良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『夢売るふたり』(2012)目的に向かって、ただひたすらに憎むように金を騙し取る松たか子が圧巻!

 予告編で力強い旋律が印象的なヴィヴァルディの四季の冬(正式には『バイオリン協奏曲集 四季 第四番 へ短調《冬》 第一楽章』)が掛かっていたため、公開前から気になっていたのが阿部サダヲ松たか子が主演を務める『夢売るふたり』です。  火の不始末が原因で燃え尽きた小料理屋を再建するために彼らが選んだのは第一に懸命に働きながらお金を貯めること、そして第二の資金調達方法は結婚詐欺を重ねて、婚期を逃して焦っている女たちから有り金を巻き上げることでした。
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 夫婦や兄妹を騙り、二人で飲食店で働いて、ターゲットを探しながら、巧みに結婚詐欺を仕掛けながら、自分たちの夢を叶える資金を調達するというのは観客の共感を呼びにくい。  彼らは自分たちの夢を叶えるだけでなく、他人に結婚の甘い夢を見せる。そこから来たのが夢売るという題名なのでしょう。結婚という夢を売るわけですから、いつかは夢は枯渇してしまう。
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 また妻・松たか子がいることを知って、阿部サダヲとの不倫関係を続ける者も出てくる。それに対して、怒りと侮蔑ではらわたが煮えくり返りながらも、金を巻き上げるために悪に徹する松たか子は鬼のような目付きになってくる。  彼女の恐ろしさというのは『告白』と似た部分があり、それは心の奥底から沸き上がってくる怒りを意志で押し殺しながら、目的を完遂していくところです。
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 凄みのある女優さんになってきているのは映画ファンとしては嬉しい。彼女に感心しつつ、目の前で繰り広げられる作品を観ていても、どこから彼らが仕掛けた幻想と犯罪が破綻してくるのかなあと予想しながら、物語を追っていきました。  上映時間はあっという間に二時間を超えてきます。難しいシチュエーションを選びながらも見事に140分間近くを纏め上げたのは監督と編集の手腕でしょう。
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 女流監督・西川美和ならではの細かい描写は綿密というよりは執拗で、あまりにも生臭い場面が多く、生理の処理や自慰の場面など、そこまで撮る必要があるかなあと思う部分もありますが、作品に女のリアリティを持たせるには必然と判断したのでしょう。鈴木砂羽が出演していますが、前より綺麗になっていて驚きました。『相棒』のかおるちゃんの嫁というイメージがかなり強いので、ちょっと困りました。  悲喜こもごもや各々のキャラクターの業の深さがしっかりと描かれていて、上質なコメディに仕上がっています。コメディは悲劇的な状況下で語られるから笑えるもので、何も考えずに笑える映画はランク的には低く、真のコメディには成り得ない。
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 映画を構成するエピソードは火事、不倫、DV、死別、結婚詐欺、ヒモ生活、ヒステリー、刃傷沙汰などどちらかと言うと新聞の三面記事に載るようなパーツばかりではありますが、現代風に解釈すると落語にでも使えそうな題材でもある。  表層だけで三面記事を読むと、ほとんどすべてが悲劇的なエピソードですが、おそらく中身をじっくりと聞けば、笑いの要素も抽出できそうです。
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 交番前では自転車の二人乗りを止めるような小市民が一方では平気な顔をして、質素な女たちを次々に騙していくギャップは何なのだろうか。どれだけ悪銭を溜め込んでいっても足りるという感覚はなく、無間地獄か餓鬼道に堕ちていっているようにも見える。  夫婦仲は金が貯まるほどに悪くなっていくが、他人から巻き上げたのは金だけではなく、悪循環の因縁も背負い込んだのではないか。元ヤクザの鶴瓶が後ろから刺されたり、チンピラが熱湯攻撃を受けて、元情婦に手当てしてもらうさまはかなり間が抜けている。
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 犯罪の本質である詐欺罪で立件されず、子供を庇った末の殺人未遂で塀の中に落ちていく阿部サダヲ。彼を焚き付けて、結婚詐欺を働くよう指示していた犯罪の首謀者である妻・松たか子は捕まることなく、新たな暮らしを始めている。  しかしかもめを見つめる彼女の目は恐ろしく空虚であり、ほぼサイレントや台詞なしで映し出される獄中の阿部サダヲの様子、そして工場でリフトの運転をする松たか子の表情からは感情が読み取りにくく、とても印象に残ります。
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 何気ない捨てカットがキラリと光る作品であり、松たか子の顔に隅田川からのそよ風が吹いてくるカットは気に入りました。夢を叶えて、新しいお店を持てたシーンなのにどこか虚ろな顔をしている彼女にかかる風というのは素晴らしい。  全体を通して見ていくと、かなり後味の悪い作品であります。暗転して唐突に切れるフィルムを見終えた観客は最後まで救いを求めるようにエンド・ロールが流れて、館内に明かりが戻るまでじっと座っていました。この映画では場面転換に暗転を多用していたので、もしかすると何か希望を持てるエンディングがあるかもしれないという夢を見たのでしょうか。  関西ではほとんどの人たちはエンド・ロールを見ることなく、立ち上がってしまう場合が多いので、ひさしぶりに全員が席についたままの光景を見ました。最後まで見て気づきましたが、この作品のどこにもヴィヴァルディの冬は掛かりませんでした。 総合評価 80点
ヴィヴァルディ:四季
ユニバーサル ミュージック クラシック
2009-05-06
イ・ムジチ合奏団

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