良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『J・エドガー』(2012)アカデミー賞から無視されたクリント・イーストウッド最新作。

 カルビン・クーリッジ以来、フーバー、ルーズベルトトルーマンアイゼンハワーケネディ、ジョンソン、そしてニクソンと8代で約50年に渡り、彼ら歴代アメリカ大統領たちの数多くの秘密を握っていた悪名高いフーバーFBI長官の名前をはじめて知ったのは今から25年くらい前でした。もちろん学校の世界史などでは出てくる名前ではなく、ドラマが最初でした。  たしか全4巻程度のテレビドラマ・シリーズのケネディ大統領を扱った大河ドラマのビデオを見たときに、彼の名前が何度も登場しました。このときも大統領を補佐する立場の官僚という枠を大きく逸脱して、ケネディ兄弟やマーチン・ルーサー・キング牧師を忌み嫌い、セックス・スキャンダルで脅迫するような権力欲の塊のような稀代の悪役という設定だったような記憶があります。
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 そういったドラマでの印象のためか、フーバーという人については影の権力者でアメリカの裏社会やタブーを知り尽くしたダーティで強大な役人のイメージが強い。  今回、クリント・イーストウッド監督の作品を観る前はアメリカ現代史の闇や恥部をさらけ出すような異色の作品をなぜこの大統領中間選挙前のタイミングで公開したのかを解りかねていました。
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 作品の出来が素晴らしいのであれば、アカデミー賞では完全に黙殺されたのは政治的なバイアスがかかることを回避したかった映画業界全体の思惑だろうかと深読みしてしまう。  共和党民主党のどちらかの陣営に有利に働かないようにする気配りだったのかも知れないという感じです。が、本来はそういうことを判断するのは有権者であり、臭いものに蓋をするような姿勢は表現の自由とは程遠く、極めて保守的なのではと憶測することも可能です。
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 しかし、それは作品の出来が素晴らしいという前提に基づいての話となります。ニュースでこの映画がノミネートから外れたということを何度も流れていましたが、じっさいに中身を見てしまうとなぜアカデミーがこの作品をノミネートから除外したかが解る気がします。  クリント・イーストウッド監督作品で主演がレオナルド・ディカプリオです。彼はつくづくアカデミー賞に縁がない俳優です。この作品での彼の見た目は若い頃から老け役までを上手く演じているように見える。
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 作品名は“フーバー”ではなく、“J・エドガー”となっていますので、パブリック・イメージの彼を描くのではなく、知られざるプライベートの個人的な彼を描こうとしたのでしょうか。  作品のテーマがよりフーバーの信念の深奥に迫るような重厚な趣を持っているのであれば、アカデミー賞向きに思える映画なのですが、ホモ・セクシャルっぽいバディ的描写や女装趣味などの性的嗜好が色濃く、個人的すぎたりといろいろな要因が重なっているのでしょうか、ご承知の通り、今回はノミネートすらもされていない。
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 映像の作り自体は良く出来ています。色調が薄暗く統一されていて、ノスタルジーも感じさせる綺麗な映像をずっと見ていられるので、美しい映像の作り方を楽しめる作品にはなっている。  問題は前述したようにマイナスの感情が働いてしまう描写が多いのです。過剰なまでのマザコンぶりを映し続けるカメラ、ホモ・セクシャルや母親の臨終時に女装して悲しみに浸る図は不気味でしかない。
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 ノミネートからも除外されるほど酷い作品ではありませんが、出ても賞賛に値する作品とも思えない。何が中途半端なのだろうと色々考えていくと、すべてにおいて“浅い”からではないかという答えが出てきました。  8代に仕えたフーバー長官のエピソードから今回映画に使われたのは(原作は未読。というよりこの作品には原作はないようです。)司法局の局長になる前に起こった、FBI設立のそもそものきっかけとなったミッチェル・パーカー司法長官の自宅爆破事件と顛末、フーバー大統領からルーズベルト大統領時代にかけたのリンドバーグ愛児誘拐殺害事件とその影響、ケネディ兄弟とキング牧師への攻撃、ニクソンへの脅威というところに焦点を当てている。
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 また個人的な関係については愛情過多の母親、ホモにしか見えないクライド(アーミー・ハマー)、個人秘書のヘレン(ナオミ・ワッツ)の三人しか登場しない。有名人なのに人間関係が異常なまでに少ない。このへんが彼をよりミステリアスな人物にしているのかもしれない。  作品中に『民衆の敵』がフィルムで流されるシーンがあり、この映画の上映時にはまだギャングに人気が集まっていたのが、数年経つと観客がFBIの活躍に拍手するまでになっているのが興味深い。彼はマシンガン・ケリーの射殺やリンドバーグの息子の殺害事件を解決に導くという現実の活躍だけではなく、マスコミを利用してイメージを高めていくという現在の政治手法の先駆けとも言えるやりかたを実践している。
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 彼の功績といえば、指紋採取や筆跡鑑定の専門家などをスタッフに雇い、FBIに科学的な捜査手法を持ち込んだことが挙げられます。ただし盗聴を合法的に使用するだけではなく、自分の地位や組織の維持と強大化のために害になりそうな人物についてはあらかじめ盗聴したり写真を撮るなどして、相手を黙らせるというダーティなやり方を徹底していく。  彼の思想は反共で貫かれていて、自分の理解できない者は皆反共の過激派というレッテルを貼っていき、排除していく。冷戦構造の中では彼の考え方はアメリカの国防意識と利益とも合致していたので、大概のことは彼の思い通りに進んでいったのでしょう。
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 業界はノミネートすらしないで、この映画を見てみない振りをしました。よって作品を判断するのは観客に任されたということなので、各々が本当にこの映画がノミネートにすら値しない代物なのか、素晴らしい作品なのかを判断したい。  性的嗜好がノーマルではない人として描いているので、好き嫌いは分かれるでしょう。クリント・イーストウッド作品としては特筆するような素晴らしさがあるわけではないし、フィルモグラフィでも光が当たる作品にはなりえないのでしょう。それでも観客を二時間半に渡って惹きつける何かがあるのも確かです。30人以上いた観客は誰一人帰りませんでしたし、ほとんどの人は関西人にしては珍しく、エンド・ロールまでを見続けていました。  総合評価 70点
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