良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ギミー・シェルター』(1970)この曲を演奏すると、いつも何かが起こるんだ…。

 なかなか決着が付かず、膠着状態と厭戦気分が蔓延していたベトナム戦争の影響からか、反権力的だったロック文化やヒッピー文化が若者の間で影響力を持ち始め、いつの間にか最高潮を迎えようとしていた1969年には、ロック史上で有名なロック・コンサートが3つ行われました。  一つは1月に解散間際のビートルズがアップル・ビルの屋上で突然演奏した、いわゆるルーフ・トップ・コンサート、もう一つが8月に行われ、その後は映画やサントラ盤も出て、その時代のアイコンとなった、誰でも知っているウッドストックでした。  そして最後がこの『ギミー・シェルター』に納められた、アメリカのレース競技場であるオルタモント・スピードウェイでその年の12月に、30万人以上もの観客を集めた、ローリング・ストーンズのフリー・コンサートでした。  この年のキャラバン・ツアーの締めとして主催されるべく、スタッフも会場選びに奔走している様子が生々しく描かれてはいるが、こういったやりとりは音楽映画には本来は入らない類の映像であろう。しかしこの映画はドキュメンタリーという性格も持っているので、あえて編集段階でもカットされなかったのでしょう。  一方がロック文化の記念碑として、長らく語り継いで行かれているのに対し、このストーンズのフリー・ライブはどちらかと言うと、触れられたくはないロックの闇歴史の一部であろう。ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでのライブからセレクトされた『ジャンピング・ジャック・フラッシュ』『サティスファクション』『ラブ・イン・ヴェイン』で幕を開けた前半はお客もライブを楽しんでいる風に見えました。
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 何がこのあと起こるのかを全く何の情報もなく、単なるライヴ映像作品として、この作品を観ていた人がいるのであれば、通常通りのローリング・ストーンズのライヴとしてしか映っていなかったことでしょう。  しかしこれは映画の演出上の導入部でしかなく、まさに嵐の前の静けさでした。『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』『シャイン・ア・ライト』などローリング・ストーンズ出演映画の数ある中で、もっともセンセーショナルな作品となった『ギミー・シェルター』の幕開けとしてはかえって不気味に見える程、普通に演奏していました。  長年在籍した、英国のデッカ・レコードや辣腕マネージャー、アラン・クラインによる支配からようやく抜け出して設立した、自らのレコード会社となるローリング・ストーンズ・レコードからの第一弾となる『スティッキー・フィンガース』のフォト・セッションの様子やウッドストックの向こうを張った、大規模なフリー・ライブを計画するスタッフのやりとりを延々とカメラは写し出していく。  そのときに『スティッキー・フィンガーズ』のオフィシャルとは微妙に違うスタジオ・テイクを多用しているのは印税その他の大人の事情を窺わせるが、このアルバムに収録されている『ワイルド・ホース』『スウェイ』『ビッチ』『ブラウン・シュガー』『ユー・ガット・ムーヴ』などは何度聴いてもカッコいいので、この中の数曲が使われているのはファンとしては嬉しい。
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 しかし曲が良いから、この映画の内容も素晴らしいかといえば、それはまったく別問題である。この映画がなぜ有名か、というよりは悪名高いのかといえば別の理由がある。それは野外ライブ中に、ストーンズが演奏している、まさに目の前で、会場警備に当たっていたヘルス・エンジェルスによって重大な事件が引き起こされたからでした。  ミックが「この曲をやると、いつも何かが起こるんだ…」と暗に騒動を仄めかしながら『悪魔を憐れむ歌』を歌い出した段階で、すでにその後に、何か良くない現実が引き起こされる準備が整っていたのかもしれません。そしてついに『アンダー・マイ・サム』が流れる中、観客の黒人青年がヘルス・エンジェルスのメンバーに刺殺されました。  一般的に事件が起こったのは『悪魔を憐れむ歌』の時だと思われているようですが、映像を見る限り、実際には『アンダー・マイ・サム』を演奏している時に事件が起こりました。編集の仕方によって、なんとでもなるのでなんとも言えません。ただ、どのナンバーの時に殺人事件が起こったかなどというのはたいした問題ではなく、何が起きたかと何故起きたかの方がより重要であろう。  ただでさえ、悪名高いストーンズは同じ年に、グループのリーダー格であった、ブライアン・ジョーンズが水死し、暗いムードで覆われていました。ブライアン在籍時、それも末期の様子をゴダールが監督した『ワン・プラス・ワン』を見た方なら、その中で作り込まれていったナンバーが『悪魔を憐れむ歌』であったことを覚えているかもしれません。
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 この映画もグループからブライアンが追放されようとしていた当時の険悪な人間関係が見事に収められていました。独りぼっちの世界に沈んで行こうとするブライアンに誰も手を差し伸べようとしないメンバーやスタッフの冷たさをはっきりと写しだしていたのが『ワン・プラス・ワン』でした。映画の最初の方にはスタジオに来ていたブライアンが後半になるとまったく来なくなっていても、誰も気にも留めない。  そういった暗さの駄目押しというだけではなく、一歩間違えばさらなる大惨事を生み出しかねない状況を無責任に作り出してしまったストーンズの当時の状態は普通ではなく、異常さが他の時期よりも際立っていたのではないか。ミックは悪魔的なイメージを楽しみ、増長していく。ルシファーやサタンを歌詞(『悪魔を憐れむ歌』)やアルバム・タイトル(『サタニック・マジェスティーズ』)に使っていく心理は通常のキリスト教徒の常識からすると尋常ではないでしょう。
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 様々ないい加減さが積み重なると、とんでもない場が作り出されるのだろうか。カメラは淡々とこのバンドの無責任振りといい加減さを映し出しているが、なかでもミック・ジャガーはかなり傲慢に映る。最悪の事態が起こっているのにライブを続けた(これはプロ意識ではない!)非常識さはもっと責められるべきでしょうし、ましてやその映像をある意味でセールスポイントとして、自らの映画に収録してしまった彼らの判断力の欠如に驚かされる。  まるで人間がライオンに襲われて、喰い殺されるシーンのみで観客を動員した『グレート・ハンティング』と同じ悪趣味を感じる。しかもその様子を何度も執拗にアップにしたり、静止画像で見せたり、刺された直後に、救急車で運ばれていくところまで、カメラが追い続けていく様子は悪趣味にも程がある。
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 この会場での映像は暴力と麻薬が目立つシーンばかりです。観客がみな苛立っていたり、怒号が飛び交っていて、異様に映ります。素っ裸のオッサン、オバハン、ネエチャン、ニイチャンが次々に映し出され、あちこちで喧嘩が起こっている。なぜか野良犬までステージに乱入しているさまは異様でした。薬物が蔓延していて、どれも多幸感ではなく、コールド・ターキー的な不幸な効き方をしているように見える。  仮設ステージも高さが十分ではなく、仕切りもきちんとされておらず、侵入者をブロックできる状況ではない。ステージ上にはメンバーよりもヘルス・エンジェルスの人数が多く、かつて見たことのない状況がバンドにのし掛かっていく。ステージに集まっている様子はまるで暴力的な(ビートルズに失礼ですが。)ヘイ・ジュード演奏シーンみたいです。  そういう部分ばかりを編集技術を駆使して作り上げたとも言えなくはないが、他のシーンはもっと酷かった可能性もあります。結果としてはこのライブでは四人が死亡したそうで、殺された黒人青年はそのなかの一人でしかない。  当日の会場で前座を務めたジェファーソン・エアプレインはあまりの険悪なムードに演奏を切り上げてしまう。紅一点のボーカリストのグレース・スリックはヘルス・エンジェルスと終始やり合い、ギタリストのマーティ・バリンは彼らに暴力を受ける。  サンタナもこのライヴに参加していたそうで、彼はステージ上で、喧嘩している観客がもう一方を刺していたシーンを目撃していたという。これは例の事件ではなく、他にもこういったことがステージ下で何件も起こっていたという意味です。セキュリティや観客収容の導線も考えず、無計画に30万人も集めてしまうと何が起こるのか。  トイレその他もないわけですから、さぞ悪臭が漂っていたことでしょう。行き当たりばったりの警備や会場設営の不味さから雰囲気はどんどん険悪なものになっていき、ストーンズですら、その場をコントロール出来なくなっていく様子が手に取るように理解できる。
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 最初はふんぞり返っていたミック・ジャガーがあまりの険悪な雰囲気と身の危険を感じ出すあたりから、ミックは騒ぎの収拾を図ろうとして、ギターを弾き続けていたキースを制止する。もはや彼はパブリック・イメージとは程遠い常識的な一人の大人の顔になっていく。  それとは正反対に態度の悪い客に向かって、名指しで注意するキース・リチャーズの豪胆な様子が男らしい。そもそもこのライブの会場となった、オルタモント・スピードウェイであるが、ここに決定したのはライブの二日前で、そこから設営スタッフは徹夜で当日に間に合わせなければならなかったのです。  あちこちに綻びが出来るのは当たり前だったのです。さらに酷いのがセキュリティーへの配慮で、地元警察との交渉や警備要請が上手く行かず、結局は悪名高い暴走集団だったヘルス・エンジェルスをわずか500ドル相当のビールを施すことと引き換えに雇い入れたのでした。  判断力の不味さと稚拙さは当時のストーンズがいかに思い上がっていて、ライブをして、その様子を撮影した映像を元に記録映画さえ作ってしまえば、あとのことなどどうでもいいという思慮分別の無さが画面にも出てくる。出演が見送られた『ウッドストック』に対抗して、自らの影響力を誇示しようとした結果はロック史上、最悪の事態を招きました。
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 映画の後半はオルタモント・スピードウェイで行われたライブ映像が流れていきます。『悪魔を憐れむ歌』『アンダー・マイ・サム』『ストリート・ファイティング・マン』まで混沌としたライブが続いていく。はっきりいって、ライヴのノリは最悪で、演奏自体も出来が良いとは思えない。ショーの構成も安易だし、ただそこで演奏しているだけでした。オーガナイズされている様子はまるでなく、ウッドストックのような意志も感じない。 ラストに『ギミー・シェルター』の流れる後ろで、祭りの終わりを見届けた観客たちが力なく、トボトボ歩いていく様子からは彼らが神聖化していたロックの生命力と活力が徐々に衰えていく様子とダブって見えました。見た印象としては暗く、寒く、寂しい映画という感じでした。  しかしながら、ロックの神話の崩壊を同時代的に捉えた映像であることは疑いなく、資料的価値はかなり高い。ただそれだけかもしれません。ストーンズ・ファンの自分が見ても、どうもしっくりこない映画でしたので、一般のファンが楽しめるかといえば疑問ですし、マニア以外には薦められない。ウンザリした観客たちの後ろ姿はもの悲しい。またミックの最後の顔も疲れきっていて、化けの皮が剥げたように映っている。 総合評価 67点  
ザ・ローリング・ストーンズ / ギミー・シェルター 〈デジタル・リマスター版〉 [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ
2009-12-16

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