良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『カサブランカ』(1942)ボギーほど煙草の煙とトレンチ・コートが似合う男は今もいない。

 ハンフリー・ボガートほど煙草の煙とトレンチ・コートやタキシードをかっこよく着こなす男は今もいない。無表情で、ダンディーで、しかも自然体のボギーは他のハリウッド・スターとは違う光を発している。一瞬だけギラギラ光るそれではなく、鈍いが存在を主張し続ける、いぶし銀のような安定したそれです。

 舞台をモロッコに設定しているのも、ハリウッドのセンスの良さを感じさせます。ヨーロッパはナチスとの殲滅戦の真っ最中で、アジアは日本との一騎打ちが熾烈を極めていました。となると、映画の製作舞台として活用できるのは本国アメリカ、南米大陸しかない。南米の情緒を嫌うならば、残された最後の場所はアフリカ大陸という事になります。

 しかし実際には、アフリカでもロンメル指揮下のドイツ軍と連合国軍は激戦を展開していました。アメリカ国民にとってはモロッコという土地柄は自分達の知らない、まさに異国情緒溢れる、メロドラマにはうってつけの場所だったのではないでしょうか。

 そして見たことも行ったことも無い人がほとんどのこの地に舞台を設定すれば、後はスタジオがすべてを円滑に進めてくれます。この作品はモロッコが舞台ではありますが、俳優達は誰もかの地には渡っていません。すべてはハリウッドが作り出したイリュージョンでした。

 ワーナーブラザースが制作した、モロッコの街並みのセットはまるで本当にその場所がモロッコであるような錯覚を与えます。誰も行ったことがないからこそ出来た、異国の街並みなのです。しかも全く違和感が無い。ハリウッドの底力はセットを見ても明らかです。

 作り込みがリアルで、広々としていて、しっかりしている。注目される事は皆無である事が明らかなセットに対しても、プライドを持って制作していく。ハリウッド関係者の映画への真摯な姿勢と愛情はこのような部分からでも感じ取る事が可能です。

 こうして出来上がった人工のモロッコを舞台にして、繰り広げられる戦時下の人間模様を描いたのが、この作品『カサブランカ』なのです。監督にはマイケル・カーチス、主演にはハンフリー・ボガート、ヒロインにイングリッド・バーグマンを迎えています。彼らも人を魅了する素晴らしい俳優ですが、この作品の凄みは脇を固めた俳優達にあります。

 ずる賢く立ち回るが根は良い警察署長を演じた、『透明人間』で有名なクロード・レインズフェラーリを演じた巨漢で、『マルタの鷹』にも出演したシドニー・グリーンストリート、『M』や『暗殺者の家』に出演した名優ピーター・ローレ、見事な黒人ピアニストを演じたドゥーリー・ウィルソンなど素晴らしい俳優たちがボギーとバーグマンを支えました。

 贅沢な布陣、最高の布陣といっても良い人々を得て、作品はより輝きを増していくはずでした。しかし素晴らしい作品には違いないのですが、なにか引っかかる部分があります。それはあまりにも劇的に演出しすぎてしまったことです。

 バーグマンに当てるシルキーな照明はまだしも、劇的効果を狙いすぎる、いかにもなズームからのクロース・アップなどの撮影方法と編集の仕方にたいしては、感情移入していくのを拒否する自分がいます。

 

 といってもこれがまずいからすべて駄目と言う訳ではなく、上手くやれば、もっと不朽の名作になりえたのに勿体無いというのが実際の印象です。音楽の用い方にははっきりとした目的を読み取ることができます。ライト・モチーフを意識した音作りと楽曲の選曲のセンスの良さがこの作品に名作となる権利を与えます。

 『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』、『ラ・マルセイユ』、そしてドゥーリーが歌う楽しい曲の数々は強く印象に残っています。歌のシーンには重要な意味を持つパートが多く、恋人を失う痛みを思い出させる『アズ・タイム~』、愛国心を復活させる『ラ・マルセイユ』の合唱、ジャズ・シンガーの良さを見せつけるドゥーリーの歌など感情に訴えかける楽曲が選択されていました。

 台詞の引用がこれほど多い作品も珍しい。素敵な台詞、カッコ良い台詞が次から次に出てきます。

    女  「夕べ何処にいたの?」

  

  ボギー 「そんな昔のことは覚えていない」

    女  「今夜会える?」

  ボギー 「そんな先のことはわからない」  (イヴォンヌに対して)

  ボギー 「君の瞳に乾杯!」         (バーグマンに対して)

  ルイ   「これは俺達の費用だ」  

  ボギー 「美しい友情の始まりだな」    (レインズに対して)

 全篇通して、洗練された台詞の良さには舌を巻きます。

 図形によるイメージ付けも多く見られ、十字架のイメージは全篇を覆っていました。指輪の形、ギターを弾く女の姿、オーロラの看板が作る影、格子戸、そして飛行機と運命と囚われの身であることを強調する演出がなされています。十字架と格子戸のイメージは数多く、影で表される格子戸、つまり捕縛されて自由が束縛されている様子が映像で語られます。

 十字架も運命のイメージなのですが、のちにジャンヌダルク役に固執するバーグマンにとっては民衆のために死ぬジャンヌと自身を重ね合わす事のできる、好みのイメージだったのではないでしょうか。

 ヴィシー政権に対する皮肉も一杯で、最初はヴィシーの壁画の目の前で、つまりフランスの目の前で市民が銃殺されます。そして最後のシーンではヴィシー水の前で、ナチが銃殺されます。警察(レインズ)は銃口を最初は民衆に向けていましたが、最後にはナチに向けます。

 

 実際には銃でナチを撃ったのはボギーなのですが、レインズの協力なしでは逮捕され、銃殺されるのは間違いないボギーを救ったのはレインズなので、こういう書き方をしています。

 フィルムノワールの雰囲気も湛えていて、監視塔からの照明を利用して作られた、暗がりの部屋のシーンは秀逸でした。甘ったるい演出とハードボイルドの演出を無理やり同居させるカーチスの演出には戸惑いもありますが、許容範囲ではあります。

 ズームによるクロース・アップとディゾルブを同時に使い、回想シーンへとなだれ込んでいく演出は劇的かつ効果的ではありますが、いかにもな感じもするので、あまり好みではありません。最も評価されるのは劇的な演出なのでしょうが、もっとも引っかかるのも劇的な演出です。

 興味深いツー・ショットがあります。ボギーとポール・ヘンリードが差し向かいで会話するシーンで、彼らはお互いに斜め後ろから撮られていて、しゃべる時には自分の顔と相手の頭が、聞く時には自分の頭と相手の顔が映像として繋がれています。

 立場の違い、環境の違い、状況の違いを映像が語っています。最後の方にはほぼ頭しか映っていなかったのが、顔の表情まで読み取れるようになってきます。これは彼ら二人が、根本では心が繋がっていることを示す。

 見終わったときの印象としては良く出来ているなあという印象です。飛行機に乗って、リスボンに渡るバーグマンたち、レジスタンスに身を投じるボギーたち。どちらも霧に包まれて作品を閉じる。先のことなんて何も分からない。ボギーの背中がそういっているような終わり方でした。

   

総合評価 75点

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