良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『狂熱』(1921)ルイ・デリュック賞という名を冠される、ルイ・デリュック監督の代表作のひとつ。

 ルイ・デリュック賞というとフランスの有名な映画賞のひとつであり、歴代受賞作品にも『シェルブールの雨傘』、『田舎司祭の日記』、『髪結いの亭主』、『夜霧の恋人たち』、『かくも長き不在』など雰囲気のある作品が選ばれています。

 悲観的で、退廃的で、醒めきったムードを持ち、敗北感に満ち溢れた作風が受賞対象になるようです。シャルロット・ゲンズブール出世作である『なまいきシャルロット』が受賞した年もありました。フランス映画の代表的な作品スタイルを持つものが主な対象のようです。

 サイレント映画であるにもかかわらず、字幕文字が一切なく、映像だけで物語を語っていく彼の映像表現手法はフォトジェニーと呼ばれている。何を持ってフォトジェニックと言うのかはよく分からないのですが、何気ない現実を映像の積み重ねでドラマチックに仕上げる事を言うのでしょうか。ネットで検索しても、よく分からない。

 アイリス・インという、今では見ることがほとんどなくなった場面転換方法を多用していて、それだけでも何かレトロな雰囲気を醸し出しています。当時は最先端というか、アヴァンギャルドというか、実験作的意味合いが強かったようです。

 ストーリーは舞台がフランスの港町(マルセイユでしょうかね?)の場末の酒場で、お話は男一人に女二人という単純な三角関係と、それによって起こる殺人事件をテンポ良く纏め上げた作品でした。

 すべてのドラマを、この酒場内で処理していったために密度の濃い作品が出来上がっています。その他の場面は船乗り達が寄港する、港のエスタブリッシュ・ショットのモンタージュのみで構成していました。このモンタージュも大変優れています。

 カット割りのテンポ、話の進め方、クロース・アップとロング・ショットのバランス、雑踏と静寂のバランスが秀逸で、字幕などなくとも容易に理解できます。緩急に優れた作品でした。パン・フォーカスのテクニックも既に見られ、画面全体にピントがあっている緊張感が素晴らしい。

 印象に残っているシーンとしては、酒場の女に落ちぶれた主人公が、かつての恋人を思い出しながら、悲観的に今を生きているシーンでのゆったりとした時間の流れと、彼が再び彼女の前に現れてからの時間の進み方の速さの差は、彼を忘れようとするがなかなか忘れられない時間の長さと、再会したことで感情が一気に高ぶっていく胸中を表現しているようでした。

 再会した時、彼には既に奥さんがいて、彼女を紹介される。それでも懐かしさから二人でダンスを踊る。ダンスはセックスの暗喩であり、これを見た奥さんは彼ら二人の秘密を理解する。こういったような、映像に意味を持たせるショットが多く、短い尺の作品ですが見所が多くある作品でした。

 その後、船乗り達が大挙して酒場に入ってくると娼婦達も押しかけてきて、酒場が急にざわざわし始めるシーンに移っていくのですが、この時のすべての画面に焦点が合っているのが素晴らしい。

 本来は美しい状況ではないのですが、映像として出来上がってきたものは何故か美しい。それこそがフォトジェニーなのでしょうか。何気ない暮らしを切り取る事で新たな美しさを表現しえる事を証明しているようです。

 退廃的で救いの全く無い作品ではありますが、とても美しい作品に仕上がっていました。まさに大人の映画であり、フランス映画らしさをはっきりと感じることができます。

 辛いのが当たり前なのが人生というものです。駄目だと分かっていても、結末がどうなるか分かっていても、のめり込んでいく状況がある。

総合評価 80点