良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ザ・クレイジーズ』(1973)なぜ、善良な市民が死んでゆくのか?ロメロ初期のパニック映画の佳作!

 いつものことではありますが、昔見た古い映画を探すときに困ってしまうのがコロコロ変わる邦題です。オリジナルタイトルが『ザ・クレイジーズ』、ビデオのタイトルが『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』、東京12チャンネル放送時の題名が『第2のカサンドラ・クロス事件!?/細菌兵器に襲われた街』となり、ファンを惑わすことは間違いない。  それはともかく、はたしてB級パニック・ホラー映画『ザ・クレイジーズ』を知っている人はどれくらいいるだろうか。日本では1973年当時、劇場公開はされていませんでしたし、90年代になって、やっとレンタル屋さんのホラー映画コーナーの片隅にひっそりと置かれていただけでした。
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 そんな地味なこの映画も無名だった監督がどんどん有名になったことで、ピーター・ジャクソンの『ブレインデッド』のように、さすがに立場が変わってくるだろうと思われました。  ちなみにこの映画の監督の名前はジョージ・A・ロメロ、つまり『ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド』『マーティン』『ゾンビ』で一躍名を上げた彼の無名時代の作品がこの『ザ・クレイジーズ』だったのです。
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 それでも『ザ・クレイジーズ』に光が当たることはまったくないまま、数十年の歳月が流れてしまいました。それが、つい先日、偶然にWOWOWシネマの番組表を眺めていると、『クレイジーズ』の文字を見かけたので、即録画予約しておきました。  そして休みの前の夜中にワクワクしながら再生してみると、画がやたら綺麗で、製作年度もつい最近になっていて、映画を見ていても違和感ばかりで、どうも様子がおかしい。エンド・ロールまで見ていくと、なんとこの映画はジョージ・A・ロメロ製作のもとでリメイクされていたのです。
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 そうなると昔のが見たくなるのが映画ファンの哀しさで、ヤフオクで探し回り、500円と格安で出ていたVHSを落札しました。だんだんブルーレイに主役は変わってきていて、VHSは不要になってしまっているのが、ぼくのような物持ちの良いユーザーには好都合に働いているようです。  ぼくがこれを初めて見たのは東京12チャンネル、いわゆる12チャン映画の一本だったと記憶しています。そのときのタイトルは『第2のカサンドラ・クロス事件!?/細菌兵器に襲われた街』といういかにもハッタリをかました感じの12チャン・テイストがぷんぷん漂う怪しげなものでした。
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 12チャンネルには映画だけではなく、お色気番組やさまざまな特番でたいがい騙されていて、夜中まで見ているのに、ボーっとしながら「ああ、またクズかあ…」となるのが半分以上はありました。  しかしながら町山氏の『トラウマ映画館』で取り上げられたように、クズ以外の残りは他局では見ることの出来ないような心にグサッと刺さってくる印象が強烈な作品ばかりでしたので、ついつい見てしまうのがこの局の放送ラインナップだったのです。
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 『ザ・クレイジーズ』はそんななか、思わず大当たりと言いたくなる佳作でした。せっかくシリアスな設定である細菌感染下において、利害関係や立場、個人レベルでいうと見栄や体面が最も重要という人類が本性を試される状況でどう動いていくかが見所になるのがパニック映画です。  ところが、観た人間の精神形成に影響を与えるはずの題材でも、わが国の『感染列島』のように愛情いっぱいの大甘なストーリー展開にしてしまっては元も子もなくなってしまう。
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 六十年代後半から、七十年代のニュー・シネマの流れを好んで見てきた映画ファンたちは嘘っぽいハッピーエンドばかりの毒気のない映画では物足りないし、そもそも納得できない。クレームを気にしすぎて腰が引けたストーリー展開に唾を吐きたくなるでしょう。  なんでもかんでもラブ・ストーリーにする必要はない。そこで『ザ・クレイジーズ』の登場です。米軍輸送機が自国のある山中の湿地帯に墜落し、秘密裏に開発してきた細菌兵器を撒き散らし、細菌が町の飲用水を汚染してしまう。そのふもとの街に住むのは3613人ですが、政府は伝染拡大を恐れ、町ごと隔離してしまう。
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 ここで凄いのがその対処法で、日本ならばどうやって地元民を救出するかに重点を置くところですが、さすがは七十年代映画だけあって、正常化と隠蔽に尽力するのが米軍の役どころでした。正常化の方法は感染した米国民を小型ナパームで生きていても、死んでいても、老若男女の別なく、焼き払うという凄まじさでした。  米軍の失態であるにもかかわらず、まったく落ち度がない、平穏に暮らしていた普通の善良な市民が無差別に虐殺されていくさまはかなりショッキングではある。
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 また水道水を飲んだ住民が生物兵器のせいで徐々に人格が崩壊していく様子は痛々しく、愛する家族や恋人が凶暴化していくのを見つめるだけしかできないのは悲劇的です。  急に狂うのではなく、家族や知り合いの間柄でも少しずつ違和感を覚え、一線を超えると発狂していく様が恐ろしい。ロメロお得意のゾンビ化するわけではなく、見た目はほぼ変わらないのに行動が乱暴で、思慮がなくなり、野獣のようになる。
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 繋ぎは荒々しく、低予算であることは明らかなチープな映像も多々ありますが、軍隊や権威への不信感、愛する人が狂人化したときに自分ならどうするか(ドラッグの暗喩だろうか?)という骨太な問いかけは見た人に深く考えさせるテーマを与えてくれます。  隠蔽体質は洋の東西を問わず、どこの国でも存在しています。去年のわが国の東京電力や政府のいい加減な対応を例に挙げるまでもなく、国民は必要な情報を知らされることなく、国とともに滅ぶしかない。
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 この映画に出てくる国家権力や軍隊、そして権威はすべて非効率で機能していない。見ていて、他人事とは思えないストーリー展開でした。  全体を通してみていくと、おそらくは時代背景を考えると、ベトナム戦争以来の軍への不信感のメタファーなのでしょうが、徹底的に自国軍を悪の権化で、柔軟性の皆無な非人道的で無感情かつ無慈悲な存在として描いているのがかえって気持ち良い。  もっともみな自分勝手で、主役となるカップルも自分と夫の分だけ抗生剤を持ち出しているし、少女と中年オヤジは近親相姦に及ぶ。一人あぶれた三十代男も狂って行く寸前に囮となり、死を選ぶ。科学者も自分たちが原因で細菌を撒き散らしたのに、解毒剤を完成させる過程で軍に毒ずく。現地司令官の大佐も早く帰りたい一心のありさまで誰も市民のことなど考えていない。
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 みなに醒めた目を注いでいるが、なかでも完全に無能なデカイだけの組織として米軍を描いている。科学者がせっかく解決法を見つけ出しても邪魔をして台無しにしてしまう。また民家に押し入ると何食わぬ顔で盗みを働き、他人の家の食料を漁り、死者の財布から金目のモノを抜き取っていくさまはおぞましい。  狂気が何であるかを端的に表した映像は軍隊に抵抗してゲリラ化していく住民たちの後ろで箒を持って、掃除をしていくお姉ちゃんの姿であろうか。
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 エンディングにかかる女性ヴォーカルの澄んだ声が反対に寒々しい。曲のタイトルは『HEAVEN HELP US』ときました。天国は我々を救ってくださるとはまさに笑止千万で、中指を立てたロメロの気骨を感じさせてくれる。  何事も徹底して自分の意見を主張する姿勢に好感が持てます。これは描き方への賛成か反対ではなく、姿勢についての意見です。クリエーターが好きなように作りたいものを作れた最後の時代だったのかもしれません。 総合評価 75点
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