良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『放射能X』(1954)素晴らしいのに、何故か日本ではあまり人気のない傑作モンスター映画。

 数あるモンスター映画の中でも、『キング・コング』、『原子怪獣 現る』、『シンドバッド 七回目の冒険(DVDでは航海)』と並び称されるほどの傑作でありながら、なぜかわが国ではあまり褒められることの少ない不思議な一本です。  冒頭パート・カラーで、『THEM』という原題のみが赤い文字で浮き上がってくるだけで、「うわあ、Bだあ!」というワクワクしてしまう感情を抑えられません。「お金掛かっていない」感がプンプン匂ってくるのが素晴らしいのです。SF、特撮、モンスター映画はこうでなければ!と嬉しくなってきます。  舞台設定はアメリカの砂漠のど真ん中に核実験場があり、放射能を浴びた昆虫が巨大化して人間を襲うという当時のモンスター映画の定石を継承しています。この作品で素晴らしいのは、巨大化した昆虫(蟻なのですが)、蟻の習性を作品中にふんだんに盛り込み、ただの絵空事の子供だましにしていない点でした。  この映画の成功の原因は、羽蟻の飛行の仕方と方向性、蟻酸、砂糖への執念、女王蟻の習性、蟻社会の成り立ちと役割分担などを科学的に捉えながら、巨大蟻退治の対策を練っていくところにあります。身近な蟻だからこそ、巨大化した時にどれだけ恐ろしいかを理解できます。熊蜂なんかも巨大化したら、とんでもなく恐ろしいですね。  B級映画の素晴らしさは予算の少なさを言い訳にせずに、音の使い方、見せ方の巧みさ、俳優陣の真剣な演技と熱意で見せきるところであり、この作品は前述の全てを満たしている。だからこそ半世紀以上経っても依然としてファンが多いのではないでしょうか。熱意は特撮ファンにはしっかりと伝わっています。  技術面での少々の拙さは、意識のフィルターで消し去るのが特撮ファンが基本的に持たねばならないスタンスであり、それは妥協ではないのです。なぜなら日々進化していく特撮技術の中では50年というのは「永遠」に近い時間の経過なのです。その時、その予算内で、しっかりと仕事をしていくのがプロフェッショナルなのです。  監督の力量はまさにこの一点に尽きる。予算や技術の問題のため、はっきりと見せられない事を逆手にとって、見せない演出を用いる事により生まれるサスペンス効果はたしかに存在しています。視点ショット、影、そして音がどれだけホラーや特撮の演出に貢献しているかを見逃してはいけません。  ここでも影や音響の使い方が素晴らしく、巨大蟻の鳴らす音(ヒグラシのような音を立てて、存在を知らせる)が特に印象に残っていて、夏場にヒグラシの音を聞いた時には「巨大蟻」を思い出しました。山に入った時などは結構気持ち悪かったりしました。  アメリカにヒグラシがいるかどうかは知りませんが、もしいなかったならば、あの音はかなり薄気味悪く感じたのではないでしょうか。日本人だからこそ、ヒグラシの鳴き声に風流を感じるのであって、外国人にはただのノイズに過ぎないのかもしれません。  B級の素晴らしさは見せない演出に尽きる。死体の検死を行うシーンがあるのです。最近の普通の演出ならば、わざわざ死体をこれ見よがしに見せつけるところですが、この作品での演出はそうはなりませんでした。検死官と警察官の二人がシーツを上げて、死体を覗き込む顔をツー・ショットで捉え、彼らの顔の表情を映す事によって、いかに惨殺されたのかを想像させる。  「恐いもの見たさ」という心理があるのは理解しています。観客はそれを見たいと思う。しかしそれをはぐらかしたり、見せない演出をするほうが、観客は想像力を掻き立てられるのではないでしょうか。なんでもかんでも見たがるのを悪趣味と言い、何でもかんでも見せてしまうのを下品と言います。  蟻の飛散とともに軍隊が出動し、戒厳令が敷かれていくのはリアリスティックであり、この作品のターゲットが子供ではないことをすぐに理解できます。蟻に関する専門用語もどんどん出てきますが、映画という娯楽が子供を敢えて突き放している姿勢が素晴らしい。  子供に迎合しだすと映画の良さは消えていくようです。しかも諂えば諂うほどに、子供からも見放される始末です。子供は子供向け映画なんて、見たくないというのが全く分かっていません。自分を振り返ればすぐ分かる事が、年を取ると分からなくなるのを老化と呼ぶのでしょうか。  全篇通して見ていっても、演技と演出の緊迫感は素晴らしく、制作者の熱意がはっきりと伝わります。クライマックスで展開される、下水道内での蟻の集団とアメリカ軍との攻防がとても迫力があり、このシーンを見るだけでも一見の価値があります。  戦闘前の音の使い方が優れていて、普通ならば、仰々しい音をつけて、無理やり盛り上げようとするところを、事態の厳しさを伝えるラヂオ放送と軍隊や警察の物々しいサイレンと車両の爆音のみで繋いでいく。編集も優れています。音楽が掛かるのは部隊の配置が終わりそうになってからでした。  部隊展開の用意ができるとともに、勇ましい音楽が流れるという演出には嬉しくなりました。音以外にも綺麗な映像があり、下水道に侵攻していく時、水面に軍用車のライトが当たり、それが乱反射する様がとても強く目に焼きつきました。  今見ると、さすがに実物大で制作された5メートル以上はある巨大蟻の模型は見た目にキツい。しかし実物大ならではの迫力はありました。実際に演技する俳優達にとっても、その場に存在しない巨大蟻の前で演技するのと(マット合成など)、目の前に3メートルの巨大蟻がいるのでは演技の迫真性が違ってくるのは言うまでもない。  あまり有名とは言えない作品ではありますが、モンスター映画ファンには是非見て欲しい一本です。 総合評価 82点 放射能X
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