良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『スネーク・アイズ』(1998)ブライアン・デ・パルマ監督の個性を見るには良いサンプルです。

 ブライアン・デ・パルマ監督作品というと、常にそれを支持する人と酷評する人とが真っ二つに分かれる珍しい作品が多い。『ミッドナイト・クロス』『殺しのドレス』『ミッション・イン・ポッシブル』『カリートの道』などは絶賛されたが、『ファム・ファタール』『ミッション・トゥ・マーズ』そして今回採りあげた『スネーク・アイズ』などはこき下ろされた作品群と言えます。  しかし監督の個性が出てくるのはむしろ興行的・批評的には失敗してしまった作品に多いような印象があります。例えばヒッチコック監督の興行的な失敗作は『ハリーの災難』でしたが、ファンの目で見ると、ほのぼのと映画撮影を楽しんでいるヒッチ先生を感じるだけでも十分に嬉しい。  デ・パルマ監督にも当てはまるようで、大きな予算を掛けられなかったこの作品では彼のやりたい放題のカメラ・フェチ振りを存分に楽しめます。なんといっても今回最もマニアックなファンを喜ばせたのは、ボクシング試合と暗殺事件を捉えた十数分以上に及ぶオープニングでの長回し撮影に尽きます。  大きな空間であるスタジアムという特性を活かした長回しの巧みさには舌を巻きます。14000人を超える圧倒的多数の群衆を使いつつ、見事に映像を作り上げていく手腕の凄さは凡庸な監督に纏められるものではない。  しかしながら欲を言えば、あれだけの人数を集めたのだからもっと迫力のある逃げ出し方を含めたパニック映像として演出して欲しかった。14000人ものアメリカ人がおとなしく何時間も黙って、警察の捜査の進行を待っているわけがないので、よりリアルな演出が必要だったのではないだろうか。  ストーリーがいまいちなのだから、演出と撮影で押し切ってもよかったのではないかと思いました。脚本が破綻しているので名作にはなりえませんが、フィルムとしての価値を上げるにはさらなる迫力があるモブシーンは必要不可欠だったのではなかろうか。  ズーム、ローアングル、クロース・アップ、パンを上手く選択しながら、ステディカムを駆使するスタッフの技量があってこその撮影方法ではありますが、これほど一気に撮影されたものを見るとさすがに驚嘆してしまいました。動き回っているのに極端な手振れ映像のような見苦しいカメラワークは一切なく、劇場の大画面で観れば、さらにゾクゾクしてくるようなカメラの緊張感を楽しめます。  俯瞰映像とクロース・アップのバランス、モブ・シーンの迫力、編集の巧みさ、ローアングルが持つ威圧感、リング外を一周するカメラの動線の持って行き方などは圧巻でした。しかもスマートにやり遂げています。あの緊張感は長回しならではの効果だったのではないだろうか。    冒頭の十数分の映像を見るだけで、個人的には元が取れたかなあという感覚に襲われてしまいました。この映画はサスペンスの形態を採ってはいますが、見所はカメラワークなのです。薄っぺらいストーリー構成に文句を言いたくなる方も多いとは思いますが、映画というのはストーリーだけで全てを肯定したり、全てを否定できるような単純な芸術形態ではありません。  話が単純なのは誰が見ても明らかです。ボクシングの八百長試合と政府の要人暗殺という一見何の関係もないと思われる事件が同時に同じ場所で起こり、警護責任者役を演じたゲーリーシニーズと悪徳はみだし刑事役(二人は親友同志だという設定)のニコラス・ケイジが事件解決に当たるが、二つの事件が絡み合い事件の真相は意外なところに向かっていくというようなありふれたストーリー展開です。  凝りまくったデ・パルマ監督のカメラワークがなかったら、まったく箸にも棒にも引っかからないほどありふれています。ホテルの各部屋の天井をぶち抜き、天井からの俯瞰映像で各部屋で起こっている出来事をカットを割らずに撮影していったり、壁をぶち抜いて同じように各部屋の様子を見せるというようなフェチな映像が続々と出てきます。  『悪魔のシスター』『殺しのドレス』などで成功を収めた分割画面の多用もデ・パルマ監督らしい映像表現でした。双眼鏡で覗く映像がアイリスインを二つ合わせたようになっているのは洒落でしょうか。  ヒッチコック監督へのオマージュも忘れてはいません。螺旋階段の上から見下ろす『めまい』の演出をここでも披露していました。  カメラの撮り方と脚本のためなのか、ごく初期段階のうちから誰が犯人なのかが判ってしまう構成の拙さからミステリー解明の興味を急速に失ってしまった観客も多かったであろう映画でもありました。  チープな脚本だったから敢えてデ・パルマ監督が犯人探しのミステリー物にするよりも、親友だと思っていた人物から裏切られる役を演じたケイジがいつになったら真実に気付くかというサスペンス映画として楽しめば、とくに批判を浴びるほど酷い作品だったとは思えない。  そもそもゲーリーシニーズが出てきた段階で、ニコラス・ケイジと彼を比べれば、どちらが悪投役かを見極めるのは難しくはない。バレバレのキャスティングにも再考の余地があったのかもしれません。それとニコラス・ケイジと黒人ボクサーとの会話には大笑いしました。      ニコラス「俺を覚えているかい?」      ボクサー「いいや。」      ニコラス「昔は長髪だったからなあ」(笑い)                『ペギー・スーの結婚』あたりでしょうかね。        主要人物たちによるフラッシュバックが見せ場でもあります。冒頭のボクシング試合の開始からKOシーン、それと同時に起こった要人暗殺の場面を角度と各々の人物の視点から見直していくと意外な真実が見えてくる。  酷評ばかりで評価の低い作品ではありますが、個人的にはデ・パルマ監督らしさが出ている佳作であると思います。彼の映画監督としての映像の個性と好みを見るには良いサンプルではないでしょうか。   ちなみに「スネークアイズ」とはゾロ目のことで、ギャンブル用語では「親の総取り」を表すようです。この映画では「親」は事件を解決するケイジかと思われましたが、ジョン・ハードが演じた悪徳兵器製造業者パウエルだとするのが正しい判断です。  結局勝つのは悪の親玉であり、政治力のない正義が勝てるのはせいぜい敵組織の末端にたいしてだけであるというかなりの皮肉を込めたエンディングを迎えます。このへんも含めてデ・パルマ監督らしい。 総合評価 70点 スネーク・アイズ
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