良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『世界を震撼させた夜』(1975)厳密に言うとTV映画のようですが、良く出来ています。

 1937年のハロウィンの夜に、全米で放送されたオーソン・ウェルズ演出、H・G・ウェルズ原作で有名な、ラジオ・ドラマ『宇宙戦争』放送時に起きたさまざまな騒動を、放送局内だけではなく全米各地の様子をクロス・カッティングさせて見せていった興味深い一本です。

 映画ファンからすれば、オーソン・ウェルズという名前だけでもついつい神聖視してしまいますが、彼がまだ『市民ケーン』を撮る前に引き起こした騒動の顛末を見るだけでもかなり楽しい。そしてラジオというメディアが人々に与えていた影響力の大きさも窺い知ることができます。ウェルズにとってはこの騒動はプラスに働き、映画制作の依頼が舞い込む事になります。

 今であれば、NHKの夜9時のニュースで、「宇宙人が攻めてきました!OO市は壊滅状態です!」というようなものなんでしょう。パニックが起こるのは必至です。冷静に考えれば、警察や自治体などに確認すれば何の問題もないのですが、パニック状態での異常心理であれば、何が起こっても不思議ではない。

 メディアの影響力がどれほど大きなものであるかを人々、そして体制がはじめて理解した事件だったのではないでしょうか。使いようによっては強力な武器にもなるが、失敗すると甚大な被害をもたらすのがメディアなのでしょう。世間をミス・リードする集団催眠効果を持つのがメディアです。ナチスソ連北朝鮮などはプロパガンダとしての効用を理解していました。

 ドラマそのものも作り手の熱意が十分に感じられる工夫が随所に見られ、オーソン・ウェルズの演出の巧みさが伝わってきます。効果音、芝居の演出、タイミングの良い指示の出し方などに加え、自分自身も作品の主役として出演するほどのマルチな才能を見せつけてくれます。

 主演、演出、制作までを一人でこなす才人という印象がこの作品でも理解できます。彼がハリウッドで好き放題に作品を制作できる環境が用意されていたならば、映画史は違ったものになっていたのは間違いない。

 ドラマ中の台詞も優れていて、ロシアに対する防波堤として、ナチの台頭を好意的に考えている市民の会話があったり、第二次大戦が起こる間際であったにもかかわらず、自分達だけは我関せずで貫き通そうとしていた会話からは、当時のアメリカの戦争への意識をちらつかせます。

 一方で、このような政治的な不安感も随所に見られ、志願兵に応募しようとする若者、死ぬ前に結婚しようと焦る若者など実に多種多様な群像が描かれていました。不安と楽観が入り混じる世相だったのでしょう。ナチや共産主義の軍靴の音が聞こえつつある不穏な情勢でした。

 ドラマを聴いて、本気で逃げ出した人々の中には宇宙人来襲ではなく、ナチや共産党が攻めてきたと思っていた人も多かったのではないだろうか。みんなが逃げるから自分も逃げる人が出現し、それが更にパニックを煽る状況だったのでしょう。

 CBSラジオ放送局のちっぽけなスタジオの番組だけでも、平和なハロウィンの夜を一気にパニック状態に陥れる影響力を持つのです。人々が潜在的に持つ不安、見ていないことでもメディアに乗ってしまうと真実として伝わってしまう恐ろしさを理解するきっかけになったのが、この『宇宙戦争』の放送でした。

 このドラマのラストシーンでは1937年のハロウィンの一夜に起こった騒動の総括とともに、バックではナチの行進とヒトラーの演説が流される。本当に恐ろしい事はこれから起こるのだ、とでも言いたげな演出でした。

総合評価 75点