良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『大怪獣 バラン』(1958)ゴジラのスタッフが三流俳優を主役に使って製作したパロディー?

 おそらくほとんどの方が見たことも聞いたこともないような特撮怪獣映画、それがこの『大怪獣 バラン』です。何故忘れ去られてしまったのか。東宝からも見捨てられたような存在になっている哀れな怪獣がバランなのです。  1954年の『ゴジラ』を製作したスタッフが勢ぞろいして、再度ほとんど同じ物語と見た目でセルフカバーしてしまった失敗作がこの作品でした。ひねりも工夫も見られず、ただひたすら地味に製作されました。素朴すぎるので、怪獣映画ファンにも見向きもされない哀れな映画です。
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 監督に本多猪四郎、音楽に伊福部昭、特撮に円谷英二、製作に田中友幸、キャストに平田昭彦、土屋嘉男、田島義文、本間文子など東宝の作品で脇を固めるしっかりした俳優陣で作品を構築していくはずだったこの作品でしたが、主役の二人、野村浩三と園田あゆみがあまりにも地味で魅力の無い事が災いし、全く感情移入が出来ない作品になってしまいました。  主役二人が放つ地味さに影響されたためか、前述のスタッフ達にも緊張感がまるで見られず、やっつけ仕事の臭いがプンプンしています。なんというか適当に誤魔化している感じです。音楽もほとんどが『ゴジラ』のものを少々アレンジしただけで、いつものような伊福部マジックは皆無に等しい。声楽つきの楽曲があるのは珍しく思いますが、それだけでは苦しい。
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 本田監督の演出もキレが無く、『ゴジラ』の焼き直しのようなミザンセヌをあまりにも多く使用していて、閉口させられます。円谷英二も同様で、今回は都市部破壊は無く、山村や山中のロッジを壊すばかりなので、見せ所がほとんどありません。怪獣が、農村の民家を壊したってなにも興奮しませんし、弱いものいじめにしか見えません。  怪獣というのは本来、普段の社会生活で押し込められている被支配層や生存にかかわる恐怖心のメタファーであり、その代表である怪獣が、支配者層へ打撃を加えるような象徴的な建築物を破壊してこそ、魅力が生まれるのです。  国会議事堂を破壊したゴジラ、東京タワーを我が物にしたモスラ、都庁を破壊したキングギドラエンパイアステートビルに登り、空軍と交戦したキングコングなど現体制と戦って、敵わないまでも打撃を与えてこその存在なのです。  象徴的な建築物を破壊しないバランにはそもそも語り継がれるチャンスが与えられていないのです。バランの悲劇は主役二人の魅力の無さだけではなく、演出での怪獣に対する配慮の無さが生み出したものなのです。  設定もあまりにもいい加減で、戦後10年以上経った1958年に、東北地方を「秘境」と言い切ってしまう台詞や舞台の構成には失笑しかありません。狭い湖に一匹だけで生活しているバランという設定もでたらめで、ネス湖伝説にヒントを得て、製作したのかもしれません。  シリアスに馬鹿話を進める感じが良いといえば良いと言えないこともないのですが、冷静になっていく自分を自覚している作品でした。音響の使い方で、鶯やコジュケイの鳴き声を取り入れて、バランの鳴き声との対比を狙うという演出は優れているとは思いました。
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 音響には優れた点が数多くあり、バランが森を破壊していくシーンで、歩きながら木々を倒す時に出る、木が裂ける音などは素晴らしい音の使い方をしていました。  しかし怪獣映画において、ヒーローはともかく、ヒロインに全く魅力がないというのは致命的な欠陥です。柱がないのにビルを建てているような感じでした。ヒーロー、ヒロインが存在しない群像劇のような怪獣映画をはじめて見たのかもしれません。  さらに地味に物語を展開させてしまったのはほかならぬバランでした。彼は実力はあるのです。飛行能力を持ち、水中生活をし、肉食動物で、陸上でも活動できる。こんな生物は実際にはタガメしか思いつきません。タガメがもっと巨大で、知能が狐並みにあったとすれば、世界が変わっていたかもしれません。
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 それはともかく、バランはもっと評価されて良い怪獣なのですが、彼は四足歩行をしてしまうのです。しかも今回登場するのはバランだけです。ただ一匹なのにもかかわらず、身長を低く見せてしまう四足歩行を強制した監督の演出には疑問を持ちました。  ローアングルで見上げてこそ、はじめて怪獣の恐ろしさが表現できるのではないか。せっかくのモノクロというノワールな画面を選択しているにのに、恐怖や不気味さが描かれていません。  唯一その角度を使用したのは主人公カップルが追い詰められて、岩山に逃げるシーンで、岩の裂け目に避難する彼らを執拗に追い詰めるバランの顔を、主人公達の主観ショットを用いてクロースアップにするところくらいでした。  自衛隊との格闘になるのは評価してよいところではありますが、湖で眠っていて、危害を与えないバランに対して、わざわざバルサンのような水を汚染する兵器を使い、怒らせてから対戦するという発想には呆れます。最大限の火力を用いますが、歯が立たない無力な自衛隊でした。  そして最終兵器を持参してくるのはまたまた平田昭彦で、彼は怪獣ハンターの称号をもらってよい。ここまで見事にカバーされると、文句も出ません。もともとゴジラを製作した人たちが同じ会社からカバーを出すのですから、著作権も関係ありません。  ただ見終わっても残る引っかかりを消す事はできません。 総合評価 39点 大怪獣バラン
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