良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『幕末太陽傳』(1957)喜劇の凄み!若くして亡くなった天才監督、川島雄三の最高傑作。

 川島雄三監督というと今では、なかなか顧みられる事も少なくなった映画人の一人でしたが、スカパーでは今年に入ってから大特集を組んでいたため、いくつかの作品を見ることになりました。  その中でも今回取り上げた『幕末太陽傳』は彼の代表作のひとつであるだけではなく、日本喜劇映画のベスト・ワンと呼んでも良い作品です。落語『居残り佐平次』を主題に取り、その他さまざまな古典落語のエッセンスや人情喜劇の良いところを絶妙にブレンドし、最高の喜劇作品を作り上げました。  良い喜劇と悪い喜劇の決定的な違いはただ笑わせる事だけを考えて作られているのか、それとも残酷さや醜さを笑いのオブラートに包んで、人生のほろ苦さをも表現する作品に仕上げられているかです。  落語の面白さを前面に押し出しながらも、乾燥した芝居とエネルギッシュな演出、そしてそれらを映し出す川島監督の死生観が色濃く出ていたのが本作品でした。一見すると楽しい作品ではありますが、奥底に秘められた死のイメージはとてつもなく大きい。  気取らずに大衆の好みを熟知しながら、しかもスタイリッシュに洗練された演出を施された、この作品は何十年経とうが色褪せない魅力がいっぱいに詰まっています。50年という年月が経過しているにもかかわらず、作品が十分に新鮮なのは奇跡に近い。  オープニングも凝っていて、時代劇であるのに、現在の品川の様子を見せた後に、本編に入っていくのは斬新な手法といえます。1957年時点で、このような演出をしている過去作品といえば、黒澤明監督が脚本を書いた『荒木又右ヱ門 決闘鍵屋の辻』くらいしか思い浮かびませんでした。  さらに凄みがあるのが豪華な出演者達による演技です。フランキー堺石原裕次郎岡田真澄左幸子ら出演者の演技は艶めかしく、とりわけフランキー堺石原裕次郎は今でも見る者を挑発してきます。  石原裕次郎出演作品という括りで言えば、『太陽の季節』、『狂った果実』、『錆びたナイフ』で示した存在感をここでも出していました。脇役に裕次郎を使うというのはとても贅沢ですが、使うだけの価値は十分にある作品でした。  彼ら以上に、見ている我々を挑発してくるのは演出した川島監督と撮影を務めた高村倉太郎です。洗練されているがダイナミックさを合わせ持つ川島監督の演出の力強さは他の追随を許さない。これ程パワフルな力強さを感じる演出は洋の東西を問わず、あまりない。  ムラッ気が多いことで有名な川島作品ですが、ここではマラソンではなく、100メートル走のペースで110分間を全力で走りきった印象があります。つまりとんでもなくテンションが高いということなのです。  高村倉太郎のカメラ・ワークも圧巻としか言いようがありません。斜角を使い表現された酔っ払いシーン、天井から芝居を見つめるカメラ、二階建てというセット環境を存分に活かしたカメラの配置によりもたらされる角度や奥行きの面白さ、狭くなりがちな日本家屋の構造を広く見せる縦構図と旅館という設定だからこそ得られた廊下の長さと奥行きなど見ていて、思わず溜め息が出てくるような高い芸術性があります。しかも出しゃばらない。素晴らしい。  女郎が旦那衆を掛け持ちで相手するために、二階へ上がったり、一階へ降りてきたりという太鼓持ちのような笑える動きを、あえて階段下にカメラを固定して、ティルトとパンで騒々しい彼女の様子を捉えているのがなんともいえず滑稽でした。  女郎絡みでは心中未遂のエピソードがあり、川へ身を投げようとするのですが、このときは川の流れはとても急なものでした。それが心中するのを止めた時には川の流れが完全に凪ぎになってしまう。時間の流れと感情の変化を水の流れで表現しています。  このとき掛かる音楽もとても楽しくこのシーンを盛り上げていました。この作品に付けた、黛敏郎が作曲した音楽の数々は素晴らしく、絵と音が一体となって、作品を創り上げています。動悸を表すような太鼓の音、不吉なシーンと楽しいシーンではっきりと調子が変わる音楽は分かりやすく、しかも親しみやすく仕上げられていました。拍子木を頻繁に使い、場面転換をする演出は芝居がかっていましたが効果的でした。  ブラックなシーンが多いのも特徴かもしれません。特に犬の水死体が何度も出てくるのには閉口しました。今ではとてもオーケーが出ないような映像も結構あります。とりわけ気味が悪いのは朝目覚めた後、朝日を浴びる時に、なにげなく障子を開けてみると、目の前は川の流れで、じっと見ると犬の水死体が浮かんでいるという映像です。その他に水死体を摘み上げるというのもありました。  犬は死んだものだけではなく、生きているものも使われていて、場面転換を図る時に画面手前をこれ見よがしに通過させていました。動物を結構使っていて、犬だけではなく、猫や鼠を生きたまま用いるのが意外でした。  彼の死生観はどういったものだったのでしょうか。喜劇でありながら、登場人物の多くには死の臭いが漂っています。高杉晋作を演じた石原裕次郎は刹那的な芝居を見せ、佐平次を演じたフランキーは豪胆でありながら、肺病病みでいつも咳き込んでいる。  彼も刹那的であるのに、病気を非常に気にしていて、自前で調剤までしたり、アメリカへ行って病気を治療しようともしている。しかも金には目がない。この主役二人のキャラクター設定には太陽族と呼ばれた刹那的な若者に対する皮肉たっぷりの批判かもしれません。そういう意味ではこの配役に石原裕次郎という太陽族の代表を選んだのも頷けます。  はたしてこれは低予算映画なのか、それとも潤沢な予算を投入した作品だったのか。ほとんどの芝居は旅籠内のみで行われ、屋外で撮られた部分はわずかでした。その代わり、セットと思われる旅籠は豪華な二階建てで、舞台装置として上手く機能しており、二階での芝居と一階での芝居を連動させている部分も数多くありました。  古典落語の伝統的な良さとキャット・ファイトや死体映像など下世話なエピソードを同居させながら、しかもスタイリッシュな芸術作品にまで昇華された稀有な映画です。台詞も落語から取られたような言い回しが多く、落語を聞いてきた世代ならば、流れるような台詞が音楽のようにも聞こえるかもしれません。  いつの時代に見ても色褪せる事の決してない作品です。川島監督にとっても洗練されたセンス、エネルギッシュで荒々しい演出、彼の死生観を一本の作品に詰め込んだ、二度とは撮れない作品だったのではないでしょうか。先の展開の全く見えない行き当たりばったりのあなた任せの作風がベストの方向に現れた貴重な作品です。助監督に先頃亡くなった今村昌平のクレジットがありました。 総合評価 94点 幕末太陽傳
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