良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『オペラ座の怪人』(1925)サイレント映画の傑作!光と陰の絶妙な共演。

 『オペラ座の怪人』は1925年に製作された、サイレント映画の傑作であり、ホラー映画の傑作でもある。監督にルパート・ジュリアン、主演に、ロン・チェイニー(狼男役で有名な、ロン・チェイニー・Jrは彼の息子)を迎え、一躍彼をスターの地位に押し上げました。物語自体が、優れていたのは言うまでもありません。後に何度もリメイクをされ続け、最近でもミュージカル映画として大ヒットを果たしました。そのオリジナルとなったのが、この作品です。  サイレント映画であるために、登場人物の意志や感情は当然のことながら、動作、表情、そして光と影で表さなければなりません。それを制約と捉えるか、創意工夫のきっかけと捉えるかで、出来上がってくる作品は全く違ったものにならざるを得ない。言葉を得た映画は、往々にして堕落して、映像で語る事を諦めてしまい、結果として言葉で勘所を説明している映画を多く見かけます。  トーキーは映画にとって進化だったのか、それとも退化だったのか。新しい技術は、常にこの問題を孕んでいます。技術を使いこなすのか、技術に振り回されるのか。何もこれはトーキーに限ったものではなく、最近の10年位では、それがCGに変わるだけです。  CGは確かに映画製作での特撮のレベルを一気に何段も、何十年分も引き上げました。『ジュラシック・パーク』を見た時の驚きは、1930年代に『キングコング』を見た観客のそれに相当するのではないでしょうか。  ここで見られる『オペラ座の怪人』には当然、音はありません。しかし、それを上回っている映像表現の豊かさがあります。光と陰の使い方は、むしろ現代の映像作家が見習うべきであり、サイレント映画には映画の本質が詰まっています。  見所としては、劇場でのオペラのシーン、そして同じ劇場で、シャンデリアが客席に落ちる場面があり、2004年度版でもこのシーンは挿入されています。オリジナル版の落下シーンもなかなかの迫力があり、サイレントにもかかわらず、落下前のギシギシする音、落下後のガラスが砕け散る音、観客の逃げ惑う音が聞こえるようです。  2004年に公開された最新版でも、落下の演出は素晴らしく、特にあの象徴的なテーマ音楽とともに、モノクロ画面からカラーに変わる、オープニング・シーンでのシャンデリアは、最も印象に残るシーンのひとつです。劇的過ぎるのですが、個人的には素晴らしい演出に思えました。  なかなかリメイク物では一部のシーンですら、オリジナルを超えることが出来ないものが多い中で、最新版の、このオープニング・シーンに限っては、明らかにオリジナルを越えています。映像と音楽が見事にマッチしている珍しい一例でした。舞台背景やら、地下水道から通じる怪人の棲家の作り方が、オリジナル版と全く代わり映えがないのは喜ぶべきなのか、どうなのか。  オリジナル版で、さらに優れている映像描写は、陰の使い方です。怪人をそのまま見せるのではなく、殺される者を、狙いを定めて忍び寄るシーンでは陰だけでサスペンスと恐怖を表現しています。見えてしまうと観客は、前もってその後の展開も読めてしまうので、怪人の恐ろしさが半減しますが、陰が迫るという演出を用いる事で、映画的に素晴らしい効果を得ています。  またもっとも美しいシーンのひとつに地下水道のシーンがあります。怪人がクリスティーナ(メアリー・フィルビン)を地下の隠れ家に誘拐する時に使うゴンドラ、そして地下水道の造形の美しさと、揺れる水面から映える光の反射が壁に映る、なんとも言えない柔らかさには目を瞠ります。水の匂い、閉所での音の反射、僅かながら差し込む光が作り出す人物とゴンドラの陰は、映画ファンにはたまらないものだと思います。  画面の作り方にも工夫が凝らされていて、ドイツ表現主義の代表作である『カリガリ博士』などに見られる斜めに画面をよぎる階段などの建築物の配置の仕方に、演出者のこだわりを見ることが出来ます。後々に何度もリメイクされたこの『オペラ座の怪人』ですが、いまだにどの作品もオリジナルを超えてはいない。一部シーンでは超える事が出来ても、全体で超えるものは出ていない。  音を大胆に使う事により、別の次元を切り開いたミュージカルのような最新版はとても優れていますが、基本的な舞台装置はオリジナルをほとんど踏襲しており、目新しいものはありません。それでもこのリメイクには作者の意気込みを感じます。ただ失敗したポイントがあり、怪人が素顔になっても恐くない事でした。  その点、オリジナル版の怪人が素顔になった時の恐ろしさ、仮面自体の恐ろしさ、仮面舞踏会での死神の真紅の扮装の禍禍しさは、リメイクでは越えようがない迫力でした。ロン・チェイニーの演技はしっかりしていて、恐怖と狂気、そして芸術への理解の深さを見ることが出来ます。  ストーリーそのものは、後半がバタバタ展開していってしまったきらいがあり、尻切れトンボの印象が否めませんが、映像表現の宝庫である事に変わりはありません。80年以上前の映画でも、良いものはいつまでも良いのです。この作品の真の怪人は、彼をただ利用しただけのクリスティーナ、そしてロン・チェイニーを集団リンチにして、川に突き落とす民衆かもしれません。 総合評価 96点 オペラ座の怪人
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