良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『殺人狂時代』(1967)岡本喜八が放った傑作ブラック・コメディ。見るべし!

 会社の枠に収まりきらない映画人の一人、岡本喜八監督が1967年に製作した傑作ブラック・コメディがこの 『殺人狂時代』です。喜劇王チャーリー・チャップリンの名作『殺人狂時代』があるために、単なる模倣かと思われる方もいるかもしれませんが、これはまったくの別物の映画です。  何故このようなタイトルをつけたのかは分かりません。ただ出来上がった作品は上々の出来栄えでした。かなり際どい台詞とシチュエーション、シュールなセットと構図、サイケデリックなイメージなどに満ちた異色作なのです。当時の邦画の常識を覆すような映像表現の宝庫を堪能したい。切れ味が鋭いというよりは色々な意味で「キレて」います。  ヨーロッパのアート・フィルムと娯楽性たっぷりのアメリカ映画が程よくブレンドされた、まさにこれこそをコメディと呼ぶに相応しい内容を持つ作品ではないでしょうか。なにをもって素晴らしいコメディとするかといえば難しいところではあります。  映画全体の中で、悲惨な部分を7割と笑いの部分を2割くらいにすることでメリハリを付け、そして残りの1割に作家の主張を入れること、つまり毒気があるかないかが重要なのではなかろうか。多くの岡本喜八作品には悲惨な要素と喜劇的な要素がしっかりとブレンドされている。それに監督の匂い、つまり毒気が融合されると独特の味が出てくる。  こうした観点で見ると優れたコメディとはルイス・ブニュエル監督の『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』やチャーリー・チャップリン監督の一連の傑作群のような映画を指します。ただ笑わせる映画などは見たくはありません。お説教じみていて辛気臭いのも嫌ですが、中身の無いものもダメです。  60年代の邦画の状況というと、日活で『殺しの烙印』(1967)を撮ったあとの鈴木清順監督は難しい映画を作るからという理由で馘首騒動にまで発展しました。大島渚監督は『日本の夜と霧』(1960)が公開打ち切りになったあとに絶望を感じたためか松竹を退社しました。  また映像へのこだわりが強く、名作を撮るがお金と時間が掛かり過ぎるからという理由で、黒澤明監督が東宝から半強制的に退社させられ、共同製作事務所の黒澤プロを立ち上げました。  三船敏郎三船プロを設立しました。このように制作者たちが手かせ足かせをはめられて、徐々に制作の自由を奪われていくなかで、映画という庶民の娯楽そのものが急速に崩壊し始め、TVに娯楽の王者の座を奪われていきました。  この奇抜な岡本喜八監督作品が公開されたのは、このように落ち目に向かってまっしぐらの時代でした。日頃から溜め込んでいたストレスやエネルギーが一気に爆発したこの『殺人狂時代』は大島監督や鈴木監督に負けないアナーキーなアートと娯楽の融合に成功した稀な作品に仕上がりました。  ただこの作品を発表した翌年には岡本監督も一時は我が家であったはずの東宝から離れざるを得ませんでした。独特の映像美とアイデア、骨太の精神と喜劇嗜好をもっている素晴らしい作家であった彼でさえも映画界の斜陽に巻き込まれていたのです。  さて、それでは次に作品について語っていきます。精神病の隔離病棟を舞台にして始まる奇妙な作品です。いきなり頭を叩かれるような、かなり前衛的な作風ではあるが、娯楽作品としてもきちんと機能しています。  真っ白な背景の前で行われる天本英世とドイツ人とのドイツ語で交わされる会話はドイツ表現主義やシュールなヨーロッパ映画を髣髴とさせる。アニメーション映像を大胆に使ったオープニングも印象深い。  配役では岡本組といえばこのひと、という天本英世が今作品でも圧倒的な存在感を示しています。ドイツ語をしゃべる殺人結社の指導者であり、科学者?でもあるドクトル・マブゼのような役柄を楽しそうに演じていました。  主役には仲代達矢を迎え、ヒロインにも団令子を起用し、演技面も万全の体制を敷いております。とぼけた仲代を見るのも意外性があり、楽しめました。その他、彼らを助ける役で砂塚秀夫が登場します。  仲代を付け狙う殺し屋達は富永美沙子(義眼から弾丸を発射する女殺し屋)、久野征四郎 (松葉杖の殺し屋)、偽自衛隊の殺し屋達(大前亘、伊吹新、長谷川弘、二瓶正也)、沢村いき雄ら10人以上の殺し屋達が登場します。  彼らがとても個性的で、「仕事人」シリーズの現代版のような殺し屋たちの必殺技を眺めているだけでも楽しい。二枚のトランプの間に剃刀を仕込み、それを投げつけて殺害する殺し屋もいました。  映画としての表現も個性的で、肉を解体する料理人を画面前におき、主役達を背景で会話させる試みはもしかするとこの料理人も殺し屋なのかと疑わせる。結果としては全く関係も無い、本筋にもなんら関係してこない映像からは岡本監督の遊び心というか、このようなサスペンス効果も岡本監督らしい悪戯なのであろう。  見ているとすべての画面がどことなく不自然に歪んでいたり、構図がアンバランスになっているように思える。当時の最先端であったサイケデリックな感覚を配置した図形イメージは洒落ていて、シュールな雰囲気と合っている。  『イージー・ライダー』的なフリー・セックスの雰囲気も作品中にちりばめられていて、まさにこれは60年代という時代の雰囲気を切り取った映画だったのだとあらためて再認識します。  音の使い方も優れています。長年、岡本作品の劇中音楽を務めている佐藤勝はもちろん今回も作品に関わっています。また音響に興味深いシーンがありました。それはバーの喧騒の中で、緊迫感を煽るために音を消し、オフ状態で仲代と砂塚が善後策を練る部分です。  戦争映画で名を上げた岡本監督作品らしく、殺し屋団との決戦シーンでは迫力あるトーチカ爆破やラストでのTNT(花火)爆破の豪華さなど火力を豪快に使用しているのも彼の個性を感じました。  全てにおいて型にはまらない、この自由な実験作品を作り上げた映画人が岡本喜八監督です。彼の作品は他に『独立愚連隊』『独立愚連隊 西へ』『ああ爆弾』『肉弾』『戦国野郎』『大誘拐』『日本のいちばん長い日』など多種多様な作品があり、しかもそれぞれが魅力溢れる映画です。見ないと損をする作品がたくさんあります。 総合評価 82点 殺人狂時代
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