良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『空の大怪獣 ラドン』(1956)自衛隊対ラドン。炭鉱町と福岡を舞台に展開される大空中戦。

 のちの、明るさすら漂うゴジラ対決物とは一線を画する重々しい雰囲気が充満し、カラーなのに、まるでモノクロのような色彩が画面を覆う、シリアス路線を突き進んでいった、東宝怪獣映画の第三弾が『空の大怪獣 ラドン』です。  ラドンというと、ゴジラ・シリーズでの活躍しか知らないゴジラ・ファンには正直その真価が理解されていないふしがある。ゴロ・ザウルスとは訳が違う。また主演を務めた佐原健二がはじめて特撮映画に主演した記念すべき作品でもあります。  『ウルトラQ』やゴジラ・シリーズ、『ウルトラセブン』や『帰ってきたウルトラマン』での自衛隊の制服組の偉いさん役でも有名な彼が出ているだけで、格がひとつ上がります。彼、平田昭彦、そして水野久美東宝特撮映画で果たした役割は非常に大きい。  ゴジラ映画に登場したラドンは常に脇役というか、添え物扱いに甘んじていて、見せ場もほとんど用意されてはいません。空を飛ぶ怪獣としてはゴジラと並ぶ超大物悪役スター、キングギドラがいるため、ギドラの引き立て役に回らざるを得ない損な役回りでした。ラドンの真価が分かるのは唯一この作品のみなのです。じっくり味わいましょう。  九州の炭鉱町を舞台に進められる、メガヌロンを中心にした恐怖のドラマが前半に置かれ、ラドンがそこから飛び立った後は福岡の街を蹂躙し、再び阿蘇に戻ってくる。物語の骨子は至ってシンプルなのですが、その語り方が素晴らしい。  炭鉱町に襲い掛かる怪獣は体長3Mくらいのメガヌロンというヤゴ(トンボの幼虫)で、この怪物の棲家は炭鉱町にとっては死活問題となる坑道の中なのです。もともと暗い影が画面全体を覆っているにもかかわらず、さらに自分たちの生活を守るために、暗く狭い坑道の中へ退治に行く地元民たちは悲壮に映る。  狭く、空気が薄い感じのする坑道を上手く表現しています。局所に限定されたサスペンスの恐さを映像でしっかりと描いている点は素晴らしい。子供たちが喜んで観るようなタイプの怪獣映画ではありません。  メガヌロンが町に降りてきて住民を襲う場面とお茶の間に侵入する場面を何故か強く覚えています。おそらく怪獣大百科等に用いられるスチール写真の画像によくこのシーンが使われていたからでしょう。  『放射能Ⅹ』のなかに、米軍と巨大蟻が地下下水道で死闘を繰り広げるシーンがありましたが、あれを髣髴とさせるシーンです。前半部のこの戦いだけでも、B級作品ならば、脚本を膨らませれば、一本の作品として十分に成立します。  この坑道での戦いにはさまざまな恐怖が描かれています。落盤の恐怖、酸欠の恐怖、怪物の恐怖、暗闇の恐怖、狭所の恐怖など幾重にも張り巡らされている恐怖構造が素晴らしい。そして、ゆっくりと、どんどん狭く暗いところに向かっていく前半のストーリーの進め方は後半への呼び水になっていたのです。  後半に展開される、アジアと九州の青い大空を駆け巡るラドンと空自が繰り広げる音速の戦いとの爆発的な対比を生み出す効果的な演出でした。つまりこの作品は二幕物だったのです。狭い坑道内でのドラマと無限に広がる大空での戦いという二幕です。  坑道から繋がる洞窟で生まれ、メガヌロンを餌として喰らい、成長後、縦横無尽に九州やアジアの空へ羽ばたいていくラドンは壮観です。しかも最初は姿を見せず、影と音、そしてラドンにはじめて襲われるカップルが見せる驚愕の表情だけでラドンの恐怖を観客に伝える。サスペンスとしても優秀です。  音速を軽く超える速度で飛び廻るラドンを止めるものは何もありません。ラドンに追いつくことも叶わず、戦闘機はつぎつぎに軽く撃ち落とされてしまいます。ラドンが音速で空を翔るとき、その後ろに雲を引く様子がとても美しい。自衛隊機が引く雲との相違を楽しみたい。  空の帝王として君臨したのがラドンです。空にいれば無敵だったラドンですが、散々福岡市内や西海橋を風圧で破壊した後、疲れて、福岡に降り立った瞬間に陸自の猛攻撃を受けてしまいます。このときラドンに集中攻撃をかけるのですが、もう一羽のラドン(二羽いたんです!)が登場し、傷ついた連れ合い(兄弟?)を助けに来ます。これもサプライズでした。  目を瞠るのが、このとき破壊される福岡市内のミニチュアの精巧さです。昔の福岡市街地の雰囲気を、これ程見事に再現した特撮スタッフの奮闘には頭が下がる思いです。西新、天神、中洲(那珂川らしい川と橋が出てくる!)がどんどん破壊されていく様子は壮観です。  天神のど真ん中にある岩田屋デパートが出てくるのも懐かしい。のちの『ゴジラキングギドラ』では、これとは逆アングルから市街を捉えており、天神コアの方が破壊されている。イムズ・ビルもあったと思いますが、たしか名前が変わっていたような気がします。  照明の当て方のリアルさ、建物の古ぼけた感じのリアルさ、ガラスの飛び散り具合の見事さなど、ここまで凝りまくった映像には今でもなかなか巡り会えません。当時は今のようなCGはなく、全て手作業で制作されたと思うと、苦労の多さを知るだけでも当時の映画人たちが作品に懸けた情熱を感じます。  僕が福岡にいたのは80年代後半から90年代前半でしたが、独特の雰囲気を持っていた福岡の街並みは当時わずかながら残っていて、福岡出身の友人と一緒に、ビデオでこの作品を観ていた時に、あれは今こうなっているとか、あそこはまだ残っているとか色々聞かせてもらいながら観たのも、今となっては良い思い出です。  ストーリーに戻りますと、ゴジラキングギドラ、そしてモスラでさえも持っている飛び道具を全く持たず、ただ超音速で飛び廻るしかないラドンは陸に降りると、ひたすら陸自の攻撃を受けて、耐え切れなくなってもとの阿蘇の棲家へ帰っていく。  帰巣本能と阿蘇の噴火を誘発する爆撃(少々長すぎて、うるさ過ぎる)によって、棲家を失ったラドンは「つがい」であったようで、傷ついた一羽が飛ぶ力も無くし、阿蘇の噴火に飲み込まれていっても、もう一方はそばを離れず、ともに死を選ぶ。哀しく切ないラスト・シーンが印象に残ります。  シリアス・タッチで描かれた、この作品は何故かあまり人気はないようですが、『ゴジラ』(1954)には及ばないまでも、レヴェルの高さではのちのゴジラ・シリーズ物には大きな差をつけました。東宝怪獣映画が真価をもっとも発揮するのは対戦物ではなく、対自衛隊物なのは明らかです。  『ゴジラ』(1954)、『ラドン』(1956)、『ゴジラビオランテ』(1989)、および『モスラ』(1961)は単体物もしくは対自衛隊物であり、どれも名作の誉れ高いのは偶然ではないだろう。終わり方が少々あっけないのが玉に瑕といったところでしょうか。 総合評価 85点 空の大怪獣 ラドン
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