良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ひとで』(1928)単なる劇映画とは違う、かつて、あった自由な映画。

 ハリウッド映画、邦画の別に関わらず、ストーリー性に優れている映画、つまり劇映画こそが唯一の映画だと思っている人がほとんどである現在、かつて存在した種類の映画運動について何かを書くことも必要なのではないか。  どういうものかを例に取りますと、1920年代の純粋映画(フェルナン・レジェ監督『バレエ・メカニック』、ルネ・クレール監督『幕間』など。)、そして絶対映画(ハンス・リヒター監督『リズム21』『午後の幽霊』、ヴァイキング・エッゲリング監督『対角線交響曲』など。)をまずは挙げておきます。
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 さらにシュール・レアリズム(ブニュエル監督の『アンダルシアの犬』(*)など。当ブログでも記事にしておりますのでお立ち寄りください。*は記事有り。)、またフォト・ジェニー(アベル・ガンス監督『ナポレオン』、ルイ・デリック監督『狂熱』(*)など。)などが一般にアヴァンギャルド映画と呼ばれています。  これら一連の作品群について記事として書かれているのは、せいぜい奇才ブニュエル監督の『アンダルシアの犬』という例外を除き、映画サイトでも稀である。そもそもほとんど観る機会すらもありません。名画座や美術館が所蔵していて、一般公開がひっそりと行われている時くらいしか目に触れることはないでしょう。  そのなかで、今回記事にしたのはマン・レイ監督の『ひとで』でした。ちなみに英語題は『Starfish Surrel』。マン・レイといってもピンとこないし、聞いた事もないというのが普通でしょう。アヴァンギャルド映画史上では重要な人物で、代表作には『さいころ城の秘密』『エマク・バキア』『理性への回帰』などとともに、この『ひとで』があります。
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 シュール・レアリズムに分類されるだろう、この作品には自由な精神と生命が宿っている。冒頭の歪んだ円窓に入り込むと物語は始まる。このシーンで完全にフィルム世界に引きずり込まれることでしょう。感性と情感を刺激するなんともいえない不思議な魅力に溢れるエロチックなフィルムである。  スターフィッシュ、つまりヒトデのイメージが何度も出てきますが、これは女性器を含めた秘め事の暗喩なのでしょうか。映像は1920年代にもかかわらず、フェチシズム的な描写やヌードでのベッド・インもあり、かなりストレートで、インパクトが強い。
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 そのほか、風に舞い踊る破れた新聞紙のイメージはとても刹那的で、もの悲しい。サイレント映画独特の大げさな演技は皆無で、むしろ現在の演技よりもクールであった。そのクールな表層とは裏腹の激しい内面をクロース・アップ、パン、アイリス・イン・アウト、モンタージュ、カット割り、図形や風景のイメージ挿入などの撮影テクニックで表現している。  また、あえて、ぼやけさせたような映像がとても幻想的で、夢の中の世界、非現実的な世界を構築している。このへんは現在のクリエーター達にも見習って欲しい部分でした。サイレントで、基本的に動かない撮影状況下においても、十分に人間の感情を揺り動かすことは可能であるというのを見事に実証しています。
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 図形イメージの活用も見逃せない。分割画面を早くも採用して、ルーレット、オルゴール、ヒトデなどが回転し、すべてが結びつくと何故か歯車のようにも見える、奇妙な映像が示される。バナナ?とワインとヒトデ。性交そのものである。なんとも淫靡な映像でした。全体通して見ていても、常にエロチックな雰囲気が漂っています。  嫉妬によって殺されようとするのは女なのか、それとも男なのか。異常に長い包丁を持って、寝室に忍び寄ろうとする怖さ。ホラーです。そして断片的に字幕に現れるメッセージ。「女の歯は魅力的な対象である。」「なんて美しい女だ!」「これは夢ではない。」
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 すべてが妄想なのか、夢物語なのか、現実なのか、境界線はぼやけてくる。不安感が芽生えてくる映像作りです。「ガラスの中の花(スターフィッシュのこと。)のように美しい!」「彼女はなんて美しかったんだ!」が「彼女はなんて美しいんだ!」に変わった刹那、「美しい!」と大きく字幕が出てきて、ガラスは砕け散り、女の表情は分からなくなる。
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 これは彼らの関係性が引き裂かれたことを表すのか、そもそもすべてが妄想だったので、その淡い妄想が実らなかっただけなのか。オープニングのように円窓が閉じられてフィルムは唐突に終わる。観終わった後でも脳裏に焼きつく映像であった。そしてこのフィルムは観るものに挑戦してくる。「簡単に理解できないよ。」と。もしかすると「もともと意味なんか考えているうちはダメだよ!」とマン・レイ監督自身が嘲笑っているのかもしれません。  総合評価 85点