良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『キッズ・アー・オールライト』(1979)むしろ、奇人キースよりもピートの狂気がバンドの歴史である。

 彼らのナンバーのなかでもっとも有名な曲、『マイ・ジェネレーション』から始まる、この記録映画が公開されたのは、1979年です。つまり、奇人として数々の奇行で有名だった、ドラマーのキース・ムーンが薬物の過剰摂取が原因で急死してから一年後に、彼の死を悼むように公開されました。  キース・ムーンの何が凄いかと言うと、もちろん彼のキャラクターも半端ではないのですが、ドラムのテクニックが尋常ではありません。完璧なミュージシャンであり、なおかつメンバーの手にも負えない異常行動をする、常人の理解を超えたところで存在していたのが彼だったのです。  初期の彼はグループの誰よりも、チャーミングで可愛らしく、おそらく最も人気があったのは彼だったのではないでしょうか。奔放な異常性を示すキースは、ロックを体現していたミュージシャンでした。やっている事は本当に滅茶苦茶です。このフィルムの中にも、彼の異常行動が数多く収録されています。  ステージ・アクトとしても有名な、ドラム・セットなどの楽器破壊に始まり、ホテルの部屋を破壊しまくる映像ももちろんあり、インタビュー中にピートの服を破りだしたり、花は食べる、SM衣装を着て、女王様に鞭で叩かれる、ダッチワイフに愛撫する、公演中にもかかわらず、ドラムセットから飛び出してくるなどやりたい放題です。  流石の彼も、積み重ねてきた不摂生がたたったためか、だんだん丸みを帯びてきて、『バーバラ・アン』を歌う頃にはすっかりまんまるで、せんだみつお荒井注、もしくは『黒ひげ危機一髪』のようです。おもろいおっさん化しています。  しかし彼の奇行だけに焦点を当てると、彼のミュージシャンとしての卓越した能力を忘れがちになってしまいます。見ていて圧倒されるのは、彼のドラミングの速さと手数の多さです。だいたいロックムービーでも、焦点を当てやすいのはヴォーカルやギタリストであり、ドラマーに注目が集まる事はあまりない。  それがこの映画では、いくらこれがキース追悼の意味があるにしても、ドラマーのインタビュー、ソロ・プレイ・シーンの収録があまりにも多い。そしてそれらの映像がどれもとんでもなくカッコ良いのです。また、キースがインタビュアーに答える内容がとても可笑しく、見ているだけで、誰がこのバンドを支えているのかがすぐに理解できます。  ビートルズのインタビューにもチャーミングなものが多いのですが、キースも負けず劣らずチャーミングでした。作品中に、親友でもあるリンゴ・スターがキースと一緒に仲良く、話している様子が何度も出てくるのですが、彼の素の表情やありのままにインタビューに答える様子がとても微笑ましい。リンゴの表情からも、仲の良さが窺えます。  作品では彼らの代表曲がほぼ歴史順に演奏されたり、ビデオ映像で挿入されています。収録曲は次の通りです。 1・マイ・ジェネレーション 2.アイ・キャント・エクスプレイン 3.ババ・オライリー 4.シャウト 5.ヤングマン・ブルース 6.トミー、キャン・ユー・ヒア・ミー 7.ピンボールの魔術師 8.シー・ミー・フィール・ミー 9.エニイウェイ・エニイハウ・エニイウェア 10.サクセス・ストーリー 11.サブスティテュート 12.アイム・ア・ボーイ 13.ヒートウェイヴ 14.リリーの面影 15.アイ・キャン・シー・フォー・マイルズ 16.マジック・バス 17.ハッピー・ジャック 18.クイック・ワン 19.カブウェブズ&ストレンジ 20.スパークス 21.バーバラ・アン 22.ロード・ランナー 23.マイ・ジェネレーション 24.フー・アー・ユー 25.無法の世界 26.マイ・ジェネレーション 27.ロング・リブ・ロック 28.キッズ・アー・オールライト  完全にヒット曲集の趣がありまして、収録されていないのは『サマー・タイム・ブルース』くらいでしょうか。4や21で見られるようにカヴァー曲のセンスも素晴らしいです。ビートルズ海賊盤でよく聴かれる4、ビーチ・ボーイズ・ヴァージョンが有名な21ですが、ザ・フーの演奏も素晴らしいですね。  『マイ・ジェネレーション』は三回掛かるのですが、作品を通してみていくと、実はこの曲が彼らの他のナンバーとはかなり異質である事に気づきました。ザ・フーに対して持っているイメージは、アナーキーな感性と洗練された感覚が同居していて、しかも力強いというものなのですが、この曲には洗練というのは当てはまりません。初期ならではの、もっと強い生命力を感じるナンバーです。彼らのステージ上でのイメージに近い曲かも知れません。  ただ個人的には3、7、9、17、24、25、28のポップなナンバーのほうが気に入っています。あくまでも好みです。完成度が高く、しっかりとしたサウンドを聴かせるプロフェッショナルバンドの実力が理解できる曲目の選択です。ちなみに監修はバンドのベーシスト、ジョン・エントウィッスルが担当しました。  最近のドラマ・ファンならば、3と24につながる流れは『CSI』!を思い出させる内容ですね。アメリカのドラマなのに、イギリスのバンドのナンバーをテーマ曲に使うセンスも面白い。ライヴ映像もこのあたりの場面が充実していて、円熟した魅力と変わらない良さが同居しています。   構成がとても優れていて、ピート・タウンジェントとキース・ムーンを対比して描き出す事で、むしろピートの狂気の方が、キースのそれよりも際立つ結果になっています。冷静だが、眼に苛立ちを感じさせる陰性のピート、奔放に好き勝手にやってはいるが陽性で、人の良さと人懐っこさが画面からでもはっきりと解るキースの様子は興味深い。  また、サウンドとしてはジョンのベースの個性も際立っています。彼らとは反対に、本来バンドの顔であるはずの、ヴォーカリストであるロジャー・ダルトリーがほとんど好意的には描かれていません。監修にジョンが関わっていることと、バンドのリリースに関しての権限を持つ、ピート・タウンジェントの意向が働いているとしか思えない。   これだけ見ていると、ザ・フーに必要なのはピート、ジョン、そしてキースであって、ロジャーではないと断言しているような、ロジャーファンには受け入れられない内容かもしれません。ただ、歴史的に見ると価値のある作品です。『ウッドストック』や『ロックンロール・サーカス』の映像が挿入されたり、最後のライヴ映像がラスト・シーンにフューチャーされています。  ビートルズローリング・ストーンズレッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、そして最近ではクイーンらの陰に隠れがちではありますが、サウンドのセンスはクイーンなどとは比べられないくらい優れています。  もともとクイーンに関しては、70年代、80年代前半、つまりフレディ・マーキュリーの生前はあまり批評でも好評価は少なかったのが、わが国でも死後、急に褒めたたえるようになっている批評のあり方には疑問を持っています。『オペラ座の夜』や『ラジオ・ガガ』などを散々酷評した音楽誌が、何もなかったように好評価を与える現状は見苦しい。 総合評価 88点 キッズ・アー・オールライト ディレクターズ・カット完全版
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