『猟奇島』（1932）ゾディアック事件に台詞が引用されたいわく付きのホラー映画。

　原題が『THE MOST DANGEROUS GAME』、つまり和訳すると“もっとも危険な遊戯”という40代以上の日本人映画ファンならば、おそらく大笑いしてしまいそうなタイトルを持つのがこの『猟奇島』です。　しかしまあ、邦題が大袈裟すぎて困ってしまいます。原題からすると元祖遊戯映画なのか。邦題だと、かなりいかがわしそうな横溝正史的なタイトルです。隙を持て余していた狩り好きの貴族が所有する弧島に漂着してしまったハンターの苦闘を描いたのがこの作品でした。

　本来であれば、時とともに忘れ去られそうなこの映画はB級作品らしく、アメリカホラー映画史の奥底に埋没しようとしていたのですが突如、映画ファンのみならず、一般のアメリカ人の記憶にも鮮烈に残ることになりました。　その理由はアメリカを恐怖のどん底に陥れていたゾディアック事件の犯人がこの映画の台詞を犯行声明に引用したために後世に残る作品になってしまったのです。

　I Like Killing People. 　Because It Is So Much Fun. 　It Is More Ｆｕｎ Than Killing Wild Game In The Forest. 　Because Man Is The Most Dangerous Animal Of All To Kill.
　私は人殺しが好きだ　　森で狩りをするよりずっといい　　　なぜなら人間こそ最も危険な動物だからだ　　

　この作品はそもそも特撮映画の傑作『キングコング』の副産物なのです。スカル島のジャングル・セットやフェイ・レイら俳優陣にお金を掛けた『キングコング』を撮影し終わると、RKOはすぐさまシュードサック監督をはじめとするスタッフと演者に指示を出し、このセットを使い、減価償却のためにもう一本の映画を作らせます。　そして、やっつけ仕事で出来上がったのが『猟奇島』でした。やっつけ仕事というものの出来栄えは良く、さまざまな制約が上手い具合に作用して、無駄なシーンがなく、分かり易く、そして緊張感のある作品に仕上がりました。

　この映画の最大の見所はレスリー・バンクスが怪演したザロフ伯爵の狂人ぶりに尽きるでしょう。彼がいる、つまり悪役がしっかりと機能しているからこそホラーは締まる。　フェイ・レイが『キングコング』との差をつけるためにブルーネットの自前の髪で演技していることなども細かい見所かもしれません。またハンター役だったジョエル・マクビーがこの孤島では狩られる側に回るのはのちの『裸のジャングル』でも再利用されている。

　『キングコング』を終えたばかりで、スタッフ陣が理解し合って、集中力を維持していたのかもしれません。それはともかく、今から80年前のことですので、現在この二本を一本ずつ別々に見ていたら、何とも思わない。　二本の映画の関連性に気付かなかったのでしょうが、幸か不幸か、60年代から70年代の連続殺人鬼ゾディアックによってディティールが知られるようになっています。

　こういう作品の残り方は製作サイドの思惑とはかけ離れているでしょうが、酒鬼薔薇事件で『魁！男塾』のセリフが犯行声明に引用されたようにこういう異常な犯罪者はサブカルの映画やコミックスを好んで使うのでしょうか。　ゾディアックが殺人を起こしている時期はボストン絞殺魔の事件ともかぶる。アメリカが病んできた時代の代表的な犯罪者たちの一人です。

　人間狩りをテーマにする作品の先駆けとなった作品で、『裸のジャングル』『アポカリプト』などはこの系譜に繋がっていく。上映時間は62分と短く、おそらく話題作と話題作の狭間にこっそりと公開されたのでしょうね。　現在、この作品のDVDが500円以下という魅力的な値段で販売されていますので、興味を持たれた方はご覧ください。これって、たしか『キングコング』の密林だよなあとなり、ニヤニヤ出来るでしょう。　また、このセリフをゾディアックが引用したのかあと感慨深くもなるでしょう。ちなみに時効という概念を認めないアメリカではゾディアック事件は今でもコールド・ケース、つまり未解決事件として、引き続き捜査中です。総合評価　70点