良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『父の祈りを』(1993)これは現代に置き換えた、「魔女狩り」の映画だ。ネタバレあり。

 実話を基に作られた、ジム・シェリダン監督、1993年製作作品である。冤罪により、というよりはもっと悪質な国家的陰謀により、無理やりテロリストに仕立て上げられるダニエル・デイ・ルイス演じる主人公家族達。これは中世に、教会によって行われた「魔女狩り」と、本質的になんら変わる事のない権力による人権蹂躙と、「人が人を裁く」という裁判制そのものへの不信を描いた傑作である。  「魔女」から「テロリスト」に名称が変わったのみであり、人身御供として大衆の前に差し出されることになんら差はない。描かれる物語は、父親を演じたピート・ポスルスウェイトと、息子であるダニエル・デイ・ルイスの複雑な関係、警察権力による人権蹂躙、英国とアイルランドの憎悪の歴史と差別、人を守るべき司法が無実の人を社会的に葬る恐ろしさ、英国やアイルランドの風俗、そして裁判制そのものへの不信など語られる内容はとても重厚で、密度の濃いものである。  子供の頃から、父に対して抱えていた不満をいつまでも持ち続ける息子と、頑固一徹カソリック信者の父親との葛藤と関係修復を一つ目の軸にしている。もうひとつの軸に使われているのが、警察権力による恥ずべき人権蹂躙の実態と、人として当然の権利を取り戻すための闘争。彼らを救うために立ち上がった、エマ・トンプソン演じる弁護士の再審運動。これらの太い軸に、冤罪、宗教、歴史、人種差別、風俗を絡めた二重、三重の構造を持つ大作です。  70年代のヒッピー文化が、まだ若者の「自由」を代弁していた頃に行われた、IRAによるテロという実際の事件と、冤罪によって捕らえられ、監獄につながれる主人公達の対比の妙。自由は奪われ、拘束のみの生活が15年以上続いていく。自由である下町も、下層市民として扱われていた、当時のアイリッシュには天国ではないが、拘束よりはましだ。    前半の見せ場である、主人公達を社会的に無理やり葬るために行われた裁判の醜さからは、目を背けたくなるほどでした。裁判そのものも、傍聴席から飛んでくる卑劣な野次が、まるでサッカーの試合での「イギリス対北アイルランド」のような印象を与えました。人種と宗教が絡むと、軋轢は増しこそすれ、減ることは無い。特に、深刻な領土問題を抱えた、この地域なら、なおさらでしょう。   警察や裁判への不信は徹底的であり、マイノリティーには、支配的権力は保護を与えることは無いことを冷静に描いていきます。特に犯罪者を無理やり仕立て上げていく警察の酷さはどの国も同じようで、事実の集積と確認よりも、解決という事実のみを必要とするために、拷問と強要を繰り返し、事件を解決する国家権力の末端の無能さと恐ろしさを実感します。作中で描かれる警察は、すべて最低の人格者ばかりであり、シェリダン監督の個人的恨みもどこかにあるのではと勘繰ってしまうほど、徹底されていました。  映像的にも優れていて、ロー・アングル(登場人物を下から撮る事で、威圧感を出すもので、主に警官のショットで多用されています)とアイ・レヴェル(一般的な会話時の目線の位置の事で、主人公らはこの角度、もしくはちっぽけな存在として扱われている前半では、俯瞰的な見下されるような距離と角度を用いた撮り方が多く用いられている)を多用する撮影が、等身大の登場人物への観客の気持ちの移行に役立っています。  特にロー・アングルが効果的で素晴らしい。パワフルな警察は、常に上から見下ろすように威圧的に主人公に相対する。同じくロー・キー照明とロー・アングル撮影で有名な、劇中で使われる『ゴッド・ファーザー』の映画が物語を暗示し、暗殺や裏切りを描いたこの映画を呼び水にして、暗殺未遂シーンに繋げていきます。演技面では、主役を務めたダニエルは勿論、ピート・ポスルスウェイトが演じた父親役が絶品でした。エマ・トンプソンも作品世界に溶け込んでいて、浮いた登場人物は皆無でした。  その他、印象に残る映像としては、街頭や刑務所内での暴動シーン、息詰まる法廷シーンでのやり取りなどの映像が素晴らしく、特にモブ・シーンでの迫力が素晴らしい。なかなか迫力のある暴動シーンは撮りにくいものですが、しっかり撮られています。まるでサッカーでのフーリガンの映像や実際のIRAとの抗争をベースにしたようなつくりです。  音楽面でも、ボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』が持つ反体制のメッセージ、ボブ・マーリーが歌う『イズ・ディス・ラブ』のリズムが持つマイノリティーの主張、陰湿な殺人や謀略を思い出すニーノ・ロータの『ゴッド・ファーザー 愛のテーマ』などストーリー展開に合わせた楽曲が効果的に用いられている。  70年代のイギリスやアイルランドの風俗や文化もちりばめられていて、パブ、フットボール、ヒッピー、マリファナ、パンク、教会、IRAと一般国民との関わりもさりげなく描かれています。 あくまでもさりげなくであり、アメリカ作品のような派手さはヒッピーの暮らしの中でも描かれてはいません。ヒッピーの家からも追い出される、アイリッシュの主人公達と、彼らとコミュニケーションをとるホームレスの老人の哀愁。いつか同じ目にあう彼らは、老人にも優しい。  スポット・ライトを華々しく浴びるような映画ではありません。しかし、個人的には5回は見た作品です。『イン・アメリカ』でも評価の高かったシェリダン監督ですが、彼の作品に共通するのは、アイルランドへの変わりない愛情と哀しみなのではないでしょうか。いまだに北アイルランドは英国によって占領されたままになっています。IRAと英国との闘いはまだ終わっていない。 総合評価 82点 父の祈りを
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