良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(1985)ミッキー・ロークの出世作だが、記憶に残るのは...

 マイケル・チミノ監督が名声を不動のものとしたはずだったのが『ディア・ハンター』、そしてチャップリン、グリフィス、フェアバンクス、メアリー・ピックフォードらが設立した老舗配給会社、ユナイテッド・アーティスツ(UA)を壊滅に追いやったのが『天国の門』でした。

 この作品の大失敗の後、ハリウッドの関係者にしてみれば、彼に制作を任せるというのはまさに大博打だったのではなかろうか。またファンにしても愛着のあったUAをたった一本の駄作で沈めてしまった大馬鹿者を許すには時間が必要だったのです。

 その意味での空白の4年間という年月はマイケル・チミノ監督にとっては汚名挽回するには長すぎた時間だったかもしれないが、ファンにとってはまだ早すぎたのではないだろうか。

 そのような経緯があってから製作されたのが、この『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』であり、マイケル・チミノ作品にしては俳優陣がかなり弱い。ミッキー・ロークにしろ、ジョン・ローンにしろ駆け出しにすぎず、有名スターは誰一人出演をしていない。

 これに出演して、もしまたチミノが大失敗をしでかしたら、自分自身の俳優としてのキャリアに汚点を残す恐れがあるために、大物達は皆出演を控えたのではないだろうか。哀しい気もしますが、役者にとっても出演作品は大切なので、二の足を踏んだとしてもそれを責めることはできない。

 彼らとは反対に、チャンスを掴もうとするものたちにとってはチミノの名前は輝かしいものだったに違いない。もし『天国の門』が大当たりはしなくても、そこそこ稼いでいたならば、ミッキー・ローク主演、ジョン・ローン共演でマイケル・チミノが映画製作をする可能性は皆無だったに違いない。

 ミッキー・ロークジョン・ローンともにこの作品がなかったとしたら、同じようにスターへの階段を駆け上っていたとは考えにくい。マイケル・チミノという名前があればこそ、映画関係者や批評家達が復帰第一作目として注目して観るのがこの作品の位置付けです。

 その作品に出演しているロークやローンにとっても、批評家や関係者に観られる機会に恵まれるわけですから、その意味を自覚して、どれだけ頑張ったかは誰にでも容易に想像がつきます。

 そして彼ら以上に、その存在価値を再び世に知らしめる必要があったのは他でもないチミノ監督でした。彼が持っている全てを賭けねば、汚名を雪ぐことはかなわない。では彼は周囲を黙らせるほどの作品を今回製作出来たのであろうか。

 この作品には冒頭で、二つの暗殺シーンがある。まず一つ目はチャイニーズ・マフィアの大ボスがチンピラに刺されて死ぬシーン。チンピラが大物に背後から近寄り、彼に耳打ちした後に唐突に刺し殺す様子を後ろから撮ったショットで捉え、刺した後に、今度は前から彼らを撮ったショットをインサートし、彼の胸に突き立てられたナイフを見せる。

 このシーンでは、二つのショットを割ったため、本来電光石火で暗殺したはずのこのシーンから素早さが消え、時間の流れが止まったような印象を与えてしまう。時間を止める事は感情の流れを止めてしまう事になる。オープニング・シークエンスで時間を止めてしまうのは、このような犯罪映画というジャンルでは致命的である。

 つぎにイタリア系マフィアを後ろ盾に持つ麻薬の売人を始末するシーン。中国系のチンピラが銃を突きつけて、イタリア系売人を撃ち殺す。このときカメラはチンピラの視点での銃撃の様子を捉える。この瞬間での映画の主導権はチンピラにある。ここまでは良い。しかしこの後に、どうも首をかしげる演出をチミノが施す。

 撃たれて死んだ売人の視点で、チンピラを捉えるショットがあるのです。死ぬ前ならば全く問題はないのですが、死んだ後に、果たして死者の視点が必要だったのか。ホラー映画であるならば、問題はありません。あとで復活したりする事も多いのがホラーです。しかしこれはギャング映画なのです。死者の復活はありえない。

 この冒頭の二つの殺しのシーンを見るだけでも、「チミノ衰えたり。」の印象を強く持ちました。これを撮ったのが新人監督であるならば、特に問題にもしません。しかし監督はマイケル・チミノなのです。撮影自体はカメラマンが行うので、監督は関係ないとは言えません。

 現場監督として、作品の見た目の全てに責任があるのが監督であり、それがために皆は監督を作品の代表者としてクレジットします。上手くいった時の栄誉は大きなものですが、失敗した時には全ての責任を被せられる、というリスクも付きまといます。

 いくら分業が進んでいるハリウッドでも、大事な復帰作品の試写や編集に立ち会わなかったとは思えないので、彼がこれを観た上で、作品にゴー・サインを出したのか、それともそんなことすら言えない状況にあったのかは関係者以外にはわかりません。

 首をかしげるシーンはまだまだ続きました。作品中に何度か入るストップモーションの無意味さには言葉を失いそうになります。場面転換にストップモーションを持ってくることも無いわけではないのですが、それはフラッシュバックから現在に戻る時など時間の経過がある場合やラスト・シーンで使われるのが普通です。

 特に意味のないストップ・モーションは先ほども書いたように作品の流れを止めてしまうだけでなく、観客を作品世界から蹴り出してしまうのと同じです。何故このような摩訶不思議な演出を行ったのか。チミノの迷走はまだまだ続くようでした。

 ハリウッド映画で悪役といえば、現代劇なら黒人かイタリア系、スパイや政治物ならロシア人、戦争物なら日本人かドイツ人だったのが、ここでは中国人が悪役となっています。アメリカ社会に中国人が浸透してきた証拠ではないでしょうか。

 現代劇でもアジア系が出演しだしたり、通行人として違和感なくスクリーンに登場し始めたのが80年代後半からでした。日本人はみんな眼鏡で、いつもカメラを持って、買い物しまくるというイメージが全世界にばら撒かれていた頃、中国人はすでに悪役として描かれるほどアメリカに食い込んでいたのでしょう。

 浅い付き合いしか出来ずに裏社会すら作れなかった日系社会と、社会の裏に入り込んで闇からアメリカ社会で一定の居場所を得た、華僑の違いだろうか。はたまたアメリカ人としてしっかりと根付いたイタリア系住民への配慮だろうか。イタリアン・マフィアとの対決を匂わせながら、まったく彼らとの抗争を描かなかったのはストーリー上の致命傷です。

 華僑の裏社会対イタリアン・マフィアとの全面抗争に、警察を絡ませた三つ巴の構図に持っていったならば、より緊迫感のある作品になっていたのかもしれません。新世代華僑対薄汚れた警官ではいかにもスケールが小さい。

 登場人物にはスタイリッシュな新世代華僑を演じたジョン・ローンがいて、執拗に中国裏社会を壊滅させようとする頑固で利己的な警部ロークがいました。彼らにイタリア系のマフィアを代表する俳優を絡めて、作品を構築していれば、表層的な表現に止まらない迫力を出せたのではないだろうか。女性報道キャスターとのラブ・ロマンスなど硬派の作品には必要なかったのです。

 しかし脚本が選択したのは悪役を中国人に集約することで、物語を単純化する方法でした。そこで描かれる中国裏社会も目新しさはなく、イタリアン・マフィアの役をただ単に中国人に演じさせただけのように思えました。

 この映画の場合、それはそれで良いのですが、チミノならば、これらの要素を併せて、もっと素晴らしい作品に仕上げられたはずです。ギャング映画としても警察物としても中途半端な印象があります。

 演技面で印象に強く残ったのはミッキー・ロークジョン・ローンでした。特に素晴らしかったのは共演俳優であるジョン・ローンでした。ミッキーにしてもここで演じた利己的で視野の狭い警部の役はハマリ役で、これ以上の役柄にはついぞ巡り会えませんでした。

 ローンについては、のちに『ラスト・エンペラー』で彼を見たときに、すぐにこの映画での彼を思い出しました。反対にミッキー・ロークを『エンジェル・ハート』で見かけたときには「あれ?ミッキーって、落ちたかな?」という程度でした。

 『ラスト・エンペラー』へ繋げていく意味においても、ジョンにとっては重要な位置付けとなる作品でした。英語が出来て、高貴なイメージを持つ彼をベルトリッチ監督が選択したのは正解だったと思いますが、これがなかったら、はたして呼ばれたであろうか。

 ローンについてはいったん置いといて、チミノ演出の不自然さはさらに続きます。タイの大ボスに会いに行くシーンで掛かる不自然に壮大な音楽には違和感がありました。映像と音が合っていない。このときに映し出される住民の多さも異常で、現実味が全く無い。

 ラスト・シーンでの、ローンの葬式で暴れた挙句に、霊前でキスをするロークたち。まるっきり現実味がなく、がっかりしていたところにさらに被さってくるストップ・モーション。そこへさらに被せられる中国演歌。「倍率ドン!さらに倍!」という感じの悪夢のような終わり方でした。

 厳しい事ばかりを書き連ねてきましたが、良い部分も沢山あったのです。落ち着いた照明が作り出す独特の世界観、中華街の喧騒が醸しだすオリエンタル・ムード、ジョン・ローンの素晴らしい演技など見るべきところはあるのです。ミッキー・ロークにしても、この作品が今となってみれば、代表作品と言わざるを得ない。90年代初頭からの転落は何か物寂しい。

 ジョン・ローンにしろ、ミッキー・ロークにしろ90年代初頭を最後に、徐々にスポット・ライトから消えていきました。『シン・シティ』で復活を遂げたように言われているロークですが、昔を知る人が観れば、可哀相になってくるのではないでしょうか。

 しかしそれは後の話であり、当時はこの作品での活躍により、ハリウッド・スター街道を突き進んで行く真っ只中のローンとロークの夢物語を彼らとともに味わえます。新鮮な魅力、これから夢を掴もうとしている男たちの熱気は十分に感じます。

総合評価 65点

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