良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『小人の饗宴』(1970)ヘルツォークが社会に向けた、皮肉に満ちたメッセージ。

 大型バイクに颯爽と跨がった小人のオッサンの強烈なインパクトのポスターでお馴染みの、その名もズバリの『小人の饗宴』はヴェルナー・ヘルツォークが1970年に監督したモノクロ作品です。  この作品は登場人物すべてが小人という一見すると、現代版『フリークス/怪物團』とも呼べる風変わりな映画です。とはいっても、あくまでも登場するのは小人たちのみ(小人の盲人も登場します。)です。
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 またトッド・ブラウニングの『フリークス/怪物團』とは違い、見世物小屋身体障害者を興味本位に覗き込むようなスタンスではない。もっと底意地の悪い意図が見え隠れします。  健常者と言われる一般人に向けて、ヘルツォークらしい意地悪で、痛烈な皮肉を込めた作品に仕上げている。小人たちは姿形が多少違っていても、やっていることは健常者と大差ない。
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 ヘルツォークは上品ぶってるお前たちも小人と何一つ変わらないし、お互いに醜悪で最低の人格なのだと訴えかけてくる。この映画の登場人物たちは普通の人々と同じなのです。  すべての社会は不平等で、ヒエラルキーは必ず存在します。虐げられている隔離された人々の社会でも、さらに弱者をいたぶる構図が厳密に横たわる。
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 虐められている者同士が理解しあい、まとまるわけではなく、さらにそこにも上下関係が出来ている様子からは人間の本質はしょせん支配と被支配の相対的な関係しかないことを明らかにしていく。  小さいから可愛いなどという善人の小人は一人も出てこず、イヤな奴ばかりです。小人たちの他者への攻撃は陰湿でしつこく、救いがまったくない。鶏を殺し、親子のブタを殺し、花壇の花を燃やし、小猿を十字架に磔けてさらし者にし、らくだを苛め抜き、動物や植物への虐待を日増しにエスカレートさせていく。
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 キリスト教圏において、猿を磔にして行進するというのは冒涜行為に当たるでしょうし、宗教を信じる者への当て付けなのだろうか。熱心なクリスチャンがこのシーンを見たら、嫌な思いをするのは明らかでしょう。  砂漠の真ん中にぽつんと建てられた収容所はまるで刑務所のようで、この閉ざされた空間で収容されていた十数名の小人たちが反乱を起こして、所長を追い詰めていく。
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 動物への虐待は心理学的には暴力や残虐性が増してくる兆しとして捉えられているようですが、案の定、彼らの暴力は次の段階、つまり人間に対しての暴力に繋がっていく。形は収容所への暴動という形をとる。家具などの器物損壊、所長が立て籠もる建物への放火、車両の破壊、盲人への虐待など無法地帯と化していく。  ふざけて自動車を破壊しながら、闘牛のように遊んだり、飽きたら、放置したまま無人で庭を走らせるシークエンスは虚無的です。混乱と暴力と秩序なき集団の誘導というと、思い出すのはファシズム台頭でしょうか。独裁者は出てきませんが、集団が無意識のうちに悪質で残忍な方向に進んでいくのが人間の本質なのでしょうか。
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 巨大な岩がゴロゴロ転がっている砂漠の真ん中で、醜悪な小人たちが悪質な行動を無軌道に繰り返すさまは餓鬼道か、賽の河原を覗いているようにも見えました。  大きさで人間なんてちっぽけでくだらない俗物に過ぎないのだと看破してくるようにも思える。甲高く、黒板や磨りガラスを爪で引っ掻くような笑い声が延々と響き渡るラスト・シーンの気味悪さは尋常ではなく、なかなか忘れられない。
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 このシーンでは立てなくなった駱駝を執拗に嘲笑い続ける小人が醜悪で、見ていて気分が悪くなってきます。自分の状態を棚上げしておいて、自分よりもさらに弱い者を蔑み、彼らを笑い続けて、あげくの果てに疲れ果てるというのは生理的な嫌悪感を誘うだけではなく、差別的思想の源泉がここにあることを教えてくれます。  小人たちのいやらしさと醜悪さが描かれていますが、映画の後半では彼らを写し続けているカメラ自体のかなり上から、つまり健常者の背丈くらいの視線から小人を見下してくるが、これは差別的なアングルに見えます。
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 ただ映画としてこれを見ていくと、けっして楽しい時間を過ごせるとは思えない。上映時間は96分弱なので長い映画ではありません。しかしながら、これを見ているとなかなか時間が経たないことに気づく。  その理由としては登場人物の誰にも感情移入が出来ないこと、男女の別なく全員が同じように見えてしまうこと、つまり自分も彼らを心のどこかで差別しているのではないかと気づかされるからかもしれない。  見た方ならばお分かりでしょうが、これを見たときの感覚は嫌な夢を見て、目覚めてしまった寝覚めの悪い朝のような感じです。なんか気分がすぐれない。 総合評価 62点