良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ファンタジア』(1940)アニメと音楽で、哲学を語るウォルト・ディズニーの凄み。

 1940年にアニメーションを使い、映像と音楽を融合させた、壮大な実験作が、この『ファンタジア』です。アニメといえば、どうしても子供向きと捉えられがちではありますが、ここで描かれる映像が表すものは、ウォルト・ディズニーのアニメへの強い愛情と哲学です。  まず驚かされるのがオープニング・シークエンスであり、ここに登場するのはミッキーでも、ミニーでも、ましてやドナルドでもない、この作品の主役であるオーケストラの演奏家達です。全編アニメで構成されると思っていた観客は、まずここで肩透かしを食う事になります。  この作品が目指すものは、映像と音楽の融合なのです。そのために用いられるのが、アニメーション技術であり、それによって最も表現したいのはウォルト・ディズニー自身の精神世界と哲学に他ならない。彼の哲学を全世界に知らしめるためには、彼のスターであるミッキー・マウスも必要ではありません。  もっとも人気があったミッキーは言うまでもなく、『白雪姫』その他のキャラクターも一人も使わずに、情景描写の美しさと幻想的なキャラクターのみを使って長編映画を製作することはかなりの冒険だったと思いますが、彼は見事なまでにディズニー映画史上、最も美しい作品を作り上げました。  作品の冒頭において、指揮を務めるレオポルド・ストコフスキーが、音楽についての3つの定義を述べ、作品を進めていきます。第一の音楽は、「音楽のためにのみ存在する、音楽」、いわば絶対音楽であり、例としてバッハの『トッカータとフーガ』がフィラデルフィア管弦楽団によって演奏されます。  第二は「情景を感じさせる音楽」であり、ベートーベンの『田園』、ストラビンスキーの『春の祭典』などが演奏されます。第三は「物語のための音楽」であり、ミッキーが唯一出てくる『魔法使いの弟子』、『禿山の一夜』、『アヴェ・マリア』に合わせた音楽が奏でられます。  アニメ映像ではない、実物である演奏家達については、シルエットと照明技術で映像を作り、演奏している音楽を重ね合わせ、さらにアニメーション映像のイメージを被せていく。映画館で、サイレント映画に楽団演奏を加えられて見ているような気持ちになります。  美しい映像と素晴らしい音楽が渾然一体となり、高い次元の映像世界が展開されていきます。アニメ映画が、実際のオーケストラによる音楽を伴うと、まさにライブの演奏会として進行していく錯覚を覚えます。  音楽では、このほかにストラビンスキーの『春の祭典』、ベートーベンの『田園』、ムソルグスキーの『禿山の一夜』、シューベルトの『アヴェ・マリア』など合計8曲のクラシック音楽の名曲の数々が、ディズニー・アニメと融合しています。  後半は第三の「物語のための音楽」が語られ、映像と音楽がシンクロします。クライマックスで演奏される、悪と善の戦いであるハルマゲドンを表現したような、『禿山の一夜』から『アヴェ・マリア』への流れは究極を目指したこの作品に相応しいエンディングでした。音楽と映像のみで語られ、余計な台詞などは全く無い映画的な完結が素晴らしい。  作品中でのアニメーションのイメージの美しさは今でも目に焼き付いています。妖精たちが飛び跳ねる時に付いてくる光の残像、花々のダンス、自然描写の滑らかさはクラシック・バレエアイス・スケートのフィギュアのフリー、由緒ある舞踏会のような趣を持っています。  特に素晴らしいのが、光、火、水、土、風、という「元素」や環境の映像表現です。とにかく滑らかで、繊細で、力強く、軽やかなのです。これらの情景描写がしっかりと、そして活き活きしているからこそ、その前で動き回るキャラクター達もまた、生命力を吹き込まれ、永遠の命を得て、スクリーン上で生き続けているのでしょう。  なかでも「水」の描写のひとつである波紋、泡、水飛沫、水中での藻の揺れ方などは絶品の美しさをいまでも保っています。幻想的な映像の中に息づいているリアリズムの美しさが同時に存在します。  ディズニーは春夏秋冬の美しさ、さまざまな草木や生物の持つ多様な色彩を、音と共に洪水のように浴びせかけてきます。アニメの可能性を極限まで高めようとする、彼の製作姿勢には尊敬の念を持っています。  上映時間120分弱というと、当時のアニメ映画としては、かなり長い作品ではあります。一本全体を見た場合、前半と後半に分かれるこの作品は、前半部分が革新的な映像表現とクラシック音楽をもとに語られる、彼の映像と音楽についての考え方と、今後製作したい作品そのものであったと思います。  『ファンタジア』は、子供向けでは決してない、大人が考えさせられるアニメーションの最初の作品でした。のちにアニメではありませんが、『砂漠は生きている』などのドキュメンタリー作品を世に送り出した、ディズニーの興味のほとんどはここで既に示されているのではないでしょうか。それは自然界の美しさへの賛美と、弱肉強食が厳然と存在する、自然への恐れです。  ミッキー・マウスの登場時間が10分足らずであることも手伝い、子供たちがこの素晴らしい作品を好きになるかは、はなはだ疑問ではありますが、そういった子供向け作品に飽き飽きしていた、ディズニー自身のフラストレーションが限界近くまで昇華される事で生まれたのが、この『ファンタジア』なのではないか。 総合評価 98点 ファンタジア
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