良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』(1982)ストーンズがまだ日本に来れなかった日々。

 つい先日も、来日を果たしたローリング・ストーンズですが、長らく日本では彼らを生で見ることは不可能でした。その理由は言うまでもなく、メンバーの薬物問題でした。何度も来日は企画されたようですが、はじめて来たのはたしか80年代後半だったのではないでしょうか。映画『太陽を盗んだ男』でも犯人ジュリーの要求は「ストーンズを日本に呼べ!」だったくらいです。  そのあいだ、熱狂的なファンはどうしていたかと言えば、あるものは金を貯めて、ストーンズの全米ツアーのスケジュールと睨めっこしながら、言葉もロクにわからないアメリカに渡りました。彼らがチケットを持って行ったとは思えませんので、生ストーンズを観るにはダフ屋で、大枚をはたいて買うなどして相当の苦労があったはずです。  そこまで出来ない者は、『ゴット・ライヴ・イフ・ユー・ウォンテッド』、『ラヴ・ユー・ライブ』、『スティル・ライフ』、『ゲット・ヤーヤーズ・アウト』などの公式ライブ盤や、海外のビデオ映像、ライブの海賊盤などを買わざるを得ませんでした。  ストーンズが全米を回っていた1980年代初頭、当時は中学生で、当然金がなかった僕はライブ盤『スティル・ライフ』を何度も聴いていました。そして1982年か1983年になって、このアメリカツアーの模様を収めた本作品『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』が日本の映画館で上映される事になった時、どんなに嬉しかったかは20代以下の人には到底理解できないのではないでしょうか。  この日の実際のライヴでは前座としてJ・ガイルズ・バンドやプリンス!が登場したそうです。彼らを前座扱いにするだけでも、ストーンズの凄さが分かります。  デューク・エリントンの『A列車で行こう』のイントロから、いつものように「プリーーーーズ!ウェーールーカーーーム!ルオオオオーーールイイイングッストーーーンズ!」の紹介とともに、ステージから跳び出してくる彼らを見たときには、背筋が「ゾクゾクッ」としました。  幕が開けたときの大観衆が彼らを待ち受けている映像が圧倒的で、野外スタジアムを空から舐めるロングショットから、満員の観客席を映し、ステージに戻ってくる演出が素晴らしい。まるで、会場にいるような錯覚が味わえます。実際に映画館で観た時は感動的でした。  『アンダー・マイ・サム』のギターリフから始まるオープニングは、とんでもなくかっこ良く、ミックが叫び、キースがフラフラしているだけで満足でした。60年代のライブ盤『ゴット・ライヴ・イフ・ユー・ウォンテッド』のオープニングと同じで、普通彼らのライブはこの曲から始まるのですが、『ラヴ・ユー・ライヴ』では確か違っていたような記憶があります。  個人的に所有していた海賊ライブ盤の何枚かでも、『ホンキートンク・ウィメン』だったりすることもありましたが、定番の一発目はこのナンバーに限ります。デッカ・レコード時代のアルバム『アフターマス』に収録されていたナンバーで、この時は木琴か何かで、リフを演奏していますが、その演奏も好きです。  ストーンズが音楽的に充実してくるきっかけになったアルバム『アフターマス』はCD化された時にすぐに買い換えました。このアルバムには他に『ストゥーピッド・ガール』、『アウト・オブ・タイム』、『マザーズ・リトル・ヘルパー』、『レディ・ジェーン』が収録されています。  そのあとに、『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』が演奏されます。この時に、不良っぽくないルックスからデビュー前に、ストーンズから追い出されたキーボード奏者イアン・スチュアートがアップになるだけでも、古いファンにはたまらない映像です。「the night」が「the time」になっても、曲の力は落ちません。  そのごもつぎつぎに『シャッタード』、『ネイバーズ』、『黒いリムジン』、『ジャスト・マイ・イマジネーション』、『トゥエンティ・フライト・ロック』、『 レット・ミー・ゴー』、『タイム・イズ・オン・マイ・サイド』、『ビースト・オブ・バーデン』、『友を待つ』、『ゴーイング・トゥ・ア・ゴー・ゴー』、『無情の世界』と一気に畳み掛けてきます。  特に『タイム・イズ・オン・マイ・サイド』演奏時には彼らの60年代から70年代にかけての映像がコラージュされていきます。若き日のミック、キース、チャーリー、ビルに混じってブライアン・ジョーンズの姿を見たときの嬉しさと哀しさが入り混じる感情は上手く表現できません。  あんなに追い詰められていった彼には、誰か支えになる人はいなかったのでしょうか。ソロでも彼ならば十分にやっていけたと思うのですが、音楽面やビジネス面でナイーブ過ぎたのでしょう。また、若いミックの元気な事、チャーリーの髪がフサフサしていて、今のチャーリー・ブラウン状態とは全く違うことなどが時間の残酷さを感じさせます。  70年代後半、そして80年代全般を通して、ローリング・ストーンズと言えば、常にミックとキースの対立からくる、解散話が噂され、音楽誌でも新譜の話題などそっちのけで、その話題ばかりが先行していました。  その中のひとつで、今でも覚えているのは、ミックの初ソロ『シーズ・ザ・ボス』に収録されている曲の方が、ストーンズの『ダーティ・ワーク』に収められているものより、数段出来が良いので、キースが怒っているとか、レベルの低い話題ばかりでした。  前半を通して、印象に残っているのはやはり、メンバー全員がかなり年食ったなあ、ということでした。60年代や70年代の映像のように、ステージを飛び跳ねるミックはすでになく、ちょろちょろしている感じでした。サービス精神はとても旺盛で、股間を強調したフット・ボール・パンツ・スタイルの彼を見たら、セクシーだと思うでしょう。当時の解説でも彼について「男も、女も、オカマもいかす男」という凄いコピーもありました。  だが、むしろミックよりも大きな存在感を示していたのは何もせず、フラフラとステージを彷徨うキース・リチャーズそのひとでした。長い足を開き、腰の下までギターをぶら下げ、適当にかき鳴らし、タバコや大麻を吸い、舌を噛み、ステージ上に登ってきた客をギターで殴り倒すなどやりたい放題の彼のほうが強い印象を残しています。  他のメンバーを見ていても、チャーリーは仕事をこなしているだけ、ビルは常に退屈そうで、ロンはまだ気兼ねしているようでした。ただ、ストーンズが最強のライブ・バンドである事を実感させるのが、実は彼らリズム・セクションの人たちの腕の良さです。  ミックやキースが好き勝手やっていられるのも、ベース、ドラム、リズムギター、そしてイアンたちがしっかりとリズムを刻み続けているからです。このフィルムではギターやヴォーカルは勿論ですが、ドラムやベースもかなり綺麗な音で収録されているので、この辺も聴いておきたいですね。  演出としてはスタジアムの熱狂する何万人もの大観衆の目と、真っ向から向かい合い、音と声と眼力で、彼らを跳ね返すストーンズ5人の対決を、ステージの後から捉えたカメラの目が見ているという構図が素晴らしい。ステージで火花が散る様子が見えるような迫力ある演出でした。  ミックのスポーティーなスタイルに代表されるように、80年代はロックの不良的イメージはすでに無くなりつつあり、パンクやへヴィメタにそういった部分は持っていかれました。彼らだけではなく、元ZEPのロバート・プラントがマラソンしたり、ZZトップがジム通いしたり、キースが全身の血を入れ替えたりするなどロック界は徐々に良いか悪いか判りませんが、健康がキーワードになっていきます。  80年代を境にして、ロックが勢いを失っていったのは残念ですが、それは彼らのせいではありません。スティクス、ジャーニー、フォリナーなど産業ロックに比べれば、好き勝手やっている彼らのアルバムを聴いているほうが楽しかった。  それはさておき、ステージは後半へ向かってヒートアップしていきます。まずは必ず一曲歌ってくれるキースの出番です。『ハッピー』など優れた曲も多い彼がこの時歌ったのは『リトルT&A』でした。カッコイイとしか言えません。思考停止状態で、ぼおっと見ることが多い作品です。  後半のナンバーは『ダイスをころがせ』、『シーズ・ソー・コールド』、『オール・ダウン・ザ・ライン』、『ハング・ファイアー』、『ミス・ユー』、『レット・イット・ブリード』、『スタート・ミー・アップ』、『ホンキー・トンク・ウィメン』、『ブラウン・シュガー』、『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』、『サティスファクション』、そして『スター・スパングルド・バナー』での花火大会で幕を下ろします。  『ホンキー・トンク・ウィメン』でのキースが開放弦だけで、観客を熱狂させる凄みは他の誰にもまねは出来ないでしょう。女ダンサーが沢山出てくるギミックも良い。スタジアムの開放感を活かした仕掛けが多く、大量の風船、派手な花火、女ダンサー軍団など大観衆が喜びそうな仕掛けが沢山あります。  もしストーンズベトナムで米兵の慰問をやっていたならば、派手なステージを組んで、プレイメイトを引き連れて、『サディスファクション』を演奏したんでしょうね。まるで『地獄の黙示録』みたいに。なにはともあれ、ストーンズが「キング・オブ・ライヴ」であるのは明らかです。  最後に個人的に大好きなストーンズナンバーベスト20を書いておきます。 『ブラウン・シュガー』、『ギミー・シェルター』、『マザーズ・リトル・ヘルパー』、『ストリート・ファイティング・マン』、『ルビー・チューズデイ』、『ダンデライオン』、『ゲット・オフ・オブ・マイ・クラウド』、『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』、『アンダー・マイ・サム』、『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』、『ユー・ガッタ・ムーヴ』、『ミッドナイト・ランブラー』、『ホット・スタッフ』、『トゥー・マッチ・ブラッド』、『ダイスを転がせ』、『無情の世界』、『アウト・オブ・タイム』、『レディ・ジェーン』、『アズ・ティアーズ・ゴー・バイ』、そして『ザ・ラスト・タイム』です。 総合評価 92点 レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー
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