良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『第9地区』(2009)猫缶に海老まっしぐら!しばらく何を観たのか整理するのに時間が掛かりました…

 会社が終わってから、雨が降りしきる中、ダッシュで電車に乗り、隣の市の映画館まで観に行ったのがピーター・ジャクソンがプロデューサーを務めた『第9地区』だった。特殊効果も一連のピーター・ジャクソン監督作品で有名になったWETAが入っているので、だいたいのイメージは掴めるし、クオリティも期待できる。しかし、この主人公って、見たことないなあ。あとでシャールト・コプリーという人だと知りましたが、誰だろう?  なんだか冴えない人で、とても主役を演じるような男前ではないので、てっきり狂言回しだと思っていましたが、いつまで経っても主役らしい人が出てこないので、自分の中で、とりあえず主人公として認定していましたが、まさか本当にこの人が主人公とはなかなか思えませんでした。僕の中で彼を主人公として認めたのはエイリアンのロボットに搭乗してからでした。かなり頑張ってしまう彼を見て、企業側の傭兵たちに袋叩きにされる彼を見てしまうと、彼を応援せざるを得ない。  ただ、この無名俳優というのが重要で、どこにでもいそうな一人の平凡な男が困難に陥り、どういう行動をとるかというのは観客の共感を呼べるポイントになりえる。家族のためなら人類でも裏切るというのは過激でしたが、実際に自分があの立場に置かれたら、従順に国や大企業に殺されたくはないし、抵抗するでしょう。  登場人物でいうと、敵方というか人間サイドの傭兵隊長役のデヴィッド・ジェームズのほうが目立っていました。さらに、もっと目立っていたのはエイリアンの親海老クリストファーさんと小海老でした。南ア屋親海老&小海老という漫才コンビのようでしたし、子連れ狼のオガミイットウとダイゴロウみたいでもありましたし、親子ではありませんが、てなもんや三度笠での藤田まこと白木みのるのようでもありました。つまり凸凹コンビです。
画像
 そして、なんだかんだと2時間が経った。うーむ、いったい自分は今、何を観ていたのだろうか。SF独特の世界観は承知してはいるものの、メジャーでここまでやってしまって良いのだろうか。といってもSFファンなので、このモヤモヤ感は大好きです。正義も悪も無く、あるのは各々の立場のみというのは良いです。そもそも絶対的な正義も悪も存在しないのだと思っているので、まさかメジャーでこんな作品も作れるんだというのに感心しました。  SFファンとしては歓迎すべきディストピア的な世界観ではありますが、大金を使って作る類の作品ではない。実際、最近の映画にしては制作費は30億円弱と少な目ではありますが、それでもどんな日本映画よりもデカイ制作費を使っています。作品では人間のいやらしさや汚さが全編に発揮されていて、違うテイストを感じさせてくれたのは良しとしますが、このモヤモヤ感は何だろう。  だがそういったことよりも、ピーター・ジャクソンがプロデューサーに回り、南アフリカ出身のニール・ブロンカンプ監督を起用して出来上がったSFから溢れ出るブラック・ユーモアを楽しむほうが有意義だろう。脚本もニール・ブロンカンプ自身によって書かれている。  昔から、SF映画では異星人がアウター・スペースから襲来する場合、彼らの大概は高圧的で、圧倒的な科学力に裏付けされた武力とともにアメリカの大都市に侵略してきました。それはニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ワシントンであり、外国の場合はロンドンや東京でした。
画像
 それがなんと今回の異星人がやってきたのはまさかの南アフリカヨハネスブルグ、しかもアパルトヘイト中の1982年でした。ワールドカップに湧き上がる2010年でも、マヤの予言による滅びの年である2012でもない。1982年でしたら、ワールドカップはスペイン大会で、イタリアはユヴェントスに所属していたパオロ・ロッシハットトリックによって、ジーコファルカンソクラテストニーニョ・セレーゾが創造性溢れるプレーを誇っていた黄金の中盤と呼ばれたブラジルを破り、優勝した年でした。  しかもこの異星人たちはなんとか素晴らしい科学力を持ち、はるばる地球までやってきたものの、喰うモノが無くなり、栄養失調で立つことすら出来ずに、地球の救急隊の厄介になり、救急車に運ばれ、宇宙船の修理すら出来ずに、閉鎖された居住区ではあるものの住むところまで世話してもらうという体たらくなのです。つまり難民として地球に迎えられるSF映画ではありえない光景が最初の数分で展開されるのです。  およそ、古今東西SF映画を見ても、ここまで情けないエイリアンがかつて存在したことはない。スラム街と化した第9地区の中で、お金のない彼らは高性能の武器と交換にキャット・フードの缶詰めを手に入れようと必死でゴミを漁る。つまり違う環境に順応していくための退化をして行く途中にあるようにも見える。  彼らの形状は独特で、人間にはプロウン、つまり海老と蔑まれるのだ。蝉に見えないこともない。ぼくは彼らが映った時に『スターウォーズ』の賞金稼ぎのひとり、ザッカスを思い出しました。誇り高かったはずの彼らの転落ぶりは涙を誘うかもしれません。  さらに地球人は彼らに冷たく、そばにいるのはイヤだからと、遥か彼方の第10地区と呼ぶ、強制キャンプのような場所に立ち退かせようとする。この立ち退き要求シーンはまさに地上げ屋そのもので、言葉がきちんと分からないエイリアンたちを無理やりキャンプへ押し込めようとする下りはまさにブラック・ジョークだ。
画像
 人種問題の暗喩なのでしょうが、何が正しいのか、誰が正しいのかが少々分かりにくい。アパルトヘイトを憎んできたはずの南アフリカで、一旦は異星人を受け入れたはずなのに、二十年という年月を経るにつれ、彼らを差別し、商店街でもボイコットをして、立ち退きを迫っていく様子は滑稽ではある。  さらに強烈なのは隔離されているはずの第9地区では人類も共存していて、それはナイジェリアからの流民が流れ着いて、ここでギャング化し、武器調達や異種間売春でエイリアンたちとナイジェリア難民が暮らしているという図でした。お互い虐げられているもの同士であるにもかかわらず、彼らも助け合うことはなく、利用することしか考えていない。異星人というのは人種問題をぼかす為のメタファーでしょうから、どんな困難な状況に陥っても、違う人種は助け合わないという痛烈な皮肉です。  回想シーンとして、頻繁に主人公に関わってきた人たちのインタビューが入るのですが、あまりにも多すぎて、効果は半減していました。南アフリカに住む白人にとっての黒人はエイリアンだったのだろうか。徐々にエイリアンに体を乗っ取られて行く主人公はまさにカフカの『変身』を思い出させてくれました。  観客がこの作品に感情移入していくきっかけとなるポイント(要素)は子ども海老の存在でしょう。親海老の周りで遊んでいる子ども海老を可愛く見えるかどうかでこの映画にノレるかどうかが決まりそうです。
画像
 またすべて他人事だった主人公が海老と協力して、妖怪人間化していく自分が元の人間に戻る(はやく人間になりたい!)ために、エイリアンと共闘して宇宙船を動かす作戦を決行し、軍隊を容赦なく殺害していく様子をなんとも思わずに見れたかどうかで、観客として、製作側に取り込まれたかどうかが分かる。  かなりグロテスクに人間が木っ端微塵のミンチ状態になっていくのですが、利己的な目的であるにもかかわらず、主人公が軍隊を倒していくたびに何故かもっとやれ!と思ってしまう。音楽の助けがあるからだろうか。それほど良い音楽を付けている。音の力の凄さを改めて知りました。  クリントン・ショーターによる音楽に乗って、WETAが得意の技術を動員して制作したCG戦闘ロボット(アイアン・マンみたい!)と軍隊との戦いはなかなかの見物である。一昔前のCGと違い、かなりの進歩が知覚出来るだろう。大画面での鑑賞に耐えるクオリティはさすがであった。   隠しテーマは人種偏見と混血化していくことへの恐れだろうか。しかしまあ、ピーター・ジャクソンがこれを監督していたのならば、彼は何を血迷ったのだろうかと思うでしょうが、裏方に回って、無名監督に任せた結果がこれならば、素晴らしいと言わざるを得ない。  壮大なジョークではあり、制作費に見合う興行収入は得られるのだろうかと思う向きもあるだろうが、結果としては大成功で、海外での配給も決まっていますし、十分に元は取れるでしょう。作品の質は素晴らしいし、着眼点も素晴らしい。ただこれが三倍の制作費が掛かっていたとすれば、重役の首が幾つも飛んだだろう。  『天国の門』がユナイテッドにとっての地獄門だったように、ピーター・ジャクソンが監督をして、この映画の三倍の経費を使っていたら、彼のキャリアにとって地獄の始まりだったかも知れません。そうはいっても、SFとして優秀であるのは間違いない。この観終わってすぐの後味の悪さは尋常ではなく、こういった感情を抱きながら帰るのは久しぶりだったので、言い換えれば、かなり楽しめたことになります。
画像
 何度も言うように、映画を見終わってからの爽快感はまるでない。主人公が利己主義かつ日和見主義で、エイリアンの立場に肩入れし、地球人部隊を虐殺していくシーンを見て、感情移入出来るだろうか。エイリアン側を応援するようになっていくようになれば、まんまと製作者ペースにはまったということだろう。  第二弾は“海老の逆襲”だろうか。それがもしオーストラリアかどこかが舞台ならば、タイトルは“南海の大決闘”なのかなあ。実際には居住区を移されたエイリアンたちの苦渋を描く『第10地区』に落ち着きそうです。日本で30万人くらい入ったとして、単純に考えると、興行収入は5億円くらいなのでしょうか。  本国アメリカでは2009年にハリーポッターやら並みいる強豪を抑えて、100億円以上の興行収入を叩き出したそうなので、おそらくアメリカの映画ファンもいい加減、予定調和的な無味乾燥映画に飽き飽きしてきたのかもしれません。ありきたりのハッピーエンドじゃねえ、現実はもっと苦しいわけだし、ノレナイかもですねえ。  てことはバッド・エンディングの映画が増えてくるかもしれないので、第二のニュー・シネマ的な動きが出てくるきっかけになると楽しそうです。彼の次の映画はまたSF映画になるそうですので、第二作目で彼が好き勝手、出来るのか否かで、彼の評価も変わってくるのでしょう。  お金の話をしますと、この『第9地区』の制作費が30億円弱で、アメリカだけでも70億円以上の黒字ですし、それを10カ国程度で公開したら、なんとか次の作品の制作費までは経理から引き出せるでしょうね。でもキャラクター・グッズは苦戦しそうですね。あとはDVD化で、どれだけ稼げるかって、夢が無いねえ。 総合評価 85点
District 9 [DVD] [Import]

ユーザレビュー:
『ぬこ缶』で生き延び ...
これは、拾いものかも ...
今年一番面白いです! ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る
第9地区 Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)
ワーナー・ホーム・ビデオ
2010-08-11

ユーザレビュー:
イデアの勝利よくあ ...
アパルトヘイトblu ...
私は…他の方が高評価 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 第9地区 Blu-ray&DVDセット(初回限定生産) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル