良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『キング・コング』(1933)特撮映画の金字塔にして、怪獣映画の最高傑作。

 監督にメリアン・C・クーパーとアーネスト・B・シュードサック 、特撮にウィリス・H・オブライエンを起用して製作された『キング・コング』は、その後の特撮映画に与えた多大なる影響と、映画ファンの心に刻み込まれたインパクトの大きさにおいて、他に類を見ない傑作であり、これを超える作品には容易に巡り合えない。

 映画には、映画だからこそ表現出来る映像世界が確かに存在しています。SFと特撮はまさに映画の申し子です。両者は切っても切り離せないほど密接に結びついています。映画の醍醐味を最も堪能できるジャンルがこの二つである事に異論ある人はいないのではないでしょうか。

 『美女と野獣』のテーマについての言及がオープニング、中間部、そしてラスト・シーンの三度繰り返される。美女の出現によって、骨抜きになった偉大な森の王者が理性を失くし、本能のみで行動して、文明世界の象徴のニュー・ヨークで破滅していく様子をカメラが追っていく。

 固定カメラによるカット割り、会話部分でのカットバック、そして引きのショットを多く用いて、きわめてオーソドックスにドラマ・パートを仕上げる事により、その後の特撮シーンでの圧倒的な映像表現との差異を生み出している。

 ドラマはおざなりな物ではなく、主要人物たちの芝居のみならず、後に映っている人たちにもしっかりと照明が当てられていて、画面の密度を濃くしています。

 とりわけヒロインを務めたフェイ・レイには常にハレーション気味、もしくはシルクのようなタッチの照明が当てられていて、他の出演者達と厳密に区別されていました。彼女がこの作品の中で特別な存在である事を演出により際立たせています。

 ドラマ部分の出来の素晴らしさをみても、この作品がただのB級作品に収まることを拒否していたのがはっきりと分かります。豊かな映像表現を知っているスタッフが集まって真面目に製作されていってこそ、はじめて不朽の名作が生まれてくるのでしょう。

 この作品には1930年代とは思えないほど優れた要素が多くあります。音響の扱いもそのひとつです。自然音の扱い方や臨場感、効果音の使い方も優れていて、モノラルではありますが、音の拡がりを感じます。映像はもちろん良いのですが、それを支える音響を聞き逃してはもったいない。

 演技の面においては、スクリーム(叫び声)女優、フェイ・レイが誕生した記念すべき作品でもありますが、彼女を含めて、役者連中の演技にはあまり感心させられるところはなく、特撮に予算を掛けすぎたためか、少々俳優の選択肢が狭まってしまったようです。

 この部分がクリアされていたならば、さらに凄みを増していたとは思いますが、反面すでにこの作品の最大のスターがコングである事を思えば、人間のスターは特に必要ではなかったとも言えます。観客の感情移入の方向が散ってしまうのを避けたかったのかもしれません。

 演出面ではなんといっても特撮の巨匠、ウィリス・H・オブライエンの貢献度が非常に高く、彼なしではこのような作品を制作するのは不可能であったのは間違いない。マット合成、ストップ・モーション・アニメーション、リア・プロテクション、ミニチュア制作などなど、当時に存在していたであろう、すべての特撮技術を投入して出来上がったのがこの作品です。

 『キング・コング』はこのジャンルでの最高レベルの質を提示し、以後の作品が越えていくべき指標となりました。この作品で使用された技術よりも低レベルのものを使用すれば、その作品は失笑の対象もしくは「B」のレッテルを貼られる程度の作品にしかならなくなってしまいます。

 生物の死の描写が特に優れていて、コングとの格闘の末にとどめを刺される恐竜の断末魔の呼吸の様子は生々しい。死んだかどうかを確認するコングの様子はどこかユーモラスではありますが、残酷な映像とも取れます。

 オリジナル・コングはとにかく残酷なのです。ゴジラもそうですが、恐ろしく、無慈悲であってこそ、はじめて人々の記憶に残るのではないでしょうか。クロース・アップで撮られる時の表情はとても豊かであることに驚きを禁じえませんが、基本的に恐ろしいコングを強調していたのが素晴らしい。

 コングは人を何人も喰らい、首を引きちぎり、放り投げ、叩き殺し、踏み潰し、蹴り殺す。夜のスカル島で繰り広げられる殺戮は容赦なく、情け無用に虐殺を繰り返します。夜というのもコングの恐ろしさを表現するのに最も優れた時間帯である。黒光りするコングの身体とギラギラ光る眼の力強さからは、彼が如何に強力な存在なのかを我々にはっきりと分からせる。

 主役であるコングの見所は多くありますが、前半のハイライトとしてはティラノ・サウルス?、プテラノドン、大蛇との格闘、そして閉じられていた門を破壊して怒りを表すシーン、その後の原住民の虐殺シーンなどがあり、これらは必見の価値があります。

 森の中の王者として君臨していれば、彼は唯一絶対の生き神様でありますが、禁断の門を開けて、広い世界に出て行ってしまえば、彼はあくまでも広い世界の中での強者の一人になってしまいます。

 門を開けた瞬間が彼の滅亡への第一歩なのです。実際に門を出てすぐに、彼は薬品で眠らされ、あっさりと囚われの身となってしまいます。そのあとのニュー・ヨークでの大暴れは最後のあがきでしかない。

 コングの躍動を可能にした、ウィリス・H・オブライエンによるダイナメーション技術は、自由にこの作品において羽ばたき、その後に続く世代の目標になりました。彼の弟子に当たる、レイ・ハリーハウゼンは『ロスト・ワールド』の虜になったでしょう。

 スティーブン・スピルバーグ監督も『ジュラシック・パークⅡ』にわざわざロスト・ワールドの名を冠したくらいですから、特撮を手がける制作者にとって『キング・コング』と『ロスト・ワールド』は特別な意味を持つ作品であるのは間違いない。

 一つ一つの動きを変えながら、全体として動いているように見せるストップ・モーション・アニメーション技術は相当骨の折れる根気のいる作業ではありますが、それだけの価値のある仕事であった事は明らかで、オブライエンの作品に懸ける熱意を感じます。

 カメラの動き、編集のテンポが速くなるのはコングと恐竜の格闘シーン、そしてフェイ・レイ救出シーンであり、ここではパン、ティルト、クロース・アップ、クロス・カッティングを使用して、作品の緊迫感を煽る演出をしています。動と静を知り尽くしている監督の感覚は見事なものでした。

 ところで一体、コングは何の隠喩であろうか。雄雄しき男、巨大な男、残酷な男、野蛮な男が表すのは新たに台頭してくる他人種への恐れと警戒感でしょうか。それとも違った信念を持つ異教徒への恐れでしょうか。

 はたまた単なる悲恋の話の主人公を大猿にしただけなのでしょうか。黒人が一人も登場しないのにかかわらず、東洋人は船のクルーとして登場してくる。いろいろな読み方が出来る作品ではないでしょうか。

 ニュー・ヨーク編での見所としては「列車転覆シーン」、「ホテルの一室にいるフェイ・レイを覗き込んで、摑まえるシーン」、「エンパイア・ステート・ビルでのクライマックス」と映画史上に残るシーンのオン・パレードとなります。

 ニュー・ヨークの街並みを走る列車を転覆させるコングの意図はよく分かりませんが、列車が突っ込んでくる陸橋を破壊するコングの動きは滑らかでした。女を捕まえるとすぐにフェイ・レイかどうか確認して、違うと「ポイッ」と投げ捨ててしまうコングは笑えますが、残酷なシーンでもあります。コングにとって人間はあくまでも弱い生き物のひとつでしかない。

 街を破壊するコングには迫力があり、ミニチュアと実写を合わせた撮影も作り物には見えないほど出来が良い。今の目で見ると粗を感じるかもしれませんが、これはあくまでも1933年の作品なのです。最先端技術だと思って見ていくと、どれだけこの作品が凄みを持っているか理解できます。

 フェイ・レイを探して、遂に彼女を摑まえるシーンは特撮技術を駆使した素晴らしい映像であるだけではなく、サスペンス性もあり、この作品中でも最も素晴らしいシーンのひとつです。最後まで自分を嫌い、叫び続けるフェイ・レイに魅了されてしまったコングは悲劇的であり、哀しさに溢れています。

 いよいよ摩天楼に登っていき、最後の空軍との戦いに移っていきますが、この空中戦は誰でも見たことがあるほど有名なシーンです。ビルを登っていくコングはまるで生きているような躍動感があり、複葉戦闘機との戦いも迫力がありました。特に戦闘機を捕まえるシーンは印象に残っています。

 エンパイア・ステート・ビルから転落して、悲劇的な最後を迎えるコングではありますが、これは自然が科学文明に負けた瞬間でもある。落ちる時のコングが何故か登る時よりも小さく見えてしまうのは自分だけなのだろうか。

 コングは悲劇の主人公になったからこそ、映画史に残るキャラクターとして、映画ファンの記憶に残ったのです。これが『猿人 ジョー・ヤング』のようにホームグラウンドに帰ってしまったら、これほどまでに記憶に残ったかどうか疑わしい。人間の驕りをまざまざと見せつけられる後半の展開ではありますが、シネマとしては劇的なエンディングでした。

 自然の脅威を象徴するのがコングであり、コングを科学力で倒した人間の進化の勝利として当時は捉えられたのでしょうか。「自然対科学」、「一人対集団」、「肉体対頭脳」、「未開の国対先進国」、「男対女」など二項対立で読み解く事も可能かもしれません。

 『キング・コング』は理屈抜きでも楽しめる娯楽作品でもあり、破壊衝動を満たしてくれる怪獣映画の基本のツボをしっかりと押さえています。これを超えるものが観たいのは怪獣映画ファンの見果てぬ夢ではないでしょうか。

総合評価 91点

キング・コング

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