良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『君の名は。』(2016)今年最大のヒット作。今更ながら観に行きましたww

 あっという間に年の瀬を迎え、来年はトランプ大統領が誕生する。本物の怪物となるか、案外マトモかは予断を許しませんし、報道や評論家のほとんどは無意味で無定見であることが証明されています。  映画業界に目を転じると今年は『君の名は。』『シン・ゴジラ』という二本の作品が大当たりして、ニヤニヤが止まらないのが東宝でしょう。八月公開スタート時の前は劇場での予告編がしつこいくらい流されていました。  それを見た感じでは大林宣彦の『転校生』『時をかける少女』とアニメ映画『サマー・ウォーズ』の良いところ取りかなあという程度だったため、『君の名は。』を観ずに『シン・ゴジラ』の二回目を優先しました。  また、ぼくの周りにいる映画ファンの女子大生たちはディズニー(これ以上、ヤツラに金儲けさせたくないという理由。)や流行りモノを避ける変わり者ばかりなので、誰一人『君の名は。』を観に行っていない状況です。つまり、誰からもネタバレを聞かされていないという良い環境だったのです。  今さら観に行く『君の名は。』、ネタバレなしの『君の名は。』は楽しめるかもしれない。だったら、いま行っても差し支えないという結論に達し、映画館まで来ています。
画像
 子供から大人まで巻き込んで大ヒットしているということはお話が誰でも理解できる程度まで解りやすさが追求され、どこからもクレームを入れられないくらい無味無臭で、結末がハッピーエンドであるのかなあと思いながら見ていましたが、それほど簡単なお話ではない。  映画の要素を大きく砕くと、お話の展開(脚本)、演技(アニメなので声優。たぶんタレント起用。)、画面の作り方や色調、作画の受け入れられやすさなど見た目である演出、音楽、建築物や道具、衣装のデザインなどに分割できます。  上記を念頭に置きながら見ていくと、ヒットする映画となる要因として有効な青春映画とラブストーリーを主軸にして、SF、ファンタジー、ちょっとしたエッチな感覚、オカルト、パニックなどを少しずつつまみ食いしながら、千手観音のようにヒット要素を全面展開していきます。
画像
 それが良いか悪いかは別問題ですが、おもちゃ箱のような感覚は楽しく、映画館に久しぶりに来る観客にもアピールするだろう。  実際に見た感想としては結構、ぐちゃぐちゃに時間軸を行ったり来たりと繰り返すので、そう単純ではないのによくここまで集客できたものだなあと感心しました。  物語の時間軸を整理していきます。 ①ヒロイン三葉(上白石萌音)がまだ高校生の主人公瀧(神木隆之介)と出会っていない、三年前の隕石落下事故が発生する前の見ず知らずのうちに無理矢理に彼と会ってしまうが、主人公は誰だか分からないし、すぐに忘れてしまう。ヒロインが髪を結っていたリボン(自分で紡いだ糸を使用。)を人と人を繋ぐ運命の糸の証として主人公に渡す時期。ラストシーンから遡って八年前。 ②物語のメイン舞台となる主人公が高校生の時期。ここが“転校生”チックな男女の身体の入れ替わりのある青春真っ只中ストーリーの時間軸。  よく考えると両者の年齢は三歳違うように思えるが、彼女はすでに三年前に隕石の落下事故により亡くなっているので問題なしでしょう。オカルトチックではありますが、ファンタジーと言い換えましょう。
画像
 祭りの準備もこの時間軸で彼女が神社の神聖な血筋の巫女であり、くちかみ(古代倭の国では穢れ無き巫女が口で米をかみ砕き、神事用の器に入れて保存する。)の酒を造り出す重要な役割を持っていることが示され、このお酒と神社のご神体がある1200年前の隕石落下の場所は後に大きな鍵となる。  この場所で祭りの日(ヒロインにとっての高校生の時期。主人公にとっては三年後。)の黄昏時にはじめてお互いに会い、悲劇を防ぐために力を尽くす。 ③就活の時期 ②から五年後の時期にあたる。高校生のときに入れ替わりの不思議な現象を経験した主人公もほとんど高校時代の一時期にあった彼女との関わり(彗星群の最接近後はまったくコミュニケーションが取れなくなってしまう。)を忘れ、四回生らしく就活をしている。  かつて好きだったバイトの先輩(長澤まさみ)はすでに働いていて、高校時代の仲間たちも内定を取り付けているが、主人公はまだ決まっていない。  ラストシーンでは通勤電車で偶然窓越しに見つめ合う(ガラス越しに見つめ合うというのはオリジナルの『君の名は』へのオマージュでしょう。)。かつてのおぼろげな面影の記憶を頼りに千駄ヶ谷駅(逆方向に行き違う2人がなぜこの駅だと分かるのだろうか。)を降りた二人はついに二回目の再会を果たす。二人の活躍により、悲惨な歴史は書き換えられ、ハッピーエンドに向かう。
画像
 だいたいこんな感じで進みますが、完全にネタバレです。きちんと時間軸を捕えないと訳が分からなくなるのであえて書いています。くちかみの酒のエピソードは思春期の女の子らしく、かなり抵抗感が強い。  また妹があっけらかんと、ヒロインの写真をつけて、現役女子高生が造ったくちかみの酒ならば、ネットで爆売れするよと言い出すところは楽しい。  まあ、広瀬すず小松菜奈特製のくちかみの酒があれば、たとえ数十万円でも彼女のファンやロリコンのマニアが群がりそうです。  主人公が彼女に逢うためにご神体のある山の頂上まで登っていき、大岩の下に鎮座するご本尊に供えられたくちかみの酒を飲む下りはイザナギイザナミの黄泉の国のエピソードを思い出させます。
画像
 日本神話や運命の糸のエピソードはたいへん日本的であり、現在気質と昔からの文化が融合している感じです。  それ以外では、この映画における音楽の貢献はかなり高く、RADWIMPSが提供した四曲がないと映画は成立しない。作品の脚本を受け取ったメンバーがこれに合うように作ったのが今回のナンバーなので、作品世界と合うのは当然なのですが、世界観にピッタリで、タイアップではない本当の意味でのサントラです。  オープニングで颯爽と掛かる『夢灯籠』、もっともコミカルな入れ替わりシークエンスで使われる『前前前世』、後半にかけての瀧の激情を代弁するような『スパークル』、そしてエンディングで掛かる印象的な『なんでもないや』という強力なラインナップです。その他に使われるBGMもすべて彼らの製作なので、これは音楽と映画の幸福な関わり合いです。  大ヒットしている映画ではありますが、音楽の良さや視点ショットなどに優れているものの、トータルとしての感想としてはそこそこではあるがそれほどではないというところに落ち着きます。まあ、これを観に行った若いファンに映画を映画館に通って観るという習慣がつけば、映画ファンとしては嬉しい。
画像
 ただこれが日本映画興行収入歴代4位まで来ているということについては「それほどの出来ではない。」と思います。  上映時間は110分弱でしたが、音楽やカット割り、カメラワークを最大限に使って、あちこちに力業で乗り切っている場面展開が目につきました。  評判が異常に高かった割りには場面の繋がりがおかしく、興醒めするところが出てくるのは難点です。個人的に興味深かったのは視点ショットの変化のバリエーションが豊富で飽きさせない工夫がされていたことです。  登場人物が食事を用意したり、日常生活での作業に没頭しているときの視点はその人のものとなり、また場面説明的なエスタブリッシュ・ショットへと自然に移行していく。  神社がお家になっているヒロイン姉妹とおばあちゃん(市原悦子)との団らん場面のカメラ位置がまるで小津安二郎作品のようだったのも楽しい。また作画がとても丁寧で日本の田舎町の雰囲気をよく切り取っています。  モデルとなった飛騨の田舎町では聖地巡礼と称して、観光客が増えているようですが、田舎のJRの各駅はだいたいあんな感じなので大騒ぎして行くほどのものとは思わない。ただ水や草木などの自然風景の描写はとても活き活きしています。ジブリ後期の作品よりも作り込みや描き方がとても丁寧で嬉しくなります。  劇場で一度見ただけなので、いろいろ見落としや誤解があるとは思います。音楽は素晴らしく、有線などではいまだに『前前前世』など4曲が掛かり続けています。 総合評価 65点