良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『大アマゾンの半魚人』(1954)ユニバーサル・モンスター映画の中でも人気の高い作品。

 アマゾン奥地で見つけた謎の化石が発端となって、かの地へ探索へ出かけた科学者たちが、未開地の奥にある黒い入り江で未知の怪物に遭遇し、恐怖の体験をするというお話です。この『大アマゾンの半魚人』は数あるユニバーサル・モンスター映画のなかでも屈指の人気を誇り、いまでも輝き続ける作品なのです。    その理由は美しい映像にあります。この作品においては単なるモンスター映画の枠を超えた映像の美しさと撮影技法に工夫が随所に見られ、このジャンルのファンでない方が見ても、十分にその素晴らしさを理解できるからではないでしょうか。  とりわけ水の描写は群を抜いた神秘的な美しさであり、なかなかこれを超える質感と雰囲気には出会えません。ブラック・ラグーン(黒い入り江)と原住民に恐れられる行き止まりとなっている水域の黒光りする美しいが一種異様な雰囲気を持つ水面での表現はとても綺麗でした。この黒い鏡のような水面に映えるアマゾンのジャングルの植物と煌く陽光はこれから始まる恐怖の物語を予感させる気味の悪さがあります。  そしてなによりも美しく、強く印象に残るのが水中での映像の美しさであり、それは言葉に表すのも難しいほどのレベルの高さです。アマゾンの陽光が燦々と降り注ぐ水中映像は見なければその美しさを分からない。水面、水中での揺らめきと日光が柱のように降り注ぎ、光の乱反射が織り成す映像美はB級ホラー映画の範疇ではない。  また素晴らしいのは半魚人の特殊スーツの質感と彼の自然な水中での運動です。呼吸する時の顔の表情とヌルヌルした粘着のある目に加え、魚鱗や爪の与える鋭利なフォルムはリアリティがあります。  水中アクションが多い半魚人が主役というのは特殊撮影には大きすぎるハンデキャップを背負わされていますが、見事にそれを克服し、特撮映画史上でも重要な位置を占める作品に仕上げられました。  水中シーンでの半魚人からは呼吸によって生じるはずの泡があまり目立つほど出てこない。ボンベを背負っているようには見えませんので、考えられる酸素補給方法は透明チュウブを使って水中の半魚人へ酸素を送り込むか、リア・プロジェクションを使ってカメラの回転と俳優のワイアー・ワークを組み合わせて撮影するか、顔か背中もしくは身体の中に小型の酸素ボンベを仕込んでおいて撮影に臨んだのか、色々と興味は尽きません。  短いショットのつながりで水中シーンが表現されていたのならば、危険な素潜り撮影を繰り返して、纏め上げる方法もあるにはあります。しかしこの水中シーンはどうみても長回し撮影にしか見えないのです。あのように自由自在に水中で動き回り、泳ぎ回るには大変な工夫が必要だったのではないでしょうか。一体どうやったんでしょう。  苦心して撮ったシーンが多かったためか、かなり多くのシーンを水中での科学者と半魚人との攻防に割いています。呼吸で生じる泡の音のみでほとんど無音に近い水中シーンは恐ろしく薄気味悪く、神秘的でもありました。女性科学者役のジュリア・アダムス(めちゃくちゃ綺麗な女優さんです!)がブラック・ラグーンで退屈しのぎに泳ぐ時に、彼女を執拗に水中から狙い続け、彼女を拉致しようとする半魚人の動きはサスペンスに満ちていてドキドキします。  彼女は水面下で蠢く半魚人にまったく気付いてはいないが、半魚人から一方的に狙われているというアンフェアな状態はかなり長い間続き、観客をドギマギさせてくれます。観客には彼女よりも多くの情報が与えられているのです。  映画を見るときの観客の視点は覗き見の視点だけではなく、神の視点をも与えられているのです。監督を務めたジャック・アーノルドは焦らしのテクニックを熟知しており、撮影もストーリー展開も焦らせて焦らせてはぐらかしていく。  水面を泳ぐ美しいジュリアのすぐ1メートル下には、醜い半魚人がいまにも彼女を毒牙に掻けようとする。シンクロナイズド・スイミングのように水面や水中を美しく泳ぎ回るジュリアは天使のように美しい。  音楽も忘れがたい。半魚人が近づいていることを示すライト・モチーフの的確な効果、アマゾンの大自然の中での鳥獣たちの鳴き声や草叢を駆ける不気味な動きなどは環境を見事に活かしきっています。  むかしむかし今から30年位前に観た時にはたしか入り江の真ん中で、ひとりでボートに乗っている女性が不安げにじっとしていると、水中から半魚人が襲い掛かり、彼女を水中へ引きずり込んでいくというシーンを覚えていたのですが、今回見たときにはそのようなシーンはありませんでした。違う映画だったんでしょうか。なんせ30年以上だから記憶も曖昧ではあります。  この作品も多くのアメリカ映画と同じ構図が出てきます。切り開かれていない未開の自然を悪として捉え、未開地の先住民を悪として捉える。その反対に開拓者を正義もしくは夢を体現する善玉として位置づける。  「自分の都合のみを押し通そうとする侵略者」対「静かに暮らしていた先住民」という本来の構図を侵略者からの視点のみで語っていく様子は実際に欧米諸国が南米大陸で行なっていたこととなんら変わりがない。科学、ビジネス、自分たちの宗教と価値観を押し付けるためなら、他者の都合などはまったく考えないという手前勝手で独善的な姿勢です。 総合評価 85点 大アマゾンの半魚人 (初回限定生産)
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