良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ブラジルから来た少年』(1978)往年の大スター共演作だが、劇場未公開だった秀作。

 かつてゴールデン洋画劇場の放送時間帯は金曜日でしたが、現在と同じの土曜日に移行したあとに放送されたのが『ブラジルから来た少年』です。放送されたのは1983年か1984年ごろだったと記憶していますが、定かではありません。  はじめてタイトルを知ったときはいったい何の映画なのだかさっぱり見当もつきませんでしたし、予告を見た感じではナチスドイツがらみの映画っぽいなあという程度でした。
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 最近の中学生や高校生だったら、もしかするとブラジル代表を目指すサッカー少年か、陽気なブラジルから来た少年がサンバでしょぼくれて、どんよりとした移民先の街を復興させる青春映画だと思われるかもしれません。  実際は南米に潜んでいたナチス残党の暗躍と公開当時の頃は夢物語だったクローン技術を絡めたSFサスペンス作品であり、出演者にはマッド・サイエンティストのメンゲレ博士(実在した医師で人体実験を実施していた。)役にグレゴリー・ペックを、そしてナチス残党を追い詰めるハンター役にローレンス・オリヴィエを起用するという豪華な配役でした。
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 『マラソン・マン』ではローレンス・オリヴィエが今回の映画とは反対に、彼がナチの残党を演じていました。さすがは役者ですし、『マラソン・マン』では殺害されるときにたしか口いっぱいにダイアモンドを詰められていたような記憶があります。  また若き日のブルーノ・ガンツやジェームズ・メイスン(『マンディンゴ』にも出ていました。)が出演しているのも見逃せません。まあ、みんな今ではすっかりおじいちゃんですし、昔の映画を見ると鬼籍に入った人が年々増えていくのは寂しいですね。
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 さすがに科学が発達し続けている現在の観客の目、それも二十代以下の人たちがこれを見ても、おそらく使い古されたアイデアにしか感じないのでしょう。  が、1980年代のテレビ放送ではじめて(劇場未公開だったので、レンタルビデオがなかった当時、ほとんどの日本人はこの時の放送が初見だったはずです。)、この映画を見たぼくらにとってはかなりの衝撃でした。
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 どれだけ強烈だったかというと、中二か中三のときの理科のテストで、えんどう豆の実験で有名な科学者の名前が付けられた遺伝に関する法則は何かという問題で、メンゲレの法則と書いてしまうほどでした。  まずはジェリー・ゴールドスミスが手掛けた華麗なドイツっぽい音楽が華麗であればあるほど皮肉めいていて、ナチスといえばのワーグナーも使用していますが、エキセントリックな陰謀を張り巡らせるナチの残党の馬鹿げた妄想とロマン溢れる音楽の対比が最高です。
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 ナチ陰謀映画のような前半部分では、南米パラグアイに隠れ住んでいるメンゲレ(グレゴリー・ペック)が65歳を迎える94人もの白人男性を殺害していく計画を立て、ジェームズ・メイソンら実働部隊や忠実な支持者によって実行されていきます。  この動きを探ろうとしていた若いジャーナリストが放ったスパイが小さい子供というのが印象的でした。しかも捕えられた後には、誘拐された挙句に目の色を染料で変えられる実験を受けたうえで、殺害されてしまう(子供を殺すプロットが採用されたのはアメリカ映画らしくはない。)のも驚きです。
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 盗聴器を仕掛け、ナチの残党の計画を知ってしまったジャーナリストもすぐに消されてしまうという展開は何か恐ろしいことが起こっているのだろうなあと中学生の僕らでも分かりました。  見続けていると、いよいよ計画の全貌が明らかになっていきます。14年以上の歳月をかけて、94体のアドルフ・ヒトラーのクローンを作り出し、赤ん坊の時に養子縁組して世界中に送り込んで成長させていくのが第一段階です。
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 第二段階はアドルフ本人が父親を失ったのと同じ時期に養父を殺害し、同じ境遇に追い込んでから覚醒させるというやり方を取る。現在の感覚では陳腐の一言で片付けられてしまうのでしょうが、環境が人を育てるという手法は見ていた当時では背筋がぞっとくる異様なアイデアに思えました。  遺伝(精子を凍結しておくとか。)をはるかに超越したクローニングだけではなく、環境も利用するという方法こそが緻密で恐ろしく思えました。どちらか一方でも非人道的なのに二つを同時進行させるのはドイツ人的(めちゃ偏見ですが!)で納得させてくれました。
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 ローレンス・オリヴィエグレゴリー・ペックの壮絶な戦いは見応えがあり、クライマックスでの老人同士の大喧嘩というこれまで見たことのなかった闘い(なんだかジャイアント馬場アントニオ猪木、もしくはカール・ゴッチルー・テーズみたいです!)が始まります。  しかし老体に鞭打ってハッスルした彼ら以上に、大きな存在感を示したのはヒトラーのクローン役の少年(ジェレミー・ブラック)です。全盛期の前田日明のような冷たい視線と何を考えているのか掴みづらい表情こそがもっとも薄気味悪い。
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 彼の存在があってこその『ブラジルから来た少年』であり、彼を抜擢したことが最大の成功要因でしょう。一人四役もこなした彼こそが真の主役です。どうせなら、一人六役にしてくれていたら、『おそ松君』になっていたでしょうから、日本ではもっと笑えるネタになっていたかもしれない。  このように空恐ろしい作品でしたが、ここで問題点が一つありました。テレビ放送時にはペックとオリヴィエの取っ組み合いがあり、入院したオリヴィエが尋問しに来たFBIとのやり取りで少年たちを殺そうとしているのを察知したあとに名簿をすべて焼き払うシーンがあり、さらにある恐ろしいエンディングが用意されています。
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 まずはエンディングがカットされていたビデオ版では名簿を焼き払ってしまうシーンで完結します。それが意味するのは連合軍によって構築された戦後体制の治安を守る実働部隊のひとつであるFBIや警察組織がユダヤ人虐殺の首謀者や関係者たちを根こそぎ逮捕し、彼らを死刑台に送っていたユダヤ人たちがヒトラーのクローンだからという理由(本当にクローンなのかという検証すらしていない。)で94人もの罪のない少年たちを抹殺するリストが欲しいというのは本末転倒もいいところだというメッセージでしょうか。
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 そこでオリヴィエが取った行動の意味はクローンかもしれないが、現実に生存している彼らには生まれながらの罪はないということであり、名簿の燃えカスを映し出し、追跡できないようにして、それが生まれで差別することへの批判であるというヒューマニズム的な余韻を伴って、映画が終わるという編集なのです。  現在の価値観であれば、こういうエンディングがスポンサーから支持されるのでしょう。しかし僕らが見たのは違うエンディングでした。
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 その終わり方とは病室でのヒューマニズム場面の後に続けて出てくる、ジェレミー一人きりのたった2分間程度の場面ですがあるのとないのとでは全く印象が違ってきます。  画面はどす黒い真っ赤な室内です。それは写真が大好きなジェレミーが現像室で犬をけしかけて噛み殺させたグレゴリー・ペックの死体写真を仕上げている様子で、部屋には彼から戦利品として取り上げた腕輪が飾られており、忌まわしい写真の出来上がりを冷たい目で眺めながら、薄気味悪く笑みを浮かべながら終わるというものでした。
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 不気味なエンディングであり、殺人者の遺伝子(この場合はクローンなので本人か?)は新たな大量殺人鬼を生み出すのだという遺伝学上では認められないような描写(メッセージ)があり、ここはビデオ時代にはカットされていました。  今回、CSで放送されたのは前述した大昔に見たバッド・エンディング・バージョンでしたので個人的にはかなり嬉しい対応でした。おそらく公開当時に見たファンからの強い要求があったのでしょうか。
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 どちらにせよ、素晴らしいサスペンス映画なのですが、後味の悪さやメッセージはバッド・エンディングのほうがより引き立ってきます。しかしながら、なぜか我が国では劇場未公開という扱いを受けてしまい、初出はゴールデン洋画劇場枠だったのではないか。  なんとももったいないが、いくらかつては有名だった二大俳優を使ってはいても、両者ともおじいちゃんなので彼ら目当てに劇場まで通う映画ファンは少ないという判断だったのだろうか。
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 今回はイマジカでの放送があったので、10年ぶりに見ました。古くなってしまっている部分はありますが、異様な雰囲気と狂気は失われていません。最後に薄気味悪い笑みを浮かべる少年ジェレミーが何度見ても恐い。 総合評価 76点