『桃太郎 海の神兵』(1944)手塚治虫が影響を受けた幻の名作が大船に眠っていたなんて。
あらゆる物資が底をつきかけ、言論の自由などもなく、物質的にも精神的にもまったく何も無かった太平洋戦争末期の1944年の暮れに完成したのが『桃太郎 海の神兵』です。
このアニメ映画は1945年には公開され、手塚治虫らの戦後世代のクリエイターたちに大きな影響を与えたと言われていましたが、戦後にわが国を統治したGHQの指示により焼却されたとされて、ずっと幻の名作扱いになっていました。
それが戦後数十年も経ってから、松竹大船のフィルム倉庫から奇跡的にネガが見つかり、ようやく公開されました。ビデオ期にはVHSテープが販売されていましたが、現在はDVD化されることもなく、中古のVHSテープが最低でも7000円以上で、高いものは12000円以上の高値で取引されています。
ではいったいこの作品はどういう内容だったのでしょうか。主人公の桃太郎(海軍大将のようです!?)は人間なのですが、その他のキャラクターはすべて犬・サル・キジなどの動物が登場します。海軍所属の犬・サル・キジはもしかするとワンピースの海軍大将のモデルなのかもしれない。
鬼ヶ島(インドネシアっぽい。)を支配しているのは英語をしゃべっているので米英人のようですが、たしかこの地域を支配していたのはオランダのはずです。
物語は海軍に所属するサルの海兵たちが故郷に帰ってくるところから始まります。海兵は皆の憧れとして描かれていて、快活な彼らは人柄も高潔で、幼い兄弟たちが川に流されて遭難しかけても勇敢にバンジー・ジャンプして救出します。
偵察隊が必死の覚悟で撮影してきた航空写真をもとに作戦を立案した桃太郎大将は革新的な奇襲作戦を思いつきます。それが落下傘部隊による急襲作戦で、特攻野郎モモチームでしょうか。
物語的には桃太郎ですので鬼ヶ島へと鬼退治に出掛けますが、皇軍の武勇譚でもあるという側面を持つので、敵に無条件降伏を認めさせる場面などが加えられています。
また戦闘シーンが非常に近代的で、軍用機に乗り込んだ海兵たちが鬼ヶ島の上空から、対空砲火をかいくぐって、落下傘降下による奇襲作戦を仕掛けていきます。上空の強風という困難な状況のもとではありますが、勇猛果敢な桃太郎さんは率先して降下し、最前線で部下を鼓舞します。
こういう場面で素晴らしいのは背景であったり、黒目の動きだったり、落下傘の装備が風に揺れたり、絡み付いたりしてくる点です。あえて面倒くさい構図や難しい画面の作り方をしているように思え、たぶんこれは製作者側の強い意志だったのではないか。
またとてもリアルに描いているなあと感心させられたのは降下してきた海兵たちがすぐに敵軍と交戦できるわけではなく、可動式大砲や機関銃、また銃剣や弾薬を落下傘で投下し、これらを受け取れるポイントを確保します。
こういった機械的な動作をしっかりと行った上で、大砲を組み立てて、武器弾薬を海兵に配り、そしてようやく戦闘が始まるというあまりにも現実的な展開手順に驚かされます。
また、これほどまでに動画をスムーズに動かせているのは必見であり、今も昔もアニメ製作に関しては日本人は基礎的な能力が備わっていたのでしょう。
当時のスタッフの人たちはたとえ出来上がってくる作品がプロパガンダ的要素が色濃く、本来作りたい、もしくは主張したいこととは真逆のストーリーであったとしてもアニメを制作できることに喜びを感じていたのではないか。
台詞などは一見すると戦意高揚のための軍事寄り表現に聞こえますが、わが軍による残虐描写や威圧的なシーンも多く、これをみて戦意が高揚される子供がいるとは思えない。あちらのコードを使用して、こちらの真意を伝える。まさにこれこそが対位法でしょう。
総合評価 75点