップを駆使して、特にクロース・アップをほぼ全編に使うことで、見事なまでにドラマチックに、この異端裁判を題材に採った劇映画を仕上げました。いまでも多用されている、クロース・アップを何種類も提示した意義は非常に大きい。  ルイーズ・ルネ・ファルコネッティという無名の女優を用い、彼女の表情を、ただアップにするだけではなく、彼女の顔のどの部分をアップにするかで、そして顔の位置を画面の何処に置くかで、映像の持つ意味と印象が変わる事を、計算し尽くして映像を編集しているのを見逃してはならない。  ファルコネッティや司教たちの顔の一部分(目、口、頬)あるいは顔全体を強調していく、超どアップ映像からは、そのシーンの中で、その瞬間に、何が観客にとって最も重要なのかを、映像で表現している。  彼女の口がアップになる時に、もっとも必要なのは彼女の証言であり、彼女の目がアップになる時に最も重要なのは、彼女の感情であり、司教たちの言葉への反応である。大きな瞳から溢れる涙、引きつった口元からは恐怖と絶望が見てとれる。ときおり彼女の周りを回転するカメラは、周りの人間たち全てが敵になって彼女を責め立てる様子を表現する。  いささか作為的過ぎるきらいはあるが、クロース・アップ、移動撮影、細かいカット割りを効果的に使い、編集していく事でドラマを盛り上げ、観客の視線を誘導し、感情をも支配する。ほとんどの映像がアップ映像であるために、少々威圧的な印象を受ける。  しかし、1927年に、すでに映画の中での監督の思惑に沿った映像を明確に提示する、ドライヤーという監督は、劇映画を知り尽くしている。長編の劇映画を全編ほぼ、顔の表情だけで撮りきった手腕は凡庸ではない。  80分余りの上映時間のうち、ほとんどのショットを顔だけのクロース・アップで構成しきったことには驚かされます。対立する立場の人間達の思惑、優劣、感情、葛藤、反応を、劇的に表現する事を重要視したドライヤー監督の意志ははっきりとフィルムに焼き付けられています。  極度の緊張を強いた、この作品に主演した、ファルコネッティはこの作品とともに、彼女自身の女優生命をも絶たれました。彼女は作品での役柄同様、燃え尽きました。「一女優、一作品」を地でいった女優でした。  決して、上手いとは言えませんが、強烈な印象を残してくれました。ジャンヌを体現して、その後一本の映画にも出演しなかった彼女には、ジャンヌのイメージしかない。何十本もの作品に出演する事もある、職業女優と違い、ただ一本のみに出た彼女には、職業的演技者にはない純粋さがある。  また、この作品はサイレント映画ですが、映像が雄弁に物語を語るので、音の無さが全く気にかかりません。窓の鉄格子が太陽の光のかねあいで、陰を作り、十字架になる様子を見つめる彼女の表情を捉えた映像は劇的な素晴らしいショットで記憶に残っています。  まばたきを一度もすることなく、刑に服する神の子ジャンヌから、信心を取り上げようとする司教たち。どちらが異端なのか。大英帝国の顔色を窺う司教たちは、キリストを磔にしたユダヤ人達となんら変わるものはない。  ただ、あまりにも直接的な拷問映像やジャンヌの血を抜き取るシーンなどには疑問を感じました。見せずに表現する事も可能なのに、何故わざわざ見せ付けたのかが解りません。グロテスクで、汚らしい映像に思えました。  作品を、より劇的にするために、象徴的な映像が数多く挿入されていて、前述した「十字架」だけではなく、処刑前のシーンでの「鳩」の映像は、「天使」が迎えに来たようにも見えますし、「平和」が訪れるようにも見えます。  その他には対位法的に配置される、処刑場の不気味な大道芸人、観客の感情を誘導するために挿入される、彼女の火炙りを見守る群集たちの涙、燃え尽きた後に残る木杭など、この一大悲劇をさらに盛り上げるために挿入された映像もあります。  ジャンヌ殺害後に暴動に発展して、フランス人がイギリスに対して、抵抗と憎悪を向けていくシーンはいささか劇的過ぎますが、作品の落としどころとしては妥当かと思いました。   総合評価 91点 裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディション
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