良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『恐竜100万年』(1966)ラクエル・ウェルチがセクシーな皮ビキニ姿で、大活躍なさいます!

 『恐竜100万年』は1966年に公開された作品で、特撮ファンにとっては、巨匠レイ・ハリーハウゼンが特撮で参加している作品ということで評価は高いのですが、一般の成人男性映画ファン(男性成人映画ファンではありません)にとってはハリーハウゼンなどはどうでも良く、ブロンドのセクシー女優、ラクエル・ウェルチが大活躍している作品であるということの方がより重要でした。  ラクエル・ウェルチというと、なじみがないかもしれませんが、『ショーシャンクの空に*』で、壁に貼ってあった、三番目のポスターの革ビキニ姿の金髪女優と言えば、解り易いかもしれません。ちなみに一枚目は『ギルダ*』のリタ・ヘイワース、二枚目はマリリン・モンロー、そして三枚目が彼女です。(*はこのブログでも、既に記事にしています)  ラクエル・ウェルチは金髪美人であるだけでなく、スタイルが抜群で、可愛らしく、峰不二子のような容姿を持っている女優といえばわかり易いかもしれません。全編ほぼビキニスタイルの衣装で撮影にのぞんだ彼女を観るためだけに、何度も映画館に足を運ぶ男性ファンも多かったろうと想像できます。  彼女が劇中で、プテラノドンにさらわれるシーンがあり、彼奴の爪で、彼女の綺麗な肌が傷つきはしないかと心配したほどです。このプテラノドンの動きも秀逸で、翼竜同士の空中戦もあるのですが、まるでジュラ紀白亜紀の映像を見ているようでした。  作品はハリーハウゼンが関わっているにしても、特撮技術面でも試行錯誤が繰り返されているような過渡期の迷いが見えるようです。マット合成によって、実写のトカゲ、タランチュラ、亀(ガメラのご先祖か?)と人間を共演させてしまうなど、あまりにも強引な手法が用いられています。  とりわけ酷いのが冒頭近くで登場してしまうイグアナくんであり、実写の彼を出してしまった事は、この作品のレベルを著しく引き下げてしまいました。我々が見たいのはハリーハウゼンの作り出した恐竜であって、撮影されたイグアナくんではありません。  ハリーハウゼンのストップ・モーション・アニメーション自体は格段の進化を遂げ、より滑らかな動きでスクリーンに登場しています。なかでもトリケラトプスと肉食恐竜(顔が小さいティラノサウルスもどき)の対決シーンは出色の出来栄えであり、彼の最高レベルの技術を見せてくれています。  死に行く彼ら、恐竜たちの臨終シーンでの、心臓の鼓動が徐々に弱まり止っていく様子には、その作り込みの細かさにぞくぞくします。ハリーハウゼンは流石に良い仕事をしています。    なかでもトリケラトプス(今風に言うと、トライセラトップスか?)の造形と動きは完璧であり、この対決シーンを見ただけで、特撮ファンは納得して、家路につくに違いありません。しかしながらマット合成によって、使用された本物のトカゲを見ても、あまり有難みはない。  ハリーハウゼンと製作者サイドが犯した間違いは、映画ファンは大きく合成撮影されたトカゲを見たいのではなく、彼が作り上げた恐竜を望んでいるのを忘れてしまっていた事なのかもしれません。本人も後に、あの合成は失敗だったと認めていますが、個人的にも見ていても、いまいちの出来栄えであると思いました。  金髪白人と茶髪・黒髪白人だけが人間世界のすべてであり、金髪種族がもっとも知的で進んでいて、黒髪やブルーネットの種族は知的に遅れていて、有色人種は皆無で、あとは黒人を容易に想像させる猿人しかいないというのは、あまりにも差別的ではありますが、思わず笑ってしまいます。  金髪はスタイルが良く、知的で、清潔で、道具を使い、農業を営み、壁画まで描いています。非金髪種族は本能的で、乱暴で、不潔で、狩りをするにも原始的に描かれています。なんでこれほど、たかが映画でも差別されてしまうのか、我々には理解できないほど根が深い事情があるのでしょう。  黒人はもっと酷く描かれていて、まだ猿人というか、ゴリラのように描かれていて、すぐ喧嘩をしてしまいます。なんと不合理で、差別的な表現なのだろうと驚きましたが、あの当時では普通の感覚だったのでしょう。黄色人種も黒人も全く登場しません。彼らにとって、有色人種は人間ではないのでしょう。  それはともかく、人間と恐竜が同時代に共存しているという、あまりにもいい加減な設定には引っくり返りそうになりますが、こういった作品に目くじらを立てて、ああだ、こうだいっても不毛なので、あえて何も言いません。  原始人という設定のため、金髪白人も非金髪白人も台詞が一切なく、うめき声や叫び声で感情表現しなければならないため、俳優達は苦労したとは思いますが、表情や声のトーン、そして音楽の力を借りて、ドラマを成立させています。  もしこの作品に、ラクエル・ウェルチレイ・ハリーハウゼンが参加していなかったならば、果たしてDVD化されたかどうかかなり疑わしく思います。二人ともいなかったならば、この作品は名前も知られる事なく、ひっそりと処分されていたのかもしれません。  まあ、この作品はラクエル・ウェルチ様の魅力をアピールするためだけに作られた、スター・ムービーであるので、その意味において企画は成功していたと言えます。セックス・シンボルとなった女優には、必ず彼女達だけのために製作された、映画が存在します。こういうものもまた、映画の歴史の一部なのです。 総合評価 76点 恐竜100万年
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