良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『黒蜥蜴』(1968)深作欣二監督、丸山明宏主演、三島由紀夫出演の幻の作品。

 いつものように、これもまた、現在わが国ではDVD化されていない作品の一つで、断片を動画サイト等で見ることはあっても、全編となると、なかなか視聴の難しい作品ではあります。  『黒蜥蜴』はもともとは原作が江戸川乱歩の小説を三島由紀夫が戯曲化した舞台演劇で、舞台で上演されたときには『ヨイトマケの唄』『メケメケ』で有名だった丸山明宏(現・美輪明宏)を主役に起用していました。三島というと今では文学のみしか語られませんが、この作品だったり、『わが友ヒットラー』だったりと舞台演劇にも類まれなる手腕を発揮しています。この作品の舞台演出も彼でした。  主演は丸山明宏、つまり現在の美輪明宏です。今では歌はもちろん、舞台やスピリチャルな分野での人気も加わり、神秘的なイメージの美輪明宏ですが、ここまで来るまでには相当な苦難が多かったようで、ぼくの母親も昭和40年代の大阪で、紫色に髪を染め上げた彼を間近で見たときには大いに衝撃を受けたそうです。石を投げる人もいたそうです。染めている人自体が少ない中で、しかも紫色というのはかなり珍しかったので、そういう行動をとったりする人もいたのでしょう。
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 ぼくは個人的には彼の声に魅力を感じています。こういう言い方が正しいのかどうかは分かりませんが、多重音声とでもいうのか、彼が話しているときの声にはいくつかの音程があり、高め、低め、中低音とでもいうのか、同時にリエゾンのように聞こえてくるのです。  それが空耳なのか、彼の声の特徴なのかは知りませんが、ドスの効いた低音の声にはドキッとさせられますし、中低音の声(?)を聞くと、ほっとするようななんとも不思議な声なのです。詳しい方がいれば、教えて欲しいなあと思いながら、いつも彼の声を聞いています。  今回の映画版(1962年にも『黒蜥蜴』は京マチコを主役に迎え、映画化されている。)では深作欣二が監督を務めましたが、深作監督といえば、『仁義なき戦い』を筆頭とするヤクザ映画や『バトル・ロワイアル』などのバイオレンス・アクション映画などで、東映を支え続けた職人気質の映画人でした。
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 一般的には上記のようなアクション映画のイメージが強い人ですが、『柳生一族の陰謀』のような時代劇も撮るし、『火宅のひと』のような文芸作品も撮る多才な監督でした。この『黒蜥蜴』も舞台版の主役であった丸山明宏(現・美輪明宏)を映画でも主役に起用するなど、思い切ったキャスティングをしています。  彼以外にも、ヒロインに松岡きっこ、助演には木村功川津祐介西村晃(二代目水戸黄門さまですね!)を起用、丹波哲郎や原作者の三島由紀夫を端役(日本青年の生人形役!)に使っていたりして、口うるさい映画ファンや文学ファンたちをあっと言わせました。  なかでも若かりし頃の松岡きっこのグラマラスな肢体は見事で、全裸のボディを腕や角度で隠している撮り方からはなんでもかんでも見せるのが能ではないことを教えてくれる。彼女の身体を舐め回すように撮っているカメラマンの腕はお見事と言うしかない。フェチシズムではないエロチシズムのほうです。男の欲望の視線です。  これが黒蜥蜴の視線なのだったら、彼女(役柄上)はレズビアンなのでしょうが、彼女(黒蜥蜴)は彼(美輪さんは男性なのです。)な訳ですから、なんだかこの視線ひとつとっても、ややこしい倒錯した世界観のある映画なのです。
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 撮影も個性的で、基本的に薄暗く、悪人たちが蠢くような色彩はまるで暗闇のなかの黒蜥蜴そのもののような薄気味悪さでした。爬虫類には独特の気味悪さがありますが、この映画ではそれを映像で表現しています。  映画初主演だった丸山明宏は『黒薔薇の館』でも引き続き、深作映画で主役を演じています。今では『黒蜥蜴』『黒薔薇の館』ともに、国内ではDVD化されてはおらず、大昔のVHSを見るしかない。もしくは美輪明宏主演の舞台劇を生で見るという方法もあります。  より完成された芝居を見るのであれば劇場で良いのでしょうが、荒削りな演技や緊迫感のある芝居を見るのであれば、この映画版を避けて通ることは出来ません。
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 ただしこのビデオテープが厄介な代物で、かなり前に製作されたこともあり、大変貴重なアイテムとなっている。熱心なマニアがいるために、どんどん値段が跳ね上がり、通常は一万円から三万円の間でオークションが揺れ動いているようです。売れるのは確実なので、権利関係をクリアして、早く気軽に見たいものです。  映画のレベルはかなり高く、丸山の個性的で存在感抜群の演技も相まって、一度見たら、忘れられない魅力を備えています。舞台芸術を導入した室内装飾も色彩感覚、調度類ともにゴージャスかつ妖しい雰囲気を醸し出している。サイケデリックなだけではない腐敗が描かれているように見えました。  ショッキングなシーンとしてはさきほどの全裸の松岡きっこ以外にもうひとつあり、それは丸山明宏と三島由紀夫のキス・シーンです。昭和40年代に男同士のキス・シーンが許されるはずもなく、スキャンダラスな話題を提供しましたが、ホモセクシャルな描写でもあるので、これが映画への正当な評価を妨げ、今日までの封印に繋がっているのではないか。三島の遺族もホモセクシャル描写の強い『黒蜥蜴』と『MISHIMA』の二作品に関しては今現在でも国内での販売を認めていないようです。
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 内容自体は暗黒ミュージカルと荒唐無稽なフィルム・ノワールブレンドしたような作風で、大いに楽しませてくれます。小道具が洒落ていて、移動用の車両に黒塗りのロールスロイスを使ったり、サロメの絵画を大胆に取り入れたりと、三島由紀夫の美的感覚を多く反映した映画となっている。  台詞回しも舞台のようなそれで、不思議な台詞がかなり多いが、舞台のような独特な雰囲気と丸山明宏の浮世離れした存在感によって、すべてが自然な感じで受けとめることが出来る。これこそが俳優の力量なのでしょう。芝居がかったなどというレベルではなく、完全に芝居調なのです。  それでも俳優の凄みがあるので、映画としてきちんと成立しています。いわば暗黒のミュージカルとでも言えそうな独特の映像は他ではあまり見ることはない。丸山と三島の演出あっての映画なのでしょうが、これを成立させているのは才人たちのおかげなのでしょう。  ハマるとクセになる作品で、今回は記事を書くに当たり、三回ほど見ましたが、全く飽きの来ない作品で、見る毎にあちこちのディティールが見えてくる素晴らしい映画でした。 総合評価 85点