良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『美女と液体人間』(1958)東宝怪奇人間シリーズの一本。暗闇と下水道を舞台にする異色作。

 冒頭にカラーで映し出される原爆実験映像が鮮烈な印象を放つ東宝怪奇人間シリーズのうちの一本で監督は本多猪四郎、特撮は円谷英二、出演俳優は本田組の常連である平田昭彦、土屋嘉男、佐原健二、田島義文が作品を固めている。  彼らに加えて佐藤允千田是也小沢栄太郎を揃え、そしてヒロイン役には白川由美を迎えて万全の体制をとっている。唯一画龍点睛を欠くのは音楽が伊福部昭ではなく、佐藤勝であることです。  もちろん佐藤勝も才能がある人ですが、特撮映画においては伊福部昭の右に出る者はいないというのが東宝特撮映画ファンとしての偽らざる思いです。先に述べた冒頭の核実験映像の後に被さってくるオープニング・テーマがどうもしっくりこないのです。  この時に掛かるテーマは結構勇ましく、どちらかといえば主人公が悪党をやっつけたり、追いかけたりする時にマッチするような音楽だったのです。この曲の後に続く不気味な音楽(液体人間のライト・モチーフ)も、なんだか横山ホット・ブラザースのノコギリで奏でられる「おーまーえーはーアーホーか~~」のように聴こえてしまい、どうにも締まりません。  キャバレー・シーンでのジャズ・ヴォーカルや演奏とエロチックなショーの様子は退廃的な大人ムードがたっぷりで、古臭さを全く感じさせない良い音楽と踊りが付いているので一層オープニングが悔やまれます。不気味なライト・モチーフのほうはその後も、登場を告げる前振りとして機能していました。  役者で良いのは佐原健二佐藤允の好対照なキャラクターと彼らの間に入る刑事役の平田昭彦と土屋嘉男、主戦級4人の「顔」そのものであり、佐藤と佐原が正反対な役柄であるにもかかわらず、一人の女性(白川)を奪い合うという設定が興味深い。佐藤允の悪役は見事でさすが岡本組の看板俳優だなあと思いました。  東宝特撮映画での役者といえば平田、佐原、土屋、そして今回は出ていませんが宝田明かなあと感じています。この時の白川が妙に艶めかしく、ヒッチ映画にも出れそうなくらいセクシーな印象を残しています。  彼女の役をもし水野久美がやっていれば、もっとおどろおどろしくなっていたでしょうが、そうなっていたならば違ったストーリー展開も必要だったのかもしれません。そういう意味ではこのストーリーならば、白川で正解でしょう。  下水道、雨樋、道路の溝などの映像が頻繁にインサートされているが、序盤は何故こういったものをわざわざ挿入してくるのかに戸惑うかもしれません。しかしこれがすべて後半への布石であり、怪物の正体を読み解くヒントになってきます。  事の発端となる遭難した漁船を探索する夜の暗闇でのシーンは撮影に苦労したことでしょう。ほとんど灯りのないところで撮ったと思われる苦心の映像は実に効果的で、恐怖を倍増させることに貢献しています。引きのカメラで漁船から遠ざかっていくときに、恨めしそうに立ち上がる液体人間の様子は不気味でした。  また液体人間が船内で不気味な姿を現す様子が出てきますが、ここはずっとスライム状態のままで最後まで通しても良かったのではないでしょうか。怪物のような姿を現すシーンは必要とも思えません。なんせタイトルは液体人間なのですから、固体としての造形は余計なものに感じました。  素晴らしいのは最初から姿を見せず、30分以上経ってからドロドロした液状の身体を出現させるストーリー展開です。最初から正体が分かってしまうと恐怖は薄れてしまい、観客の飽きが来てしまいますが、この時間での登場ならば、強引に力技でラストまで持っていけます。  撮影自体は特撮の出番が非常に多く、しかも本編がしっかりと作られているので、いまでも十分に鑑賞に耐えます。溶ける人間は風船を胴体に入れて着衣に厚みを出し、エア抜きをしながら反対にドロドロの液体を流し込んで行ったそうです。立っている人の場合はこのやり方に加えて、ピアノ線で吊っていて解けるのに合わせて徐々に倒していったと言う。  踊り子の部屋にドロドロの液体人間が壁から伝わってきて、ボーイをドロドロに溶かしてから一気に彼女にも襲い掛かるというシーンでは可動性を持つ、土台が丸いセット(つまり鉢形)を組み、そこにカメラが用意して、ミニチュアの部屋のセットとカメラを回転させ、液体を隙間から流していって、液体を持って行きたいところにセットとカメラを動かして誘導していくという離れ業を見せました。  このトリックを知らない時はどうやってあんなドロドロした液体を自由自在に操ったのか不思議でしたが、特撮の円谷ならではの、こういった工夫があったのです。ちなみにあのドロドロの正体は化粧品の原材料に使用する海藻だそうです。それをぬるま湯で溶かしたのが液体人間なのです。あの緑色に妖しく輝く液体人間の正体が海藻というのも可笑しい。  ほとんどの撮影はオープン・セットとセットで行われました。黒澤映画ファンとして嬉しいのは下水道セットが『酔いどれ天使』で使用されたものを上手く再利用して作られたものであるということです。このオープン・セットは都合三回も東宝映画の役に立ったのです。  暗闇の下水道でのシーンはいくらセットだといっても撮影するのはかなり難しかったであろうと推察されます。カメラが捉えられる光の量が極端に少ないので、白黒では誤魔化せないカラーの苦しみをどうやって切り抜けたのでしょうか。  リアルに作り込まれた下水道セットは素晴らしい出来栄えでしたが、ここで演技する時の俳優達(特に白川)に異臭や不潔さに対する嫌悪感が出てないのはマイナスでした。「掃き溜めに鶴」をやるのであれば、彼女が嫌がる様子をもっと出しても良かった。  不潔な下水道を舞台に、綺麗な女性(白川)と彼女を誘拐した凶悪なギャング(佐藤)、そして彼らを追いかける佐原と液体人間とのなんともいえないアンバランスな関わり合いが魅力的な作品でした。液体人間は白川を追いかけるが彼がもし昔の白川の男であれば、三人の男が彼女を巡って争っていたことになる。  夜や下水道など暗闇のシーンが多く、出てくるキャラクターも善玉(光)と悪玉(陰)がはっきりと描き分けられていて、まるでフィルム・ノワールの趣があるのも楽しい作品です。今回は固体人間が勝利しましたが、固体人間はいつ核戦争で自爆するか分からない。一匹だけ生死が分からない液体人間がいますが、彼がその後どうなったのであろう。  滅亡していく液体人間は来るべき核戦争後の人間として描かれるラストでのナレーションは薄気味悪い。こういった皮肉っぽさがのちの『ウルトラQ』や『ウルトラセヴン』にも重なってくるのが円谷ファンには堪らない。  この作品はもともと『液体人間と美女』というタイトルだったようです。打ち上げでのスタッフ全員のスナップ撮影ではそのタイトルになっていました。ゴロが悪いから『美女と液体人間』に変更になったのかもしれません。 総合評価 76点 美女と液体人間
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