良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『殺人者はライフルを持っている』(1968)ボグダノヴィッチ監督のデビュー作。連続射殺魔がモデル。

 『殺人はライフルを持っている』はピーター・ボグダノヴィッチ監督のデビュー作品です。主演にかつてフランケンシュタインの怪物役で人気者になったボリス・カーロフを起用し、しかも彼を怪物や悪役で使わずに人間味のある黄昏時の老俳優として起用しています。  なぜこの作品が製作された1968年当時に、1940年代に活躍した生きる化石のようなカーロフを今更ながら使ったのかというと、プロデューサーのロジャー・コーマンがこの作品の製作を任せるに当たって、ボグダノヴィッチに出した条件が三つあったからです。  AIPとの契約が数日残っていたボリス・カーロフに無駄飯を与えずに新作をでっち上げ、彼の出演パートだけで20分間以上を撮ることが第一条件でした。  第二条件はロジャー・コーマンが監督をして、ボリス・カーロフと売れる前のジャック・ニコルソンが出演した『古城の亡霊』のフッテージを20分間以上使用すること、そして第三条件として上映時間を90分間に納めることという三つの条件でした。
画像
 これらをクリア出来るのであれば、ボグダノヴィッチに監督をさせてもいいというロジャー・コーマンの提案でした。二つ目がもっとも厄介ではありましたが、ボグダノヴィッチはドライブ・イン・シアターでの回顧上映会という設定に主演していたボリス・カーロフを招くというアイデアを思いつき、見事に難問をクリアしました。  物語には二つの柱があり、ひとつは怪奇俳優として一時代を築いたボリス・カーロフが現実に起こる犯罪の恐怖には自分が演じてきた作り物の恐怖では太刀打ち出来ないことを悟り、引退を決めたことへの周りの対応と最後の表舞台となるドライブ・イン・シアターへのゲスト出演を描いています。  一応は役柄の上のことではあるが、まるでユニバーサルを代表とするホラー映画の花形俳優だったボリス・カーロフの心情とシンクロしているようにも見える。実際のカーロフは引退などまったく考えていなかったそうですが、見る者からするとノスタルジックにも聞こえる言葉が数多く、とても興味深い。  色々なしがらみから彼は渋々ドライブ・イン・シアターでの催し物のゲストとして呼ばれることになる。もうひとつの物語はさえないセールスマンだったティム・オケリーが徐々に精神を病んでいき、ついには無差別にライフルで多くの人々を撃ち殺していくまでを描く。
画像
 最初の登場から不吉で、自宅なのに物音一つ立てずに様子を伺う様子を見る観客はオケリーが普通の神経ではないことを理解する。父親とライフルで銃撃の練習をするシーンでも父親に銃を向けて叱られるがこれは60年代のスポイルされた子供らしく、父親への憎しみが込められているのであろう。  300発もの弾丸を何もとがめずに売り渡してしまう銃砲店も異常であり、一応何に使うのかを尋ねると彼は「ブタを撃つんだ。」と答える。この台詞はこの映画の主人公のモデルとなったチャールズ・ホイットマンが弾丸を購入するときに語った言葉だそうです。  彼、つまりホイットマン自身を描いた映画には『パニック・イン・テキサスタワー』がありますが、残念ながら現在までソフト化されていません。この『殺人者はライフルを持っている』はチャールズ・ホイットマンをモデルにしつつ、よりドラマチックに構成されています。  それはまるでエド・ゲインをモデルにアルフレッド・ヒッチコックが『サイコ』を撮ったのに似ています。ヒッチコックフリッツ・ラングへのオマージュが散りばめられた作品でもあり、『北北西に進路を取れ』『裏窓』『見知らぬ乗客』や『M』『暗黒街の弾痕』の匂いが漂っているように思えます。
画像
 犯人役のオケリーはフィルムが進むに連れて、異常さを増していく。妻に悩みを打ち明けようとして、適当にあしらわれた次の夜、暗闇に浮かぶ彼の表情はまったく窺い知れず、不気味な決意だけが観客にも理解できる。30分間近くまでは陰気なアメリカのホームドラマのようだったのが翌朝のベッドルームのシーンで突然に修羅場に変わる。  朝のキスをしにきた若い妻を前触れもなく撃ち殺し、立て続けに母親と兄弟にも拳銃を向ける。何故なのか訳が分からないという困惑の表情を浮かべる被害者たちの顔がリアルです。  理由なき犯行は突然にスタートしましたが、さらにショッキングなシーンが観客を驚かせる。この犯人は冷静に犯行現場を片付けていき、妻や母親をベッドに寝かしつけて、血痕を拭き取り、現場を偽装していく。  テキサスタワーの代わりに石油タンクの天井に登った犯人は見晴らしの良い絶好の場所からハイウェイを疾走しているドライバーを射殺しまくる。誰でも良いから道連れにしていく無差別殺人が始まっていきます。
画像
 このタンクでの虐殺が終わってから、一度パトカーに追われますが、まんまと出し抜き、ドライブ・イン・シアターに逃げおおせる。スクリーンに穴を開けた彼は観客を次々に射殺していく。  スクリーンの裏側に位置取りした犯人は狭いスペースにいますが、彼の様子を撮るために滑車を使い、エレベーターのような撮影器具を作って、撮影しています。  このとき大量の銃弾とライフルを抱えていた彼は鉄骨で入り組んでいて、夜の暗闇で見えにくくなっている下層に落としてしまう。なんとか拾おうと手を伸ばすものの彼の手は届かない。まさに『見知らぬ乗客』のライターを思い出す名シーンの一つとなっています。  さらにいよいよ犯人オケリーと引退前のボリス・カーロフがはじめて顔を会わすシーンがやってきます。現代の恐怖と大昔の恐怖との邂逅シーンです。ここで初めてというのが意外ではありますが、繋ぎが上手いのでそうとは気がつかない。カメラのパンを使って、カーロフのエピソードからオケリーのエピソードに水平に繋いでいくことにより、時間軸をずらさずに場所だけを転換させていく。
画像
 戻るときには逆サイドにカメラを振っていくことで元に戻していきます。色にも気を使っていて、ボリス・カーロフの世界は暖かみのある色合いが多く、オケリーの世界は寒々しい寒色が強くなる。  対比をしっかりとつけていて、とても見やすくなっています。ラスト・シーンが盛り上がりに欠ける気もしますが、現代の恐怖と狂気、特に見た目では圧倒的に恐いボリス・カーロフよりも一見すると普通の好青年にしか見えないオケリーの内面の方がはるかに恐ろしいのだと迫ってきます。  実際、酔いつぶれたボグダノヴィッチがカーロフの部屋で目覚めたときにカーロフの顔を見て驚くというシーンがある。怪奇俳優だったカーロフの姿はそれほど怖かったということなのでしょう。そのあとにホテルの部屋の大きな鏡で自分の姿を見たカーロフ自身も自分の顔を見て驚くというオチがつく。微笑ましい恐怖。それに比較されるオケリーの引き起こした惨劇はおぞましいが、冷静な処理をすることで恐怖にさらに嫌悪感が加わる。  余談にはなりますが、エンド・クレジットが映っている間、誰もいなくなったドライブ・イン・シアターのスクリーン上のカメラは全景を捉えているが、ちょうどスクリーン手前から上方に向けて、雲が動いて全体的に覆い尽くすように掛かってきます。なにげにこのカットが印象的でした。  撮るべくして撮ったボグダノヴィッチはさまざまな映画監督が親交があったようで、この作品を製作するに当たってもフリッツ・ラングアルフレッド・ヒッチコックサミュエル・フラーハワード・ホークス、そしてもちろんロジャー・コーマンらからも多くのアイデアをもらっていたそうです。
画像
 たとえばラングとはレンズの使用法を話していて、基本的にズームは使わないがあるシーンの演出については使っても良いというものです。その使用法は犯人による狙撃が行われているときにターゲットになってしまった犠牲者に銃弾が着弾する瞬間のシーンに限ってはズーム・レンズは効果を発揮するというもので、実際にこの効果を使って、着弾を表現しています。  ヒッチコックでは凶悪な犯行を実際に見せなくとも、影や周りの人の表情、または音のみで表現するというアイデアでした。サミュエル・フラーはかなり多くの箇所に関わっていたようで、ボグダノヴィッチも彼にまつわるこぼれ話を多く寄せています。  ハワード・ホークスに関しては現代美術館での回顧上映特集の際に監修をボグダノヴィッチが務めていたのをきっかけに話をするようになったようで、この映画にも自身の作品である『光に叛く者』の引用を認めています。引用ではオットー・プレミンジャーの『或る殺人』も使用されています。  ロジャー・コーマンに至ってはそもそもの撮影条件である『古城の亡霊』のフィルムをオープニング及びもっとも重要な殺人者との邂逅場面でも使用しています。スクリーンに映し出されるボリス・カーロフと自分の引退記念であるドライブ・イン・シアターでのセレモニーに向かってきたはずだった彼が犯人を追い詰めていくシーンがシンクロして映し出されるという映画オタクの夢のようなシーンをボグダノヴィッチは用意しました。
画像
 カメラの演出も巧妙で、これを撮ったのがたった21日間で、そのうちボリスが出演したのはたった5日間というのが信じられません。しかも予算は12万5000ドル(当時の貨幣価値ならば、4000万円くらいでしょうか。)でボリスの取り分が2万5000ドルということもあり、実際に映画に掛けられた費用は3000万円以下に過ぎない。  それでもこのような突出した出来栄えに仕上げてしまったのは彼の大いなる才能とそれまでの人脈からのアイデアの積み重ねと練りに練られた撮影プランと脚本によるものでしょう。あちこちに盛り込まれた映像遊びのさじ加減も良いので、気づいたところでニヤニヤするでしょう。銃砲店には“TARGETS”と記載された弾丸の看板が置かれています。原題が“TARGETS”なのでそれを意識したのでしょう。  彼はこの映画において監督・脚本・出演・編集を行っています。映画のクレジットの編集ではカットされてしまったようですが、現実には上記の四役を一人でこなしています。まるで『市民ケーン』のときのオーソン・ウェルズのようです。もちろんウェルズのアイデアの素晴らしさには及びませんが、それでも映画が好きで業界を志した者からすれば、もっとも映画を作りやすい状況をコーマンが差し出しているように見えます。 総合評価 88点
殺人者はライフルを持っている! [DVD]
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2012-11-22

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 殺人者はライフルを持っている! [DVD] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル
見知らぬ乗客 [Blu-ray]
ワーナー・ホーム・ビデオ
2012-11-07

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 見知らぬ乗客 [Blu-ray] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル